第4話 風邪
「やっぱり、熱あるかな…」
胡春との帰り道、私はそうボソッと呟いた。
さっきからずっと倦怠感と熱っぽさがあるなと思っていたのだ。おでこに手を当てるといつもより熱い気がする。
「風邪かな?」
「そうかも…」
胡春が不安そうに私のおでこを触る。冷たい手に私の体温が奪われて気持ちがいい。
「うーん。確かに熱ありそうだね…」
「そっか…風邪かな」
胡春は私のおでこから手を離して言った。もうちょっとだけ触っていて欲しかったとは言えない。
「じゃあ、今日はなしだね。亜希は家で寝たほうがいいよ」
「うん。そうしてくれると助かる。ごめんね」
「気にしないで」
私は今日の放課後、胡春とテスト前の息抜きにオセロをしようと話していたのだ。長い間やっていなかったので少し楽しみだったけど、この状況では仕方ない。
胡春と別れ、私は自分の家に帰る。別れ際に胡春はお大事にと言ってくれた。自室で体温を測ると38.6度。これだけだるいのも頷ける。
ママはまだ帰っていないから、一人でネグリジェに着替えて寝る。ネグリジェは熱が籠もりにくくて、汗をよく吸ってくれるので体調が悪い時はお世話になっている。
家に誰もいないのは心細いけど、いまはそんな事を言っている場合じゃない。
「うぅ。つらい…胡春がいてくれたら…」
怠くて、寒気がして、更に熱が上がっているのだろうか。
その時、ピンポンと私の家のインターフォンが鳴る。体が重くて動かしたくないけど、もしかしたら胡春なのではと期待してしまった。だから私は急いで玄関に向かった。
ドアを開けると色々と物が入ったビニールを持った胡春がいた。まだ制服姿だからきっと家から急いで来てくれたのだろう。
「胡春…どうして?」
「亜希が心配だったからね。今日は家に一人でしょ」
「そうだけど…」
確かに私たちは、どちらかの体調が悪くなるとお見舞いに行く。小学生の頃までは
私の両親は今日は遅くまで仕事だ。いつもは夕食は一緒だが、今日は違う。
「来てくれてありがと、胡春」
体調が優れないときに一人ぼっちだと心まで病んでしまいそうになる。事実、私は寂しかったし、胡春が来てくれたことで少しばかり気持ちが楽になった。
「私も亜希が体調が悪いのは嫌だからね」
「ごめんね。早く治すから」
私が体調が悪いと胡春と遊べない。話したいことだって、いまは思い浮かばないけど、一緒にいれば自然と会話が続くのだ。
うちに入るか聞いたら、入ると即答されたので私は胡春を部屋に招く。
私はベッドに横たわっていて、胡春は椅子に座って私を見る、という慣れない構図だ。
「亜希、なんか飲む?家から色々持ってきたけど」
「ありがとね」
たくさんビニール袋に入っていたものは私の為に胡春が持ってきてくれたのだと知った。
最近風邪をひいていなくて、うちには必要なものが揃ってなかったからありがたい。
胡春は私にスポーツドリンクをキャップを開けて手渡してくれる。私の部屋が暑いのか胡春はパタパタと手で扇いでる。
「熱どれくらいだった?」
「38度6分だよ…」
「結構あるね…お粥とか作るから、亜希は寝てて」
「ありがとね」
私は口元を布団で覆う。クラクラして視界が歪む。吐く息が熱いのに、手足は寒い。急におでこにひんやりとした感覚が伝わる。目を開けると胡春が冷感シートを貼ってくれているのが見えた。
「冷感シート。気持ちいいでしょ」
「うん。ありがとね。胡春」
「いいよ。早く寝な」
「わかった」
胡春が遠ざかっていくような、近くにいるような、実際はどうなのかはわからないけどとにかく安心した。
冷感シートが私の熱を奪っていく。心地よくて、重たくなっていた瞼に身を任せるとすぐに眠りについていた。
しばらくして、私は眠りから覚める。もう外は真っ暗で、時計を見ると19時になっていた。
「あっ亜希、おはよ」
「胡春、まだ居てくれたんだ」
「うん。それは心配だし」
胡春が家に来たのは17時くらい。胡春は私が寝ている間、2時間も待っていてくれたようだ。
体温計が手渡される。測ってみると、37度2分。平熱に近づいてきたものの、だるさと熱っぽさがまだ引いていない。明日、学校に行けるかは分からない。
「亜希の熱、ちょっと下がってるみたいだね」
「うん。でも今日は寝てないといけないかも…」
「でも回復に向かってるみたいで良かったよ」
「そうだね」
私の熱が下がると胡春も嬉しそうだ。それだけ私のことを心配してくれたと思えるのは幼馴染って感じがしていい。
「亜希、おかゆ作ったけど食べる?」
「うん。ありがとね」
「じゃあ、持ってくるよ」
どうやら胡春は私が眠っている間に、おかゆを作ってくれたみたいだ。
しばらくすると、胡春は一階の台所からお椀に入ったおかゆを持って来てくれた。
胡春が作ったおかゆは白く輝いていて、原型を失いつつあるお米の上に梅干しが一つ乗っていた。
「食べさせてあげよっか?」
「じゃあ、お願いしよっかな」
私は胡春に甘えたくなっていた。体調が悪いと人肌が恋しくなるのかもしれない。
胡春は木製のスプーンでおかゆを掬う。トローっとしたお米に細かい梅干しが乗っている。
「あーん」
胡春はまるで小さい子どもと接するように言った。はむっとアツアツのおかゆを口に入れると、ご飯の甘さに梅干しの酸味が混ざって食欲が湧いてくる。冗談抜きで今まで食べたおかゆの中で一番だ。
「おいしいよ。胡春が作ったおかゆ」
「おかゆだから、美味しいって言われてもね…」
もう一口と言わんばかりに口を開けると、胡春がおかゆを食べさせてくれる。胡春が作ったおかゆは私があっという間に平らげた。
胡春がお皿の類を全て片付けてくれたあとの事。
「体、拭こうか?」
「えっ、恥ずかしいからいいよ…」
突然の胡春の提案に私は驚いた。確かに、昔は一緒にお風呂に入って洗いっこしたりしたこともある。でも私たちも高校生になって、体も成長して、そうなるとやっぱり恥ずかしい。
「いいじゃん、幼馴染なんだから恥ずかしがらなくて」
「それなら…いいけど…」
幼馴染なんだから、という台詞はずるい。何をしても許されるし、何をされても許してしまいそうな、そんな言葉だ。
それに胡春に体を拭いてもらうのは体調が悪い今、私にとって嬉しい提案だ。寝ている間に汗だって沢山かいた。
「じゃあ、タオルとか準備するから待っててね」
「うん…ありがと…」
張りきった様子で胡春は私の部屋を出る。
胡春が幼馴染である私に変なことはしないと思うが邪推してしまう。そもそも人に体を拭かれるということを最近していないし、裸を見られることもない。
(ちょっと緊張してきた…いやいや、幼馴染相手になに変なこと考えて…)
ガチャっとドアが開く。それに少し驚いてしまう。ピクッと身を縮ませると胡春は笑った。
「そんなに怯えなくても…」
「びっくりしたんだからしょうがないじゃん!」
「風邪を引いた亜希は新鮮で可愛いよ」
「やめてよ…」
ふふふと胡春が笑う。胡春に高頻度で可愛いと言われるが、それは本心なのかと気になってしまう。
私は胡春が可愛いと思う。青紫のサラッとした髪に、あどけなさの残る顔つき、そして綺麗な肌。私の知る中での一番は胡春だ。
「じゃあ、脱いで」
「うっ、うん」
私は着ていたネグリジェを脱ぐ。ネグリジェだからそれを脱ぐと上下の下着だけになってしまう。
私の細くて白い脚、そしてお腹。胡春に見られたことは幾度とあるけど変な感じだ。
「下着も脱ぐの?」
「うん…だって拭けないじゃん」
「そうだね…」
私はブラのホックを外して床に置く。緊張して、手が動かなくて苦戦した。胸はきちんと両手で隠して、胡春には見えないようにする。
「じゃあ、背中から拭いちゃうね」
「うん。よろしく」
胡春は桶にお湯を貯めていて、そこでタオルを絞っていた。その時、胡春がお母さんみたいだと思ってしまった。
胡春はどんな気持ちで私の看病をしてくれたのだろう。
温かいタオルが背中に触れる。胡春の拭き方は優しくて、拭かれた跡は水分が蒸発して、熱を持っていた肌が冷やされて気持ちがいい。
背中を拭き終わった胡春の持ったタオルが私のお腹に来る。びっくりして変な声が出てしまった。
「ひゃっ」
「亜希…ごめん」
申し訳無さそうな胡春の声。ただ何度も言うように嫌なわけではない。お腹が優しく撫でられるようで、くすぐったい。
「ちょっと胡春…まっ、前は自分で拭くよ!」
「えー、拭かせてくれたっていいのに…」
私は羞恥に負けてしまった。本当は前だって恥ずかしいだけで嫌ではない。私は胡春から強引にタオルを奪って、お腹周りと胸元を拭く。
私はこのまま全身を自分で、最後まで拭いた。
「恥ずかしがり屋さんだな。亜希は」
私からタオルを受け取った茶化すように胡春はそう言った。恥ずかしいのは誰だって一緒なはずだ。
私は素早く服を着る。
「そうじゃないよ!」
「ムキになっちゃってー」
「じゃあ、胡春の体を私が拭いてもいいの?」
「へっ。わっ、私はむしろ亜希に拭いて貰いたいよ」
「またー。強がらなくてもいいのに」
胡春の体も成長している。それに触れるにはちょっと
「亜希は拭くのも恥ずかしいの?」
「そうじゃない…けど」
そうだけど、それを認めるのは負けたみたいだ。私は歯を磨くといって部屋を出た。
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