第3話 登校
学校がある日は憂鬱だと思う。でも
「亜希ー!まだー?」
仮に同性だとしても、可愛い幼馴染という存在は私の周囲をパッと照らしてくれるのだ。
玄関から胡春が私に向かって叫ぶ。そんないつもの光景だ。
「ごめーん。胡春、あとちょっとだけ…」
胡春は朝が苦手な私を迎えに来てくれる。一緒に登校するのは、小学生のころからずっと続いていることだ。
私は急いて歯を磨く。そんな私を見かねてママは、胡春をリビングに招き入れる。
「胡春ちゃん。亜希がいつもごめんねー。お茶入れるから飲んでってちょうだい!」
私のママはいつも私に厳しいくせに胡春には優しい。それは私より胡春のほうが色々な面において優れているからだろうか。
ゆっくりとお茶を飲む胡春を横目に見ながら、私は急いで支度をする。胡春の青紫色の髪はいつも通り丁寧に手入れされていて、肌も綺麗だ。
「おまたせ。いつもごめんねー」
「気にしないで。私が早く来てるだけだから」
今日も胡春と肩を並べて歩く。こんな日常が幸せそのものだ。
家から学校までは20分ほど。最近あったこと、思ったこと、を話しているだけですぐに過ぎてしまう。
「亜希。今日の放課後はどうする?」
「あっ、そうだ。ママがクッキー焼くって言ってたから一緒に食べようよ」
「やったー!」
放課後もほとんど毎日、胡春と過ごす。今日はどっちの家に行くか、なんて話を毎日している。
今日の朝、母がクッキーを焼いてくれると言っていた。うちの母は料理(というかお菓子作り)が好きなのだ。
「今日って体育あるじゃん!」
「別に亜希、そこまで運動苦手じゃないでしょ」
私は運動が少し苦手だと思う。そう感じるのは比較対象が胡春だからな気もするが、体育の時間は憂鬱だ。
「でも、胡春に負けるのは嫌だ…」
「なるほど。亜希は私を意識してるってことね」
「それはねぇ。だって幼馴染だし…」
胡春は私の一番近くにいる存在だ。親よりも。だからいろんな意味で意識はしている。
なんて話してるとすぐに学校に着く。学校は比較的新しくて、綺麗だ。
下駄箱で上履きに履き替える。トントンと規則的な音で階段を登る。そしてすぐに教室が見える。
「おはよー。胡春ちゃんに亜希ちゃん」
教室に入るなり話しかけてきたのは、
『おはよー』
私たちは声をそろえて挨拶をする。そうすると相変わらず仲がいいねと愛結が茶化すように言ってくる。
私は机にカバンを置いて愛結の下へ行く。それは胡春も同じようにだ。ちなみに胡春は私の隣の席だ。前回の席替えのときに、こっそり交換してもらったのだ。
「ねぇ、2人とも!昨日、私の好きな唐揚げが晩ごはんだったんだー!」
愛結はふわっとした雰囲気に反して揚げ物好きだ。それなのにお腹周りは引き締まって(着替えの時、ちらっと見た)いて羨ましい。愛結は運動部だからかな。
「へー。私は揚げ物、あんま食べないな…」
「そりゃーね。亜希は体型気にするからね」
「ちょっと胡春!変なこと言わないでよ」
体型を気にしている、そういう女の子は絶対にいっぱいいるはずだ。でも大っぴらに言われるのはなんか恥ずかしい。抗議する私を胡春はふふふっと微笑ましそうに笑っている。
「やっぱり仲いいねー。2人は」
「それは私たち、幼馴染ですから」
私は自慢するようにドヤっと決め顔をした。なんでかは分からないけど最近は特に、胡春と幼馴染であることを嬉しく思うのだ。
「羨ましいなー。私も幼馴染とか欲しかったー!ねぇ胡春ちゃん、私と幼馴染にならない?」
「いやいや。なろうって言ってなるもんじゃないでしょ!それに私には亜希がいるので十分でーす」
「くそ…人前でイチャつきやがって」
「イチャついてるわけじゃないでしょ!」
なんか荒れた雰囲気がまとまりつつある。
愛結とは高校に入学してから仲良くなった。私と胡春と愛結の3人がイツメンである。移動教室も、何か行動するときも基本この3人は一緒だ。愛結がいると盛り上げって楽しい。
愛結は私たちのことを「ちゃん」付けで呼ぶ。私たちは呼び捨てだけどね。本人曰く、幼馴染には勝てないから、らしい。意味深だ。
「亜希ちゃん、胡春ちゃん。私の膝に座る?」
「えっ、なんで?」
「だって、私だけ座ってるし」
私たちが雑談をしているのは愛結の席の周りだ。愛結は自分の席に座っていて、私と胡春は立っている。それを愛結が申し訳なく思ったのだろう。
「でも流石に2人ともは無理じゃない?」
「じゃあ亜希ちゃんだけでも、胡春ちゃんだけでも」
「それなら私が、愛結のおひざー!」
私はそう言って、愛結の太ももの上に座る。愛結の太ももは脂肪がなくて、座り心地が悪いわけじゃないけど、いかにも脚って感じだ。それでも、愛結の体はあったかくて、やっぱり座り心地は良いのかもしれない。
「重くない?」
「むしろ軽すぎるって感じかな」
「それなら良かったけど…」
一番心配なのは重たいと思われることだが、本音を口に出しやすい愛結が軽いというならその心配もなさそうだ。
愛結は私のお腹周りをぎゅっと両手で抱きしめる。私の脇腹に愛結の二の腕が触れ、愛結は私の背中に頬を擦る。
「ちょっと、愛結、くすぐったいよ…」
「可愛いねー。亜希ちゃんは」
「耳元で囁かないでよ」
愛結はなんというか、結構スキンシップが多めなのだ。この前の体育の時だって、着替えていたらお腹をつねってきたし、色々と恥ずかしい。
「胡春ちゃんも亜希ちゃんの上に座れば?」
「いや、亜希が潰れちゃうでしょ…」
「一番下にいるのは私だよ!?なんで亜希ちゃんが潰れちゃうのよ!私でしょ!」
「愛結より亜希のほうが華奢だからね…」
「私だって華奢な女の子ですわ!」
ほんわかとした会話を私は聞く。愛結と一緒にいると、胡春の普段私に見せない一面が見れて楽しいのだ。
結局、朝のホームルームが始まるまで胡春はずっと立っていた。
待ちに待った、体育の授業。まぁ待ちに待ったなんて嘘なんですけどね。
私は胡春と更衣室に2人っきりだった。
遡ること5分前。
「もう。2人とも着替えるの遅い!」
そう言ったのは、愛結だ。愛結は体育が好きだからいつも先に行って運動をしている。バスケのシュートをしていたり、様々だ。
それなのに今日は更衣室の鍵の担当が愛結なので、急かしてくるのだ。
「鍵は預かるから先行ってていいよ」
このまま急かされるのも嫌だった、というわけではなく愛結に運動をさせたかったので、鍵を預かった。
「ありがとね。亜希ちゃん!」
愛結は私に鍵を渡すなり、走って体育館に向っていった。
そんな愛結を見送った後。更衣室には私と胡春だけが残された。
「愛結、行っちゃったね」
「別に、私には亜希がいるからいいけど」
「そういう問題じゃないでしょ」
まだ私の着替えは終わっていない。それに対して胡春はもう体操着で私を待っていてくれている。私は最後にジャージのズボンを履いて着替え終わった。
「ねぇ、亜希。このまま授業サボっちゃおっか」
「えっ、さすがにダメでしょ…怒られちゃうよ」
授業をサボるなんて考えは私には浮かばない。胡春だって私の知る限りそんなことをしているのは見たことがない。急にどうしたんだろう。
「トイレ行ってましたって言えばわからないよ」
「そういう問題じゃなくて…まだ間に合うから」
休み時間が終わるまであと1分。まだ急げばギリギリ間に合う時間だ。
それなのに胡春は私を抱き寄せる。私のほうが少し身長が低いからか私の目線の先には胡春のほんのり赤い唇ある。
「ちょっと胡春、なにすんの」
「行かせないよ」
このハグは私を体育館に行かせないためらしい。腕に力を入れても、更に強い力で抱きしめられる。
胡春が何をしたいのかは分からないけど、このハグは優しくて心地いい。こんなことをしていると気分はまるで家にいるときみたいだ。
「分かったから…」
授業はもういい。もともとやりたくもない体育の授業なのだから。それに胡春が一緒ならなんとかなるだろうと思えてきた。我ながら謎な自信だが、私たちは仲が良くて、2人なら何でもできる幼馴染なのだ。きっと今回もなんとかなるだろう。
授業開始を知らせるチャイムが鳴る。私たちはもう後に引けなくなったのだ。
「じゃあ、座ろっか」
胡春がサボろうと言ったのには何か理由があるのだろうか。普段の胡春は授業をサボるなんてことはしない。
胡春は私に更衣室の中のベンチに座るように促す。授業時間の50分をここで過ごすことができるのかと疑問にすら思う。私は胡春の隣に腰掛けようとする。
「違う。ほら」
胡春は自分の膝の上を指差した。
「どういうこと?」
「私のお膝の上に座って」
「なんで。急に」
「朝、亜希が愛結の膝に座ってたから、私たちも昔やったなーと思って」
私が胡春の膝に座ったのは何年も前の話だ。今はお互いに色々と大きくなったのでそういうことはしない。
まあ、授業をサボって昔の思い出に浸るのも悪くはない。
「別にいいけど…」
「やった。じゃあ座って」
胡春は露骨に嬉しそうにする。胡春の膝に座るのは愛結の膝に座るよりもドキドキする。胡春の顔は見えないからどんな顔をしてるのか気になった。
そっと体重を預けると今朝の愛結のように胡春は私のお腹に腕を回してくる。
「ちょっと、私わき腹弱いんだから!」
「うんうん。知ってるよ」
「じゃあ、なんでやるのさ」
「いいじゃん。愛結もやってたんだし」
愛結がやってたことは胡春がやっていいわけではない。でも愛結にされるの、胡春にされるのはどこか違う気がする。
「ねぇ、亜希。私を好きにしていいんだよ?」
胡春は私の耳元でそう囁いた。
体の奥から震えてしまいそうな甘い声。そして魅惑の台詞。
もうどうにでもなれと心のなかで叫んだ。
「じゃあ、好きにしちゃうよ」
「うん。亜希のことだから学校だから〜とか言うと思ったのに…」
「別にもう授業なんてどうでもいい」
私は後ろをゆっくりと向いて胡春の目を見た。アメジストのような胡春の瞳に反射しているのは私だけだ。それがちょっとだけ誇らしかった。
胡春の首元に両腕を回して、私は柔らかいキスをした。
このあと体育の授業に遅れていった。うまい具合に誤魔化せはしたものの、愛結だけは「もうー。どこ行ってたの?鍵押し付けちゃったから、ずっと心配だったよー」と半泣きで謝られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます