第5話 看病とお話

 胡春のお陰で心も体もだいぶ楽になった。

 おかゆは美味しかったし、背中も拭いてもらった。今日は胡春にお世話になりっぱなしだ。


 私は歯を磨いた後、自室に戻った。そうしたら胡春は布団や枕を整えてくれていた。優しさに感謝しつつ、今度なにかお返しをしようと心を決める。貰いっぱなしは嫌なのだ。


「今日はありがとね。胡春」

「うんん。亜希に元気になってもらいたかったからね」

「明日にはきっと元気だよ」

「そっか。それは楽しみ」


 私が元気になるのが楽しみだなんて、可愛い幼馴染だ。いつも幼馴染としての愛情表現を直接してくれて、それが結構嬉しかったりする。

 私は胡春が整えてくれた布団の中に入ると胡春が私の顔を覗き込む。少し近い胡春の顔に頬が赤くなる。


「胡春はもう帰っていいよ。看病してくれて、疲れたでしょ」

「そうでもないよ」


 そういう胡春の顔は少し赤い。珍しく照れているのだろうか。否、そんな感じは一切ない。胡春の様子は数時間前の私のようだ。


「胡春、動かないで」

「えっ」


 私は胡春の頬を右手で触る。わっと驚いた胡春の頬はマグマのように火照っている。


「胡春も風邪引いてたんじゃん」

「だって…亜希の看病したかったし…」


 モジモジとする胡春。結構前から自分が体調が悪いのは気がついていたのだろう。でも私の看病を優先してくれた。よく考えてみたら、私たちはずっと一緒にいるから感染うつっていても仕方がない。

 それは胡春の優しさなのだろうけど、あんまり嬉しくない。私だって胡春のことが心配だし、言ってほしかった。私たちは幼馴染で対等な関係だから。


「胡春も寝てよ」

「えっ、ちょっと亜希」


 私は私がいま寝ているベッドに胡春を強引に引きずり込む。抵抗するような素振りだったけどお構いなしにだ。胡春と同じ布団に入るのは何年かぶりだけど、いまはそんなことを意識している余裕はない。

 胡春の体は熱い。私の体温は下がっていたけど、胡春の体温は上がっていっているようだ。

 私の力に負けて胡春はベッドに横たわる。トロトロに溶けてしまいそうなほどに胡春は真っ赤だ。


 私が胡春に無理をさせていたのかもしれないと思うと心が痛む。


「亜希…私は帰ってから寝るから大丈夫…だよ」


 はぁはぁと息をする胡春。


「だーめ。私だけ何もしないのはいやだもん」

「そっか。じゃあちょっとだけ…」


 そう言って胡春はコテンと気絶するかのように眠りについた。きっと相当つらかったのだろう。


「うん。ゆっくり休んでね」


 私は胡春に抱きつく。労いと感謝の気持ちを込めて。私の体調もまだ治りきっていないが胡春のことが心配なのだ。おでこをくっつけてみるとやっぱり熱い。

 横になったまま抱きつくのはいつぶりだろう。豊満な胡春の胸の感触は初めてかもしれない。

 うぅと胡春のうなだれているような声が聞こえる。


「大丈夫だよ。私のせいで…ごめんね」


 私は胡春の耳元でそう囁く。返事はないけど、早く元気になってという思いを込めて両手に力を入れる。





「ちょっと、亜希。なにしてるのよ」


 いつも聞いている声がして目を覚ます。目をこすりながら体を起き上がらせると、胡春のサラッとした髪が手に触れるのを感じる。私の部屋のドアの近くにママが立っている。


 そうだ…私が胡春をベットに引きずり込んだまま、私も寝ちゃったのか。


「あっ…、ママ」

「なんで胡春ちゃんと一緒に寝てるのよ。もう夜なんだけど」

「私と胡春が体調悪くて…ね」

「胡春ちゃんのお母さんに言いなさいよ。心配してるでしょう!」


 私のママはマジで怒っているっぽい。声が怖い。確かに胡春のママに相談すればよかった話だが、その時は私の体調も悪かったのだ。思考が回らなくても仕方がない。


 私は落ち着いて、事の成り行きをママに話した。そうすると最後はため息一つで許してくれた。ママはなんだかんだ優しいのだとも思う。


 ママは「それじゃあ、2人とも風邪を引いたってことね」と言ってリビングに布団を、私と胡春の分を敷いてくれた。ママが言うには、体調も考えると胡春が家に帰るのは今日じゃなくていいとのことだ。ママは胡春のお母さんに連絡してくれたみたいで、感謝しかない。



「ねぇ、胡春。ママがリビングに布団を敷いてくれたから、そこで一緒に寝よ!」


 私は寝ている胡春の肩を揺らす。そうするとすぐに起きる。久しぶりにまじまじと見た胡春の顔はまつ毛が長くて可愛かった。顔色は良くなっていてひとまず安心だ。


「えっ、私…なんで亜希の家で…」

「うーん。胡春が体調悪そうだったから…つい」

「そっ、そっか」


 私は胡春を自分のベットに誘った、そういうと誤解を招きそうだけど実際そうだ。


「胡春。顔赤いけどまだ体調悪い?」

「いっ、いや大丈夫だよ」

「そっか。けど今日はうちに泊まっていってね」

「亜希と同じ部屋…?」


 起きてからの胡春はちょっと変だ。急な出来事に動揺しているような感じだ。


「うん。いつも通りそうだけど。いやだった?」

「そうじゃないけど…」


 私は胡春の手を取る。胡春の手はいつもの温かさで少し安心する。


「じゃ、胡春。リビングに行こ。ママが待ってる」

「うん」


 寝起きの胡春はちょっと新鮮で、私の一方的な感じも悪くないと思った。いつもは胡春のほうが主導権を持ってる感じだからね。



 私と胡春は、一緒にご飯を食べて歯を磨いて、そのまま寝ることになった。私はさっき胡春が作っておかゆを食べたけど、胡春は何も食べていなかったらしい。それを知るとさらに申し訳なくなって、胡春の目を見れなかった。


「じゃあ、電気消すね」


 私と胡春はママが敷いてくれた布団に入っていた。ママとパパは寝室で寝ていて、リビングには私と胡春だけだ。


「ねぇ、胡春はもう元気になった?」

「うん。亜希は大丈夫なの?」

「もちろん。胡春のお陰で元気だよ」

「よかった」

「あの…胡春。私のせいでごめんね」


 面と向かって胡春に謝りたかった。そうしないとずっと罪悪感を抱えたままになりそうだから。

 私たちはずっと仲良しでいたいから秘密事はナシなのだ。


「なんでよ!私がしたくてしたことでから亜希は謝らないで」

「そっか。じゃあ、ありがとね」

「うん」


 謝ってほしくないのなら、せめてお礼だけでもと思った。私のために、文字通り、身を粉にしてくれたのだ。


 リビングの床に敷いた布団は、自分の部屋のベットよりも固くて、慣れない。


「ねぇ、亜希。私たち2人とも風邪を引いた理由って絶対によね?」

「そうだね」


 胡春は悪戯いたずらっぽい顔で微笑んだ。

 私も薄々考えていたが、とはあれである。唇と唇を合わせるあれだ。まぁ、それがなくても私たちは常日頃、一緒にいるから関係はないかもしれないけど。


「だから、私、申し訳なかったんだ。亜希とキスをしたのって私が誘ったからだし」

「そんなこと、気にして…」


 胡春は私にキスをさせる方向に持っていった。そして私が熱を出したとき、胡春は自分が私に風邪を感染うつしたと思って看病をしてくれた。ということだろう。


「だから、キスは控えないとね。亜希も嫌だったでしょ?」

「そんなことはないよ…。だから、ただ恥ずかしかっただけだって」

「そう?じゃあ今からしてみる?」


 胡春は妖艶に笑った。暗くても分かる光沢のある唇に視線が移ってしまう。


「いや…今はまだ治りかけだし…」


 私はもう元気だ。なんならさっき寝てしまったせいで、今日は寝れないかもしれない。

 だけど胡春はどうだろう。きっと私よりも重症だし、まだ完全に回復しているわけではないかもしれない。

 でも、胡春があだっぽく見えるのは気のせいではない気がする。


「そう?二人っきりの夜だから、好きにしていいのに…」

「変な言い方しないでよ!寝れなくなっちゃうじゃん」

「私としては構わないけど」

「それなら…ちょっとだけ…」


 さっきから胡春を見るとドキドキする。それは風邪から回復した喜びとは違うし、幼馴染として抱いたことはないものだ。


「亜希も積極的だね!」

「もう!胡春が誘ってるんでしょ!」

「はいはい。好きにしていいよ」


 私は布団から出てズルズルと近づく。自分の手に汗が溜まっていくのが分かる。きっと顔も赤い、でも暗いからバレないはずだ。


「じゃあ、キス…するよ」

「うん。いつでもどうぞ」


 私が緊張していのがおかしいと言うように、胡春は自信たっぷりな様子だ。それが少しだけ気に食わない。胡春の青紫の髪をめちゃくちゃにしたいような衝動に襲われる。

 私は胡春の顔の上に自分の顔を重ねる。そして、そっと唇も重ねる。艶があって、湿っている、いつもの唇だ。目をつぶってしっかりと味わうと、息をする音や胡春の匂いを感じる。


 この温もりにずっと触れていたくて、胡春の唇から離れられない。


「ちょっと、亜希…苦しい」

「あっ、ごめん」


 私は急いで顔を上げる。よく見えないけど、胡春は少し笑った気がした。


「ねぇ、亜希。ちょっとお話しよ」

「うん」


 キスのことなんて無かったかのように、胡春は話しかけてくる。私はまだ眠くなかったので胡春とお話することは大賛成だ。


 私は布団の中で、風邪のことなんて忘れて、胡春といっぱいお話をした。

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