第6話 夏の約束とテスト前

 私たちが風邪を引いた日から数日が経った。


 胡春こはると私はその間、私の家で一緒に学校を休んで、体を治すのに専念した。次の日にはほとんど元気だったが念のためにだ。


 その間、愛結あゆがお見舞いに来てくれた。愛結は私だけ風邪を引いてないのは不服と言っていたので、別に仲が良ければ風邪が感染うつるわけじゃないよとなだめておいた。


「今日から学校だね。もうちょっと休んでたかった…」

「そう?私は亜希あきと一緒なら学校だって楽しいけど」

「授業、面倒じゃん!」


 私だって胡春と一緒にいるのは楽しい。だけど授業はあまり好きじゃない。勉強は胡春にあと一歩届かないから、おもしろくないのだ。


「最近暑くなってきたね…」


 胡春は手でパタパタと仰ぐ素振りを見せる。


「もう夏が近いからね。胡春は夏休みどこか行くの?」

「うーん。特に決まってないかな…林間学校の準備くらいかな」

「そっか」


 忘れていたことだが、夏休み開けには林間学校がある。まだ細かいことは決まってはいないが、先輩たちは口を揃えて楽しかったと言っていたから楽しみだ。


「亜希はどこか旅行、行くの?」

「私もまだ決まってないな」

「そうなんだ。じゃあ私たちでどこか行っちゃう?」

「えっ、胡春、本気で言ってる?」

「うん。そうだけど」


 胡春はいつも通りの表情で頷いた。

 私は高校生同士で旅行なんて、早すぎると言うか、ちょっと不安だ。まあ胡春と一緒なら行けなくもないのだろうけど。


「亜希はどこか行きたいところある?」

「うーん。夏と言えば、海かな!胡春は?」


 山派なのか、それとも海派なのか、という議論に対する私の答えは海派だった。山は涼しくて空気は綺麗だけど、夏という感じが薄い気がする。しかも海は非日常感があっていい。


「うーん。確かに私も海に行きたいわ」

「じゃあ、決まりね!」

「うん」

「まぁ、予定を立てるにはまだ早かったかもね」

「そうね。その前に定期テストがあるもの」

「あっ」


 定期テストは来週の月曜日からから4日かけて行われる。私たちは体調不良もあって、あまり勉強ができていないのだ。


「どうしよう…全く勉強できてないよ…こはるー」


 私はおでこを胡春の肩に当てる。特に意味はないが甘えたくなったのだ。


「熱があったし仕方ないよ。今日も家で勉強しよ!」

「そうだね」


 私は胡春の肩からおでこを離す。胡春の顔が少し赤いのは気のせいだろう。熱はとっくに治ってるはずだから。


 テスト前は胡春と一緒に勉強するのが習慣になっている。そもそも、テストが無いときも一緒に遊んだりしているので必然とも言えるけど。


 下駄箱で上履きに履き替えて教室へ向かう。休んだのはたった1日だが、久しぶりに登校したような感覚だ。


「あっ、亜希ちゃんに胡春ちゃん!元気になったんだね」


 後ろから愛結に声をかけられた。いつも通りのふわっとした金髪、羨ましい。


「愛結、おはよー。私も胡春もすっかり元気だよ」

「そっか。良かった。急に休むから心配で…」

「お見舞いにも来てくれてありがとね」

「うんん。っていうかその時は2人とも元気だったよね…」


 愛結がお見舞いに来てくれたのは休んだ日の午後。そもそも大事をとって休んだけなので、家に入る分には退屈だったから胡春と一緒にいた。



 〜私たちが休んだ日のこと〜


 私と胡春はリビングでゲームをしていた。学校サボりじゃんと言われないために一応弁明しておくが、私たちは微妙にだるくて、風邪の症状が残っていたのだ。


 ピンポーンとインターフォンの音がなる。パパもママも仕事だから、私が玄関にでると…。


「あっ、亜希ちゃん。体調大丈夫そう?」


 愛結がお見舞いに来てくれたのだ。


「あっ、愛結…」

「胡春ちゃんも休んでたけど、胡春ちゃんの家はわからなかったんだよね…」

「大丈夫!うちにいるよ!」

「えっ、ズル休みだった感じ?」

「いやいや、そうじゃなくて…今日は大事を取って休んだだけだから…」


 確かに二人で休んで一緒にいたら、サボりだと思われても仕方がないなと思った。


「そっか。テスト前だから無理しちゃダメだよ!」


 愛結は手を左右に振った。


「ありがと。もう帰るの?」

「うん。私も勉強しなきゃね」


 愛結は勉強が苦手だ。その代わりに運動ができる。

 テスト勉強のために帰るというなら引き止めるのはおかしい気がしたので、一緒に遊びたいという気持ちをぐっと抑えた。


「そっか。家でゲームしていかないか誘おうかと思ったんだけど…」

「ゲーム…。したい!やっぱちょっとだけお邪魔していい?」

「うん。いいけど…」

「ありがとねぇー!」


 なんて事があって、結局、3人で遊んだのだ。愛結をゲームで釣った感はあるものの楽しかった。



 〜そして今に戻る〜


 私は、胡春と愛結の3人で階段を上がって、教室まで向かう。


「ねぇ、愛結は夏休みにどこか行く?」


 さっき胡春と話した話題を愛結にも振ってみる。私と胡春で出かけるのなら愛結も誘いたかったのだ。


「なになに?まさか亜希ちゃん、デートのお誘い?」

「いやいや、なんでそうなるのよ…」

「だって、予定を聞くってことはそうでしょ!」

「まあ、どう取ってくれても構わないけど」


 愛結と遊ぶのは楽しくていいのだが、デートだと言われると小恥ずかしくなる。他意はないのだろうけど。

 胡春は私の隣をだんまりと歩いている。私と二人きりのほうが話しやすいのだろうか。


「そっか。私もほとんど予定は入ってないから、夏休みいっぱいお出かけしようね。亜希ちゃんも、胡春ちゃんも!」

「うん!」


 はっきりと返事をした私とは対照的に、胡春はうんと渋々頷いただけだった。




 久しぶりの、といっても一日ぶりだが、学校は思った以上にハードだった。プリントの片隅が埋まっていないだけで、たった一人で取り残されてしまったような気になる。

 久しぶりの授業は理解ができないという程ではないが、普段より労力を使うのだ。


「ねぇ、胡春。授業きつくない?」


 6限まで終わった後のこと、私は胡春にそう話しかけた。


「そうね」

「なんで私たち、昨日ゲームなんかしちゃったんだろう…」

「そもそも、勉強なんてそこまで根詰めてやる必要のないことよ」

「またぁ、そんな余裕そうに…」


 胡春はいつも自信たっぷりな様子だ。キス…をするときだって、あたかも普通のことのように振る舞うし、テストだって自分は大丈夫ですよと言わんばかりの態度だ。

 そんな胡春は冷たいように見えるけど、私にはカッコいいと思う。


「ねぇ、2人とも!今日、図書室で勉強していかない?」


 私と胡春に愛結が話しかけてくる。


「んー。胡春と家で勉強しようって話てたけど…。図書室でも変わらないよね?」


 今朝、私は胡春と家で勉強する約束をした。だけど図書室で勉強するもの大差ないだろうと思った。胡春はあまり気にしないだろう。


「私はいいよ」

「胡春も良いって言ってるし、一緒にやろ!愛結!」

「うん」


 快諾してくれた胡春だったが、ぐぬぬと唇を噛んでいるようにも見えた。



「ねぇ、亜希ちゃん。ここわからないよー」

「いやいや、私に聞くんかい!私は、自分の勉強で忙しいから胡春に聞いたら?」

「うん。そうだね」


 私の隣に胡春、そして目の前には愛結が座っている。

 愛結は胡春に勉強を教えてと頼むけど、胡春の機嫌はさっきから悪そうだ。勝手にしろと言わんばかりにプイと横を向いている。

 私が勝手に決めちゃったのが胡春にとって良くなかったのかもしれないけど、今まで私のわがままにも嫌な顔一つせずに付き合ってくれたので不思議だ。


「ねぇ、亜希ちゃん。なんか胡春ちゃん雰囲気違くない?」


 愛結がひそひそと話しかけてくる。


「愛結もそう思ったんだ。何があったんだろう」

「えっ、亜希ちゃんも知らないの?」

「うん。少し前からずっとそうだよ」


 なんて話していると、ぎょろっと胡春が私たちの方を見てくる。怖いよ…。


「じっ、じゃあ、私はお手洗いに行ってくるから…。亜希ちゃん、よろしくね」

「ちょっ、ちょっと愛結!」


 この雰囲気を察したのか、愛結は図書室を出ていってしまった。

 夏が近い、というかほぼ夏なので、冷房の効いた図書室はオアシスだったはずなのに。


「ねぇ、胡春。いつもと雰囲気違うけどどうかした?」


 思い切って胡春に聞いてみる。ひょっとしたら自分のせいかもしれないし、胡春の機嫌を損ねたままなのは嫌だ。


「うんん。ちょっとね」

「まだ、体調回復してなかったとか?」

「うんん。全然元気なはず…」


 いつもよりも弱々しい胡春。そんな姿を見ると、私まで心が参ってしまいそうになる。


「ねぇ、亜希。手、握っていい?」


 胡春は言いづらそうに、口を開いた。突然の申し出に私は少し困惑する。


「えっ、なんでよ」

「なんとなく。だよ」


 ここは図書室で、私たち以外の人もちらほら居る。そんな場所で手なんて握り合ってたら、変な目で見られることは間違いないだろう。


「いいじゃん。誰も見てないよ。それに手なんて何度も繋いでるでしょ」

「でも…」


 胡春は、はいと言って手を差し出してくる。まぁ、ちょっとならと、その手に私の手を重ねる。

 胡春の手のすべすべした感触が直接伝わってくる。前までは普通に手を握ったりしたけど、そういう接触は最近減っていて、そのせいで無駄にドキドキしてしまっている。


 胡春の手、あったかい。


「私さ、愛結に嫉妬してたのかも」

「えっ、どうして?」

「うんん。やっぱりなんでもないよ」

「そうなんだ。気になるけど、胡春がいつも通りに戻ってくれて嬉しいよ」


 胡春はこくんと頷く。繋いだ手はギュッと握られたままで、心臓が跳ねているのが気づかれてしまうのではないかと思うほどだ。


 私には、胡春の嫉妬という感情についてはよくわからない。

 まさか私と愛結が話しているのがダメだったわけはないだろうし、胡春は私よりも大抵のことが上手にできるので嫉妬する理由がないのだ。

 むしろ嫉妬をしたいのは私の方だ。可愛いし何でもできる胡春と一緒にいる私の身にもなって欲しい。


「ねぇ、胡春。私、今回のテストは勝つから」


 今回のテストは胡春に負けたくない。別にライバル視しているわけじゃないけど、毎回今回こそはと息を巻いてテストに挑んでいるのだ。


「どうだろうね」


 胡春はブンブン私の手を振ってくる。さっきよりも明るくて、柔らかい表情で。

 私はむむむっと胡春に不満を表して、重ねた手を離さないまま、私は勉強を再開した。







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