第7話 テストの終わりとお泊り会

「お邪魔します…。」


 ガチャンと乱雑に開けられた扉。そしてひょっこりと顔を出す愛結。私の隣には胡春がいて、遊びに行くにはやや大荷物を持っている。

 愛結はテストが終わって身軽になった私たちを快く招いてくれた。


 テストは終わり、私と胡春と愛結はいま…。


「ねぇ亜希ちゃん!おやつ食べよー!」

「うん。いいね」


 同じ屋根の下にいた。


 テストの返還を明後日に控えた休日。元々予定がなかったので愛結の誘いでお泊り会をする約束をしたのだ。

 私と胡春は家では良く遊ぶけど、愛結の家は珍しい。愛結の家は学校から少し遠いから行く機会が少ないのだ。


 愛結の部屋は私の部屋とも胡春の部屋とも違っていて、なんというかふわっとしているというか、胡桃色のクマのぬいぐるみがあって薄い焦げ茶というか落ち着きのある色を基調としたものだ。


 女の子らしくて可愛いお部屋だと思う。


「胡春ちゃんも荷物を端において、遊ぼうよ!!」

「わかった。なんか愛結、いつになくテンション高いわね…」

「そりゃーね。なんてったって亜希ちゃんと胡春ちゃんとのお泊り会ですから!!」


 胡春は荷物を置くと、愛結が用意してくれた小さめの折りたたみ式のテーブルの前に座った。

 床に敷いてあるカーペットはふわっとしていて肌触りがいい。

 テストも終わって私たちの気は完全に抜けていた。それに3人でのお泊り会なんて新鮮というか初めてなので私も楽しみだ。準備をするのだって心が踊ったし、可愛いパジャマだってひっそりと買いに行った。




 3人でお話しているとあっという間に過ぎていく。それに愛結の家に来たときにはすでに午後だったから、暗くなった外を見るとすごく時間が経ったように感じられる。


「そろそろみんなでお風呂に入ろう!!」

『えっ、みんなで!?』


 そんな突拍子もないことをいい出したのは愛結だった。胡春なんかは耳を真っ赤にしているし、私だって動揺を隠せていない気がする。


「3人はさすがに狭いんじゃない?」


 胡春と一緒にお風呂なんて私には耐えられそうにない。ちょくちょくキスをするようになって、それ以来胡春に近づくだけでもドキドキすることだってあるのだ。ましてや一糸まとわぬ姿なんて、小学生から見ていないし、胡春も色んな意味で成長しているから至近距離で見るのは色々ときつい。


「いやいや。大丈夫だよ。3人くらいなら余裕だよ!」

「でも…」

「それに亜希ちゃんはちっちゃいし!」

「バカにしてる!?」

「いっいや。冗談だから…」


 私が小柄な方なのは自分でもわかっている。胡春と話すときだって少しだけ顔を上げなきゃいけないし、それは愛結と話す時も同じだ。

 でも私はこの体つきに不便はしていない。運動をするときに不利なだけで、それ以外に困ったことなんて今のところはない。


「というわけで、入ろっか!」


 結局半ば強引な愛結に流され、みんなでお風呂に入ることになった。



 カタンと桶を床に置く音が響く。愛結は先に入っててという言葉を残してどこかへ行ってしまった。結果、愛結の家で私と胡春が二人っきりになってしまった。しかもお風呂で。


「ねぇ胡春。背中流そうか?」

「なによ。急に」

「なんとなく、だよ」


 湯船から見る胡春の艶のある体躯に少し触れてみたくなったとは言えない。ちなみに幼馴染の一糸まとわぬ姿には少しだけドキドキした。両手で胸を隠す姿は煽情的で恐ろしい。それに温かいからか、少し赤く染まった頬も…。


「じゃあ、お願いしようかな…」

「もー、しょうがないなー」

「亜希がするって言ったんだからね!」


 私は湯船から上がって私のよりも大きな胡春の背中の前に立つ。ボディタオルに石鹸をこすり泡立たせる。


「優しくしてね…亜希」

「それはもちろん!」


 胡春の柔肌を傷つけるなんてもってのほかだ。私は幼馴染としてちょうどいい力加減で洗って差し上げますよ。


「じゃあ洗うね」


 目の前には胡春の艶やかな背中があって不思議な気持ちだ。お風呂で背中を流したことなんてあったとしても覚えてないし、高校生になってこんなとこをするとも思っていなかった。

 自分から提案したことを後悔しているわけではないが、羞恥に包まれる感覚を味わう。


 泡がたっぷりと付いたボディタオルを胡春の背中に落として優しく擦る。胡春はひゃっとだけ声をこぼして顔を両手で覆った。


「どう?胡春」

「うん。気持ちいいよ」

「そっか。良かった」


 初めは恥ずかしかったけど、最後は日頃の感謝を込めていた気がする。背中を流すという行為は単純なようで、複雑で色々な感情が混ざりあった。

 後ろから見る胡春の藤の花の色のような青紫の髪は、濡れて肩にペッタリとくっついている。


「ありがと。亜希」

「うんん」

「次は私が亜希の背中を流すね」

「えっ、私は大丈夫だよ」


 胡春は私の背中を流してくれると良心で言ったのだろうけど、私はくすぐったがりだからきっと変な声が出てしまう。

 それにいくら胡春と言えど、素肌に触られるのは恥ずかしい。


「やって貰い放しはヤダから、亜希がなんと言おうと洗うわ」

「もー、強引だな。胡春は」


 胡春はやると決めたらやる性格だから、私がなんと言おうと聞かないだろう。だから私は一步引いた。


「そういう私は嫌?」


 胡春は唇に人差し指を当てて笑った。


「そういう胡春も好きだよ!」


 私たちは幼馴染だから愛情表現もスキンシップも人一倍多くたっていいと思う。でも最近は好きだって言うのも胡春に触れるのも胸が締め付けられるような気がするのだ。それはきっと私も成長して羞恥心とかが芽生えてきたということなのだろうか。


 私はさっきまで胡春が座っていたお風呂に椅子に座る。そして胡春は私の後ろに立つ。

 胡春は肩にペッタリとくっついた髪を後ろにやる。

 背中をまじまじと見られているような感覚に少し照れくさく思ってしまう。さっきの胡春も同じような気持ちだったのだろうか。


「おっ待たせー!!」


 その時、扉が開く。そこには服を着ていないのにも関わらず、堂々と両手を腰に当てて、立っている愛結の姿があった。

 愛結はあんまり気にしなさそうだよね…。


「えー、二人で洗いっこしてたの!?私も混ぜてよ!!」


 愛結は頬をぷくーっと膨らませて怒っている。それと対照的に愛結の金髪はふわっとしていていつも通りだ。


「いまは私が亜希の背中を流してるから…」

「胡春ちゃんのいけずー。私だって亜希ちゃんと洗いっこしたかったのに!」

「亜希は私のだから…」


 いやいや、私は私のものだよ。と頭の中で胡春にツッコむ。

 やはり愛結のお家のお風呂に3人で入るのは狭く感じる。さっきまでは胡春と二人だったから気にはならなかったけど愛結がくると話は別のようだ。


「幼馴染だからってずるい!」

「ふふ、私のほうが付き合いが長いもんね」


 胡春は少しだけ誇らしげな様子で愛結に言った。


「ねぇ、亜希ちゃん。私と胡春ちゃん、どっちが好き!?」

「えっ」


 私は愛結の突然の質問に戸惑う。

 だって好きという言葉に上下なんてないし、胡春は大切な幼馴染で愛結は大切な友人だ。

 確かに付き合いは胡春とのほうが長いけど、愛結だって…。

 そもそも好きのベクトルが違うというか…。


 最近、胡春とキスをしたりして、私の胡春への認識が曖昧になっている。幼馴染なんだけどそうじゃないような、徐々にぼんやりとしていく。

 胡春はきっと私のことが好きだと思う。だけどその好きが私の好きと一致しているかどうかはわからない。


「どっちも好きだよ」


 当たり障りのない答え。そう言わないと角が立つからそう答えたわけじゃない。

 まだ自分でも感情の整理がついていないのだ。だからこの感情をなんだとか決めるのを、ただ先延ばしにしたかっただけ。


「そっかー。ふふ」


 愛結は嬉しそうに微笑んだ。一方で胡春は不満のありそうな表情だ。


「やっぱり、背中は自分で洗うからいいよ!」


 私は胡春が持っていたボディタオルを軽く掴む。

 胡春に洗ってもらうのも、愛結にやってもらうのも私には選べない。

 それに2人には仲良くしてもらいたいし。


「そうね。じゃあ私はそろそろ出ようかしら」

「えっ、胡春ちゃんもう出ちゃうの?」

「うん。愛結は亜希とゆっくりすればいいよ」


 怒らせちゃったかな…


 胡春はゆっくりと立ち上がり脱衣所まで出ていってしまった。


「胡春ちゃん。怒らせちゃったかな…」

「どうだろうね…」


 胡春が怒っていることは間違いない。だけどなんで怒っているのかは検討もつかない。

 胡春は小さい頃から物わかりもいいし、ちょっとやそっとのことでは怒らない。


 私はボディタオルで体を洗い始める。こんなことになるなら初めから自分で洗っておけばよかったと後悔する。

 なんとも言えない気まずい雰囲気になった。











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