第24話 お化け屋敷

 お風呂に浸かって身を清めた後、ドライヤーで髪を乾かす。


 胡春も愛結もロングヘアだから時間がかかるようなので、脱衣場の端のベンチで座って二人の様子を眺める。


 ドライヤーの風が髪に当たるたびに、さらりと揺れる。青紫色に金色。どちらも光沢があって、たなびいている。


「2人とも髪、綺麗で羨ましいよ…」


 私は、思わずそう呟いていた。


「そう?亜希ちゃんも、私たちより短めだけど可愛いよ」

「うん。ロングのときも良かったけど、短いのも似合ってる」


 私はもともと胡春や愛結と同じロングヘアだった。バッサリと髪を短くしたのは、失恋をしたとかではなくなんとなくだ。

 肩にかかるくらいの長さでそこまで短いわけではないけど、手入れはロングよりも楽だ。


「胡春ちゃんは亜希ちゃんのロング、見たことあるんだ…羨ましい…」


 私が髪を短くしたのは数年前。

 その時はまだ私と愛結は出会っていない。


「別に…そこまで変わらないよ…」


 なんとなく小恥ずかしくなる。

 可愛いと言われるのは嬉しいけど、慣れてはいない。それに、自分が天狗になってしまいそうで怖い。


「今度、写真見せてね!」

「まぁ…機会があればね…」


 私と胡春が並んでいると、胡春のほうが褒められるし、私はそれを見ているだけで十分だったのだ。


「おまたせ。亜希ちゃん!そろそろ部屋に戻ろっか!時間もないし」

「だね」


 お風呂に入った後はお化け屋敷というものがある。

 屋外の指定された道を歩いていくと、お化け(誰かが変装しているらしい)が出てくるというものだ。

 屋外なんだから屋敷じゃない!ということには触れないのがベターだろう。


 *


 部屋に戻って着替えを置いた後、私たちは屋外に向かう。

 お化け屋敷への参加は任意だけど、クラスの半分くらいの人が集まっていた。


「亜希ちゃん、胡春ちゃん!私はお化け側の人間だから!」

「えっ。そうだったの!?」


 お化け側の人間って…と胡春がツッコむ。本当にそれな。


「うん。亜希ちゃんだけは本気で驚かすから覚悟しててね」

「そこまで得意じゃないんだけど…」

「大丈夫だって!胡春ちゃんがいるんだから!」

「それはそうだけど」


 なんて言って愛結はどこかに行ってしまった。

 愛結に驚かすことなんてできるのかと思うけど、なんとなく楽しみだ。


「胡春はお化けとか大丈夫な方?」

「うーん。急に出てくるタイプのやつは苦手だけど、ぞくぞくする感じのやつは大丈夫かな…多分。亜希は?」

「うーん。どっちも苦手…かも…」


 私と胡春の付き合いは長い方だけど、お化け屋敷に行ったことはない。

 別に避けていたわけではないけど、お互いに行きたがらなかったから、機会を逃し続けていた。

 私はお化けとかに耐性はないけど、胡春がいるなら大丈夫だろう。自然と不安になることはなかった。


「二人で行けば大丈夫よ!」

「そうだよね…」


 お化け屋敷は二人一組らしい。

 私と胡春の組み合わせは確定だど、意中の相手を誘うもの、友達同士で組む人、様々だ。

 お化けが苦手なのは私だから吊り橋効果なんてものは期待できないけど、いい思い出になればそれで十分だ。


 *


 私たちの順番はすぐに来た。

 愛結は驚かす側だから、そこを真顔で通り抜けたらどんな顔をするんだろうな、なんて考えると笑みがこぼれてしまう。


「そろそろだね。胡春!」

「そうね。ちょっと緊張してきたかも…」


 胡春が緊張するなんて珍しいなと思う。

 普段はそういう面を見せてくれないから、少しだけ嬉しい。こうやって胡春の新たな一面を知っていくたびに、胸が高鳴る。

 それはずっと前からそうだったけど、いまだって緊張と合わさって喉元が締め付けられるような気持ちになる。


「私もだよ…」


 有志が行うお化け屋敷のクオリティは想像がつかないのだ。

 それにもうすでに夜になっていて、真っ暗だから恐怖心を煽られる。別に暗闇が苦手というほどではないが、雰囲気にやられてしまったのだ。


「じゃ、行こっか!」

「そうね」


 私は決意を決めて、胡春を誘った。


 *


「怖いよ…」


 足元が見える程度の程よい明かり。ときより風が吹くと、大きな音を立てて揺れる木々。


「大丈夫よ…」

「胡春も怖い?」

「ちょっとだけよ…」


 ガタガタと、足を震わせる胡春。絶対にちょっとじゃないな…と思うと、私の方は落ち着いてくる。


「手、繋ごっか?」


 はいと言って胡春に手を差し出すと、汗で少し湿った手が触れる。

 これって私よりも胡春のほうが怖がりなんじゃない、と気づいてしまう。


「ありがと…」


 少しだけ恥ずかしそうに、ボソッと呟く胡春。

 そういう言動はドキッとしてしまうからやめて欲しいけど、この際なんとも言えない。

 ギャップに惚れると、誰かが恋バナをしているときに言っていたのを思い出して、言い得て妙だなと思う。

 確かにいつもの表情をあまり変えない胡春も魅力的だけど、今日の子どもじみた胡春はいつもより可愛い。


 好きだという気持ちが徐々に溢れてきて、愛おしさに満たされる。


 私と胡春はゆっくりと木々の間にある僅かな道を歩いていく。道なりに明かりがあるおかげで迷うことがなさそうなのはありがたい。


 その時、ピキッと音がなる。

 それは私が小枝を踏んでしまった音だけど、胡春にはそう感じなかったらしい。


 ふわっと香る甘い香り。

 ピタッっと私にくっつく胡春。

 ひっと一回り高い声が聞こえる。


「はいはい。大丈夫だから」


 くっついてきた胡春の頭を撫でてあげる。

 そうすると、猫が顎を撫でられて喉を鳴らしている時のように目をつぶって、落ち着いた素振りを見せる。


 いつもと違いすぎる!!


 なんて心の中で叫ぶ。


 なんでも完璧な人間はいないように、胡春にだって苦手な一面はある。そんなことは分かっている気でいた。

 でも私が知っていた胡春はほんの一部で、きっとまだまだ新たな一面を隠し持ってるはずだ。


 もっと胡春のことを知りたいなと思う。


 私にとっての幼馴染としての胡春と、私の好きな人としての胡春。その2つは近いようで遠くて、そのギャップは私を悩ませる。

 キスをしていた頃がずっと忘れられない。

 初めはなし崩し的にキスをしていたけど、だんだんそれだけでは満たされなくなっていた。強く吸ったり、抱きしめたり、きっとその時には想いは溢れていた。


「わぁー!!」


 …。


 ぴょこんと木陰から出てきたのは、本格的な白装束を着た愛結。私たちの様子をさっしたのか、申し訳無さそうに後ろに下がっていく。

 驚かし方がどちらかと言えば可愛かったのは触れないでおこう。それでも胡春は少しだけピクッとしていたけど…。


 …。


 目をしっかりと閉じて、明らかに思い切ってやりました、という雰囲気を醸し出している愛結。

 白装束は決して縁起の良いものじゃないけど、純白の生地は愛結を際立たせていた。


「あっ。なんかごめんね…。二人がいい感じのときに、こんなことしちゃって…」

「いい感じって…。そんなんじゃないから!」


 私は胡春の頭に乗せていた手をサッと離す。


「あら、愛結は私と亜希がなのが羨ましいの?」


 チラリと愛結を横目に見るながら、胡春は挑発する。


「そうだよ!!私も二人と回りたかった…」

「そう…」

「ねぇ、亜希ちゃん。私のこの服装、どう?」

「に、似合ってるよ!」

「そっか…。じゃ、二人もあんまり羽目を外さないようにね…」

「うっ、うん…」


 なんて言って愛結は闇の中に消えていく。


「じゃ、私たちも行こうか!」

「そうね」


 私たちは、柔らかな明かりに灯された道を手をつなぎながら歩き出した。


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