第23話 林間学校
待ちに待った林間学校。
準備は夏休み中にコツコツと済ませていたので、直前に焦ることはなく、前日も余裕をもって寝られた、訳でもなく…
遠足前の小学生のようにドキドキしたりソワソワして寝れないなんて事が、高校生の私にも起こった。
まぁ楽しみだったのは間違いないから仕方がないのかもしれない。
そんな子どもっぽい面は誰にも言わないとして…。
「亜希、眠そうだけど大丈夫?」
でも言わなくても気づいてしまうのが、この察しのいい幼馴染なのだ。
「うん…」
「もしかして楽しみで寝られなかった?」
「そんな感じ」
からかわれたりすると面倒なので、軽くあしらっておく。
こうやって私の機微に気がついてくれるのは胡春だけだなとつくづく思う。もしかしたらそれは胡春を信頼していて、私の態度が他の人にするものと違うからかもしれない。
「それなら…その…」
「どうしたの?」
顔を赤く染めて、もじもじと、ついこの間までは見せなかった表情をする胡春。
胡春にも私と違う形にせよ、気持ちに変化があったのだろうか。
「わっ、私の肩なら、その…貸すけど…」
「えっ…」
「嫌…ならいいけれども…」
「嫌じゃないよ!」
胡春からの魅惑の提案に思わず、ピクリと身体が跳ねた。
一瞬戸惑ったのは今までにこんなことが無かったからかもしれない。
「それなら…」
「うん。じゃあその…お願い…します…?」
頭をそっと胡春の肩に乗せる。
私が知っているよりも華奢で、脂肪のない身体は寝るには少しだけ固いけど、何故か心地よい。
ふわっとしたショートケーキのような甘い香り。
近距離だからか、いつもよりも強く鼻腔をくすぐって、頭がぼんやりとしてくる。
胡春の提案を聞いたときには、正直ドキッとした。
けどそれも忘れさせる、胡春の香りと声とそして雰囲気。
私は
*
「あきー!!着いたわよ!」
ゆさゆさと私の肩を揺さぶる胡春。
強制的に眠りから引き剥がされた私は唸り声にも近い声をあげてしまう。
「うぅ…」
「ほら!着いたって!」
「おはよ、こはる…。」
「ぐっすり寝れたようで何よりだわ」
「うん。ありがと!」
目を擦ると、胡春が徐々にはっきり見えてくる。
林間学校だからか、第一ボタンを開けて、少し着崩したような胡春。珍しい。
「ほら!行くよ、亜希!」
「うん…」
冷房が効いていて涼しかったバスから降りると、もわーんとした熱気に包まれる。
まるで熱帯雨林のど真ん中にいるみたいだけど、ここは日本だ。唯一共通点があるとすれば、木があることくらい。
二泊三日の林間学校のスタートを切るのはオリエンテーリングだ。
ちなみに日程は、一日目とオリエンテーリングと屋外でのお化け屋敷。二日目は飯盒炊爨とキャンプファイヤー。三日目はお土産を買ったりして帰宅という流れだ。
昨晩はしおりを何度も読み込んだし、それほど楽しみだったのだ。
「亜希ちゃん、寝起き?」
「うん、ちょっとね…」
そう話しかけてきたのは、愛結だ。
バスでの座席は運悪く離れてしまって、数時間ぶりの会話になる。
「まさか!亜希ちゃんも楽しみで寝られなかったの!?」
「…まぁね」
どうやらそれに勘づくのは、私の幼馴染だけではないようで。
愛結もなんだかんだ私のことを見ていてくれるなという気がするのだ。そっと気遣いをしてくれたり、普段はボケているようだけど意外と優しい一面もある。
「愛結もなんだ」
「それはもちろん!亜希ちゃんと夜も一緒にいられるんだもん!楽しみに決まってるよ!」
「都合がいいことばっかり言っちゃって…」
「本心だもん!」
「はいはい」
そう軽くあしらうと、愛結は腰に手を当てて、ぷくーっと頬をふくらませる。
「亜希ちゃん。すき〜」
その瞬間愛結が跳ねて、全体重が私にのしかかる。お互いの頬を擦り合わせてきて、さらさらした肌の感触が直接伝わってくる。
とっとっ、と足で上手くバランスをとる。
「ちょっと、あゆー!」
引き剥がす気にはなれないけど、力強くぎゅってされているから少しだけ苦しい。愛結は相変わらず頬を擦り続けてくるし、なんなんだこの状況。
それに「すき」だなんて、愛結は恥ずかしくないのだろうか。
例え本音でなくとも、私なら言えない。
「亜希も愛結も、早く準備して」
そんな様子を見かねた胡春は、いつもより一回り低い声でそう言う。
まるで怒っているみたいだけど、今のに関して悪いのは愛結だし。
「あっれれー。胡春ちゃん、嫉妬ですか〜?」
愛結は下唇に人差し指を当てて、挑発する。
「ちっ、違うし」
「うんうん。私に亜希ちゃんを取られちゃうのが嫌だったんだよね!私も…」
「うるさい」
「ふふーん」
胡春が珍しく押されてる…。
反論できない幼馴染の様子に微笑ましさを覚えながらも、2人の仲の良さにモヤッとする。
胡春が私のことをどう思っているのかは謎だけど、仲の良い幼馴染くらいには思っていて欲しいななんて考えてしまう。
恋では卑屈になってはいけないとよく聞くけど、自分に自信のない私は卑屈そのものなのだ。
胡春ほどに才色兼備ならばそんなことはないのだろうな…と考えても、私が好きになったのは胡春だからそれも意味を為さない。
憧憬も恋心も全部私の思いの一種なのだ。
「ほらほら。ここで話してたら、間に合わないよ!」
私は胡春たちに向かって、そう言う。
周りのみんなはすでにバスのトランクルームからカバンを取り出していて、ホテルに荷物を運んでいる。
「そうだね!急がないと!」
愛結は忙しない様子で荷物を手に取る。
「亜希ちゃんも、胡春ちゃんも、行こ!オリエンテーリングに間に合わなくなっちゃう!」
「「だね!」」
*
到着してすぐ簡素な林間学校の注意等の話を受ける。話なんて上の空なんて生徒もたくさん居たが、私は指導を受けない程度に収めておいた。
先に部屋に荷物を置いて、オリエンテーリングに向かった。
オリエンテーリングでは、アウトドアスポーツなどを3人で楽しんだ。
「ちょっと、愛結!早いよ!」
「ふふん。追いついてごらん!」
「助けて…胡春…」
「しょうがないわね…」
アスレチックでは運動のできる愛結が先に進んでいってしまうし。
「はぁ。はぁ。ちょっと休もうよ…」
「まだちょっとしか歩いてないよ!亜希ちゃん!」
「いいじゃん、亜希はヘロヘロだし。ちょっとくらい」
「しょうがないな〜!」
「ありがと…。胡春」
登山では無限の体力を持つ愛結についていって、体力を余すことなく使わせるし。
愛結はそんな感じだってことは知っていたけど、今日はいつも以上に振り回された気がする。
胡春が色々と助けてくれたおかげで、今生きていると言っても過言ではない。
でも久しぶりに自然に囲まれるというのは、いいリフレッシュになった気もする。
私の家の回りは家とか建物ばかりだから、心安らぐ空間だった。
この非日常感は不思議なもので、身体的に疲れているけど、精神的には疲れていないという謎のギャップを作り出している。
「亜希ちゃん!お風呂行こうよ!」
オリエンテーリングから帰ってきて、今は自由時間で宿泊する予定の部屋のベッドでお話をしている。
夕食まではまだ時間があるからお風呂に入っておくと、あとですぐに寝ることができるのだ。
「そうだね…」
「じゃっ行こ!」
「あっ、まだ胡春が帰ってきてないや。胡春が帰ってきてからにしよ!」
胡春は私たちの部屋にリーダーということになっている。消去法的なもので決まったものだけど、胡春なら大丈夫だろう。
ちなみに胡春はいまそれの集まりで席を外しているのだ。
「別に、私は亜希ちゃんと二人っきりでも構わないけど?」
「いやいや。胡春を置いていくわけにはいかないから」
「亜希ちゃんは…」
愛結は一呼吸置いて続けた。
「亜希ちゃんは、私と胡春ちゃんの、どっちが大事なの?」
「もちろん、どっちも大事だよ…」
普段と違う様子の愛結を不審に思いつつも、角が立たない返事をする。
どっちが大事なの?なんて聞かれても、向ける好意の種類が違うのだから比べるのが難しいのだ。
「なっ、なんか変なこと聞いちゃってごめんね…。胡春ちゃんを待とっか」
「うん…」
羞恥からかそれとも後悔からか僅かに目を潤ませている愛結は新鮮だ。
もともとは根っからのスポーツ少女だから、そういう様子は見せないのだ。
痩せ型だけど筋肉のある引き締まった身体は、私のものとも胡春のものとも違う。
ちなみに一年ほど前に愛結に憧れて、筋トレをしたのは誰にも言っていない秘密だ。
まぁその話は置いておいて…。
今日の愛結はいつもより魅力的に感じる。
ガサツなイメージだったのに、女々しいというか、女子高校生らしいというか、言語化はし難いけど、いつもより輝いているように見える。
「愛結は…なんというか…今日はいつもと雰囲気違うね」
気になってしまうと、知らないままでいるのはもどかしく感じてしまうので、聞いてみる。
「そう…?」
「うん。なにかあったの?」
「えーっとね…。決意…をしたから?」
「なにそれ」
愛結の頬は赤く染まっていて、まるで恋をしているよう。
横目にチラッと見た、控えめに輝く瞳。僅かに綻ぶ口元。
その「決意」が何を表すのかはわからないけど、これ以上深く追求する気にはならない。
それは愛結のただならない雰囲気を察したからかもしれない。
なんて考えていると部屋のドアが開いた。
青紫色のロングヘアがさっと揺れる。胡春だ。
「あっ、胡春が帰ってきた!」
「喜んじゃって。ちょっと私がいなかっただけなのに」
「だって、せっかくの林間学校なんだからみんな一緒のほうがいいでしょ!」
「そういうことね…」
少しがっくりしたのか、胡春の声が徐々に弱くなっていく。
「そ・れ・よ・り!お風呂行くよ!」
このような絶妙に重い空気をどうにかするため、愛結と胡春をお風呂に誘う。
「そうね」
「うん。亜希ちゃんも準備できた?」
「もちろん!」
私たちは3人、肩を並べてお風呂に向かった。
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