エピローグ 「女神」オタク、ミクの解釈

あれから数年が経った。

「女神」というモチベーションを失った私が芸能界を続けられるはずがなく、私は事務所を脱け、普通に私立大学生になり、今は普通にOLをやっている。


今でも、あの怒涛の日々を夢に見る。

慣れない世界に身一つで突っ込んだ、あの向こう見ずな日々を。


当時はなんて汚い世界なんだと憤っていた。誰が「女神」を殺したのだと血眼になっていた。それを暴くことがファンである自分の唯一の存在証明、みたいに思っていた。


確かに「女神」を取り巻く環境も、「女神」自身も異常だったと思う。

当たり前だ、傑出するということは、それ即ち「異常」ということなのだから。

「異常」なぐらいでないと、あそこまでは輝けない。人を惹き付けることはできない。私は「異常」ではない「普通」の側の人間で、そんな人間はあの業界ではやっていけないのだと、痛感した。

元々芸能界に興味がそこまであったわけではないけれど、自分は「異常」でないから普通の側に属して、ぼちぼち凡人としてやっていくしかない。

早めにその通過儀礼を終えておいたのは、良かったのかもしれない。

お陰様で、身の丈に合った生活ができている。


ただ、あれから大人になってみて、色々と分かったこと。

この世に不正なんて、汚いことなんてありふれている。


よくよく考えてみればそうだ。それなりに品の良い名門女子高にだっていじめはあったし、格差もあったし、意地の悪い子は沢山いた。

どのコミュニティにだって「ちょっと盛っただけ」や「誰かが言ってた気がするんだけど」という他愛もない「嘘」は溢れている。

だから、「女神」が盗作をしていようと不倫をしていようと、何もしていなかろうと、そんなことはもうどうだってよかった。それなりにしていたし、そこまではしていなかったんだろう。

人間の本性は悪だ──そう偽悪的に私は微笑む。

微笑んだつもりが苦々しく噛み潰したような顔になる。


だから「女神」にだけ潔白や潔癖を求めるのは間違っていたし、「女神」を取り巻く周囲の人に良心や誠実を求めるのも最初から間違っていた。

いや、みんな、頭では分かっている。芸能界という世界が分かりやすいだけで、あの世界に限らず、いつだって我々を取り巻く環境は過酷で、周囲の人も、自分も平等に汚いのだと。

程度の差はあれど、誰だって己の中に浅ましい欲望や、狡さや、歪んだ何かを抱えている。

そしてそんな自分が、社会に倦んで、それを忘れられてくれる純粋で、無垢で、美しいものを求めてしまうのが人間だから、「女神」といういきものが作り出されるのだろう。


結局あの後遺書が公開されて、ちょっとした「女神」フィーバーが起きた。

「アイドル」を消費することについて──あそこまで明言されて、その実どうとでも解釈できるという文章が、「アイドル」側から出たのは初めてだったから。

その生前の美しさとセンセーショナルな死、そこから時間差で紡ぎ出された彼女の「物語」。そんな何もかもが複雑に綾を成すことで、「女神」は社会に問題提起をする何かの象徴として扱われた。

「女神」にまつわる何かの疑惑──それは私がかつてヒアリングして回った時に、様々な人が語った、そのどれかによく似ていた──が取りざたされる度に、それに紐づいて、様々なことが問題視された。

「彼女の真実を暴きたい」という欲望は、そのままあの閉鎖的な世界を暴きたいという願望に繋がった。

「女神」の実像を追い求めると、「女神」ではなくその周縁の欲望や、不実や、その中でひっそりと育った純真などにスポットが当たっていく。

良くも悪くも、「女神」は自らの死をもって様々な内情を暴き出した。本人はいっこうに暴かれないままに。

好き勝手に暴かれ、晒され、噂され、解釈されることで、逆説的に己を隠していく──そんな方法があるということを、私は「女神」から学んだ。


誰が殺したとか、なぜ死んだのか、とか。

何が嘘で、何がほんとうなのかとか。


きっと、そんなことに意味はなくて、意味を持たせる気もなくて、それを「知ろう」とさせること、それ自体が「女神」の狙いだったのだと。


それすらも私の勝手な自己解釈でしかないんだよな、と苦笑いする私とは裏腹に、待ち受けの「女神」は相変わらず器用に小綺麗に微笑んでいた。

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女神の遺書 @nemuiyo_ove

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