第17.5話 「女神」オタク、ミクの混乱

……嘘だよね?


あまりにも唐突で荒唐無稽な朱音さんの告白に、ネットは怨嗟の声以上に、戸惑いと動揺で満ちていた。

私自身も混乱している。

女神の不倫がどうとか、それを晒すと脅したら自殺したとか、これから警察に行くとか──。


『おかけになった電話番号は、現在、電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため、繋がりません』

ダメだ。周りの連絡をシャットアウトしているのか、警察に自首して取り上げられてしまったのか知らないけど、朱音さんのスマホに繋がらない。

これが冗談だとしたら悪趣味すぎるし、朱音さんが、いくらマウント虚言オタクという噂があるからって、ネット上でここまでの悪ふざけをするタイプでないのは知っている。

ちょっと名の知れた絵師だけど界隈で一回も炎上したこともないし、バズ目的でそういうことをするタイプには、どうしたって思えない。


どうやって不倫の証拠を掴んだの? そもそもその相手って誰? 

とにかく色々聞きたいことがありすぎる。

何より、なんで私にずっと黙っていたのよ、とか。


私にバレて捕まりたくなかったんだとしたら、最初に協力を頼まれた時点で断るとかもっと距離を置くとか──私が真実を求めて独り相撲するのを、観察して嘲笑っていたんだろうか?

そこまで悪人だったとは思いたくないけど、でも、女神を脅して自殺まで追い込んだというのが真実なら、だいぶ頭がおかしい。そんな人なら、私を泳がして楽しむぐらいのことはしていておかしくない。

こんなことになってしまったからそう思うだけかもしれないけど、確かに朱音さんは女神の恋愛にだいぶ敏感だった。

自分はガチ恋ではないと豪語する割に、女神が恋愛するのを一切認めていなくて、女神が存命の当時から、少しでも噂が立つたび躍起になって否定したり、誰よりも不機嫌になるのが朱音さんだった。


とはいえ、私が暴走するのを諫めてくれていたのも朱音さんなわけで、いや、それすらも演技……? 

最後、言い争っちゃったしな。

そういえば、歳の差恋愛にも嫌に反応していたっけ。

スマホを手繰る指先が、段々と冷たくなってきた。

目眩と、異常なほどの眠気。自分が処理落ちしようとしているのを感じる。

だってまさか、朱音さんが、私がずっと探し求めていた女神を殺した犯人だなんて思わないじゃない? 

私は何も知らずに、ずっと犯人と馴れ合っていたっていうの?

あまりにも残酷な結論に、脳が理解を拒否している。涙も出てこなくて、とにかくひたすらに眠くて仕方がない。


朱音さんのこと、別に好きでも嫌いでもなかったし、女神のことを追うまではそこまで交流もしてなかったんだけど、ただなんというか……一応身内だと思っていた人が、悪意を持って女神を追い詰めていたという事実がショックだ。

あれだけ、他殺だったら女神の仇を撃つぞと息巻いていた割に、いざ犯人が現れてみると、そしてそれが知り合いだったりすると完全に勢いが萎えていくのを感じる。

復讐しても女神は喜ばないとかいう綺麗事じゃなくて、ただ朱音さんに何をしたって無駄な気がして。

だって朱音さんは声明を読む限り、今回の件でファンから復讐されるリスクだってちゃんと承知の上だ。

私は朱音さんに向かって、犯人に報いを受けさせると宣言していたし、だから私に何かされる覚悟はできているだろう。

全部了解した上で、自首して罪を償うという選択肢を選んだんだから、そんな人間に何かしたところで徒労に終わる気がしている。

ただ、何を思って私の話を聞いていたのか、私の話を聞いて女神に対して今はどう思っているのか、そういったことを聞いてみたい。


犯人が見つかって、いくらでも憎める状態にあるというのに、私の心は怒りや憎しみよりむしろ、虚無だった。

今まであった自棄と紙一重の空元気も失われて、どんどん自分が萎んでいくのを感じる。

動けない。あまりにも体が怠い。何も考えたくない。

これからどうしよう。

何にも答えを出せないまま、私はベッドに沈み込み、意識を手放した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る