第10.5話 「女神」オタク、ミクの忍耐

悪態を吐きつつも親切に介抱してくれたお姉さんのお陰で、最悪の事態は免れたものの、未だ頭はガンガンする。


大人って怖い。やんわりと断っているのに、隙あらば飲ませようとするし、飲まないとおじさんだけじゃなくて女の子側からも「空気読めよ」みたいな圧がすごいし。

おじさん達のボディタッチも激しいし、何よりお金持ってますよアピールや人脈、権力自慢がすごくて辟易する。

あの有名男性アイドルと知り合いだとか、あの映画は自分の力で実現したんだとかなんとか。

普通の女の子だったら目を輝かせたのかもしれないけど、生憎と私は女神一筋で、女神意外の芸能人には興味がない。

女神の共演者には当然目を通すし、友達にオタクが多いおかげで、最近の芸能事情にもそこそこ詳しくはあるけど、ただそれだけだ。あのアイドルと今度飲ませてあげるよ、みたいなお誘いも全然嬉しくない。

女神が生きている時に、女神と会わせてあげるよって言われたら、それはもう全力で飛び付いただろうけど、彼女はもうこの世にいない。

「すごーい」「○○君と会いたーい」なんて黄色い歓声をあげている女子を尻目に、私は推しを失った絶望を噛み締めていた。

私が一番会いたい人はもうこの世にいないんだと。


女神は本当にこんな場所に出没してたんだろうか。

遊びに来ている女の子たちは、軒並みボディラインのよく分かる華やかな服装をしていて、露出が激しい女の子もちらほら。私も合コン向けっぽい服を選んできたつもりだったけど、全然地味だった。

その場にいる全員が全員可愛いかと言われると別だけど、みんな高そうなアクセサリーやら鞄やらで固めていて隙のなさを感じる。垢抜けている。

それは、モデルのAMIちゃんとはまた違った垢抜け方だった。

あの人は陽というか、とにかく表に出て、沢山の人目に触れることで磨かれた人特有の、健全な光沢みたいなものがあった。

ここにいる女の子たちは、磨耗して表面だけ滑らかになったみたいな磨かれ方。

光の当たらない場所に棲息する隠花植物みたいな感じで、魅力的ではあるけど、ちょっと怖い。


飲み会の場所自体も、派手で豪華と言えば聞こえはいいけど正直、悪趣味に感じる。

ゴテゴテとした飾り付けに、明らかにイミテーションと分かる金メッキのセンスが古い。

少なくとも、天使のように透き通った美貌が売りの女神に、こんな毒々しい場所は相応しくない──と思うんだけど、実際のところどうなんだろう。


さっきのお姉さんが、女神と誰かを取り違えているだけだと信じたいけど、女神と間違えられるほど可愛い人がこの世に居るなら教えて欲しい。

それに初対面のお姉さんが私に嘘を吐く理由もないから、きっと本当に女神はこの飲み会に参加していた。

一体何が目的で、と思うと、それはもう恐らく仕事の営業しかないとは思うんだけど……。


女神の今までの華々しい経歴が、この猥雑な飲み会が元で生み出されていたと思うと、また胃液が迫り上がってくるのを感じる。

生温い液体が喉付近まで到達するのを感じる。もう一回吐いた方が楽か、それとも頑張ってここで堰き止めた方が楽か。

吐くと横隔膜が引き攣れてしばらく鳩尾の辺りが痛いのと、胃酸で喉が灼かれるあの感覚が嫌なんだよなぁ。

そんな風に冷静に思案してしまうぐらいには、吐くのが常態化してしまった私。

しばらく同じ体勢のまま固まっていたら、胃液はスルスルと重力に逆らわずに戻って行った。

冷や汗と生理的な涙で顔はベチョベチョ。化粧を直したいところだけど、お姉さんは流石にメイクポーチまでは持ってきてくれていなかった。

もうこのまま帰りたいと思う心を必死に落ち着かせる。我慢だ。まだ本命と接触できていない。


例の女神と関係があったとされるプロデューサー。

枕営業とか愛人なんて言うぐらいだから、てっきりでっぷりと太った悪徳な感じを想像していたのに、見た目は意外と悪くなかった。

小洒落たスーツを着こなしていて、いわゆるイケオジってやつ? 

あくまで、女神とは全然釣り合ってないというのは前提だけど。

これから彼に媚びを売らなきゃいけないと思うと気が重いけど、少しでも女神のことを聞き出さないといけないから仕方ない。これじゃあ何のために苦しい思いをしてお酒を飲んだのか分からない。完全な酔っ払い損になってしまう。

焼け石に水かもしれないけど、せめても乱れた髪の毛を必死に整えて、私は飲み会に舞い戻っていく。

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