第14話 「女神」の姉の証言

……よくわたしを見つけましたね。家族について詳細は公開していないはずなのに。

伝手を辿りにたどって? 


わたしたちはただ平穏に暮らしたいだけなのに……週刊誌とかネットメディアとかがわたしたち家族を特定して、追いかけられるんじゃないかって、最近怖くて眠れないんです。

だから、わたしたちのことは絶対に……はい、そうです。他言しないでください。

そうですね、それが約束していただけるのであれば……そもそも、あなたから連絡をいただいて、わたしが今日ここに出向いたのは、誰かに話して楽になりたかったから、というのもあるので。

妹を心底敬愛しているあなたなら、すべて受け止めてくれるだろうし、知る権利みたいなものもあるのかなって思いました。

ええ、あなたがわたしの妹のことを崇拝するファンだということは、あなたのアカウントを遡れば一目瞭然でしたから。

最近更新してないなと思ったら、ちーちゃんのために芸能界入りしてたなんて、驚きました。


ああ、ごめんなさい。

妹のことをわたしはずっと、ちーちゃんって呼んでて。

あなたからすると、馴染みないですよね。ちーちゃん、ずっと本名を隠してたし。


ちーちゃんがこの家を出たがってたのは本当です。

幼い頃から、ちーちゃんはうちを出る方法を模索してました。

地下アイドルにたどり着いた時は、正直無茶だと思ったし、成功するわけがないって思いましたけど。

怪しいじゃないですか? 保護者の同意がなくできるアイドル活動なんて。

結果的にはそれが、ちーちゃんの運命を大きく変えることになりました。

ちーちゃんは小さい頃からハキハキと喋る元気な子で、ぼんやりとしたわたしとは大違いでした。

だから母もちーちゃんのことはとびきり可愛がっていて。

お人形さんみたいにいつも着飾らせて、バレエにピアノに水泳にと、目まぐるしいほど習い事を詰め込んでいました。


え、貧乏? 何の話ですか?

そこまで裕福な家庭ではないですけど、お金に困ったことはないですよ。

シングルマザーの家庭ではありますけど、家は離婚の際に、父から私たち親子が譲り受けていましたから住居費用はかかりませんし、それとは別途で養育費もきちんともらっていたし。

加えて母の実家の援助もあったから、わたしとしては、そこそこ贅沢させてもらったつもりです。

わたしは小中高と、私立に通わせてもらいましたしね。

流石に美大は高いので奨学金を借りましたが、それでもあくまで足りない分を補填しただけで、学費の大半は親に出してもらってますから。頭が上がらないですよ。

すみません、話が脱線しちゃいましたね。ちーちゃんの話に戻りましょう。


数年後に、大手の事務所に移るから保護者のフリをしてくれないかとちーちゃんから相談を受けた時は、それはもう驚きました。

そもそも、アイドルを母に黙って数年間も続けられていたこともびっくりでしたけど。

小さい頃から部屋は別々に与えられていて、部活やら大学受験やらが色々あって、私は家族と顔を合わせる機会も少なくなってたから、妹の近況を知る機会も少なかったんですよね。

別に取り立てて不仲だったというわけではないんですけど、単にわたしは美大に行くために、高一の早い段階からずっと、朝から晩まで絵を描いていたんです。

絵の世界が好きだったんですよね。誰にも邪魔されず没頭できる、わたしだけの世界。

そうだ、ちーちゃんはわたしの絵が好きで、わたしの部屋にふらっと遊びにきては、絵をいくつも持っていくのが恒例でした。


──この絵はそう、確かにわたしが描いたやつです。

そうなんだ。ちーちゃん、自分が描いたことにしてたんですね。

……まあ、いいんじゃないでしょうか?

この作品を、ちーちゃんが描いたものだと思っていたファンには、あなたも含めて気の毒かもしれませんが……私自身は、歳の離れた、それも死んでしまった妹に、今更腹なんか立てませんよ。

生きていた頃だったらどうかはわかりませんが、でもやっぱり、腹は立てなかった気がします。

わたしは割と、ちーちゃんのことが好きだったし。

なんというか、これは感覚なんですけど、母や友達、美大の先生以上に、ちーちゃんがわたしの絵の一番の理解者だった気がするんです。

だってこの絵もほら、自分のCDのジャケットに使っていたってことは、それだけ良い絵だと思ってくれてたってことでしょ?

私自身も、どこかに公開するほどの絵じゃないしと思って、なんとなく部屋の片隅にうっちゃってたけど、妙に気に入ってたんです。だから、これを選ぶなんてちーちゃんはやっぱり分かってるなって、そう思っちゃいました。

えっと、また話が脱線しちゃいましたね。ごめんなさい。


ちーちゃんに保護者として一筆書くことを頼まれて、すごく悩んだんですが、こんなの絶対に母が許すわけはないし。

ちーちゃんが本当にやりたいことを支援してあげるのが姉としての優しさなんじゃないかと思ったりしたので、わたしは母の代わりに同意書にサインしました。

そこからあっという間にちーちゃんは売れっ子になって、母にもそろそろ隠せないだろうというタイミングで家を出て行きました。

どういう話し合いが行われたのか、どうやって母を説得したのかはわかりません。

でも、それこそ魔法のように、ちーちゃんは一人暮らしを始め、わたしたち家族の間からするするっと抜けていきました。

狐につままれたような気持ちで過ごしていたら、次は会わせたい人がいると言われて、何人かの男の人と会いました。

ちーちゃんが何を思ってわたしに彼らを会わせたかったのかは未だに分かりません。

特にわたしに対して自慢したいという感じもしなかったし、三人で特に話が弾むわけでもないし、本当にあれは謎の会でした。


ああ、そうだ。わたしの好きな小説家の人と会わせてもらえたのはすごく嬉しかったな。

元々わたしが彼の著作が好きだったんですけど、ちーちゃんも私に影響されて読み始めて、ふたりしてファンになったんです。

そんな折、彼の作品の映像化にちーちゃんが出演した縁で、懇意になったらしくて……会った時に、わたしもおこがましくも連絡先を交換させていただきました。

その時ばかりは、妹が芸能人になってくれてよかったって本当に感謝しましたよ。

五十代の……そうそう。でも、おじいさんって感じじゃ全然ないですよ。

渋いだとか粋だとか、そういう表現の方がしっくり来る素敵な方です。

古風な小説家らしく和服に身を包んでいて、仏頂面だから一見近寄りがたいんですけど、実際はすごくあったかいお人柄で。

ちーちゃん自身も、会わせてもらった男の人の中で、一番懐いているように見えました。

ううん、懐いてるっていうかそれ以上の──憧れているというか、慕っているというか。

それが恋愛感情かは分かりませんが、お互いに特別な感情は抱いてるんじゃないかなって、二人の空気を見ていて勝手に感じましたね。


彼とは今でもたまに連絡を取っています。

彼は、あんまりメールがお好きでないみたいで──もちろん原稿のやりとりなどはパソコンでやっているらしいんですけど、手紙を送るのが一番良いんだってちーちゃんが言っていたから、それに倣ってます。

わたしは単なる一ファンなのでそれ以上の交流みたいなものは求めていないんですけど、筆まめな方なのか、送ると一週間後には丁寧な返事が返ってくるんですよ。

そろそろ新作も出すみたいですよ。

詳しいプロットまでは知らないんですが、かれこれ二年ぐらいずっと書き続けている作品で……ヒロインのモデルがちーちゃんらしいので、私も気になっているんです。

タイトルは「女神の遺書」って言うんですって。

発売されたら真っ先に読もうと思ってます。


家族なのに情けない話なんですけど、わたしはちーちゃんの自殺に心当たる理由が何もないんです。

芸能界に入ってから何かあったのかもしれないけど、あの子はあんまり活動のことを家族には話さなくて。たまに帰ってきても、他愛もない話をするばかりでした。

ごく普通の家庭で、ごく普通の姉妹だったんです、わたしたち。

さっき、ちーちゃんが家を出たがっていたとか、母と折り合いが悪かったなんてこと言いましたけど、それすらも家族によくある、反抗期の範疇を出ない話だったんです。

自殺するほど思い詰めていたのに、家族にも黙って隠していたというのも、信じられない話ですし……強情な子ではありましたけど、最後にはいつだって泣きながら、母に抱きつくような子でしたので。


正直、お葬式まで終えておいてなんですが、現実味がなくてまだふわふわしています。



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