第14.5話「女神」オタク、ミクの苦闘

ようやく探り当てて出会った女神のお姉さんは、普通の、ごくごく普通の人に見えた。

確かに女神の血縁とは思えない、目鼻立ちのぼんやりとした人。

でも、あくまで「女神の姉」として捉えるから物足りないように見えるだけで、顔が整ってないわけじゃなかった。

ベージュのカーディガンと小花柄のスカート。正直ダサいけど、温和で上品な雰囲気ではあって、こういうのが好きって男の人いるよねって感じ。

見た目だけじゃなく所作も上品で、喋り方もしずしずしていて、本当に良いところのお嬢さんって感じがする。

うちの学校にもよくいるタイプなんだけど、全員もれなくお育ちが良いので、彼女もきっとそういう家庭で育てられたんだろう。

つまり、何の問題もない、品が良いご家庭ってことだ。

女神が家を出たがっていたという話も、お姉さんも言う通り、実情はどこの家庭にもよくある反抗期レベルのようだし。

私の家も中学の頃はしっかり門限があったし、勉強をサボって女神のことを追いかけるとすごく怒られた。それらが過保護でうるさいと感じることもよくあったし、まあその程度の話っぽい。


そうなると、女神はこのごく普通の穏やかそうな家庭の一体何が気に食わなかったのか。

例え気に食わなかったんだとしても、そしてそれが、彼女がアイドル活動を始めた理由だったとしても、少なくとも今になって死を選ぶ理由にはなりそうもない。

社長やお姉さんの話を聞く限り、彼女が家を離れて独り立ちしたのは数年前。

今回の死とは、あまりにブランクがありすぎる。

妹のことが割と好きだったと語っていた通り、二人の関係はそれなりに良好なのがよくわかる態度だったから、お姉さんとの間で、女神が死を選ぶほどの確執は起こっていそうにもない。

対面するお姉さんは、化粧っ気が薄くてアクセサリーも付けていないし、バッグもノーブランドのもので、ネイルすらしていなくて……あの俳優が言っていた通り、お姉さんが女神にブランド物をねだっていたとは、とてもじゃないけど思えない。

もし私の前で無害を装おうとしたんだとしても、服装や鞄はまだしも、ネイルを外したりするだろうか? 

わざわざ私と会うためだけに、あんなに爪を短く切って、ささくれまで作って? 


一体なんなんだろう。

本日何度目かの頭痛に、私は強くこめかみを押さえる。

女神が自殺なんだったらファンとして正しく死を悼み、他殺なのだったら仇を打つ。

そう誓って、他の誰でもない女神のために私はここまで来たのに。

社長の目を盗んで個人情報を入手し、家族を突き止めるのがどれだけ大変だったことか。既に警告を受けリーチがかかっている身としては、それこそ蛮勇と言える行いだった。

そうまでしても余りにも女神は遠く、私が伸ばした手を嘲笑うかのようにすり抜けてゆく。


もはや、これまでか──。


そう頭を抱える私がよっぽど悲壮感に溢れていたのだろう。

お姉さんが、すみません妹がご迷惑をおかけしてとかなんとかモゴモゴと口ごもった後、自分がかつて作家と交わした手紙に妹のことが書いてあったから、せめてそれを読んでくれと渡してくれた。

何かのヒントになるとは思えないが、有り難く拝借する。


「その季節に君は何を思うか」を手掛け、生前、彼女とそれなりに親しい親交があったとされる作家。

確かにインタビューでも度々彼の著作については言及していたし、マネージャーも彼のことを師匠と慕っていたなんて言うし、妙に人の口の端に上るから、気になる存在ではあったのだ。

ちなみに小説自体は女神に影響されて手に取ってみたは良いが、好きになれなかった。

ヒロイン像が妙にうじうじ控え目だったり、そうかと思うと凄く自己犠牲的だったり薄幸だったり──まぁ、世のおじさんはこういうのが好きなんだろうけど。

現役女子高生からすると、あまりにもリアルさが足りない。令和の女子って感じがしない。

確かに「その季節に君は何を思うか」のヒロインは女神の清純な雰囲気にはよく似合っていてハマり役ではあったけど、話自体はやっぱり全然好きになれなかった。


だって親と娘ほどの歳の離れた二人が恋に落ちるって、あまりにも都合良い幻想すぎない?

女神が綺麗だし演出も良かったからギリギリ見られたけど、そうじゃなかったら途中でやめて、低評価のレビューをつけているところだった。

これが芸術的だとか叙情的だとかやたらと持て囃されるんだから世の中分からない。

私に芸術の素養がないだけかもしれないけど。

というわけで、作家にはさほど興味は持てないけど、作家が女神をどう評していたかは気になる。


この際、死の真相と離れたことでもなんでもいい。

私は「ほんとう」の女神のことが知りたかった。

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