第12話 「女神」の共演者の恋情

君が例の、彼女について調べてるって子か。

冗談じゃないよ、ようやく立ち直ってきたところだったのに……。


──え? 当たり前だろ、そりゃショックに決まってる。

好きだった相手が自殺して、それでショック受けなかったらそいつは人間じゃないだろ。


しばらくは食事も喉を通らなくてさ。

でも、俺が彼女に恋してたってことは、当然世間にも事務所にも内緒だったし、そのせいで俺が参ってることをバレるわけにも行かなくて……無理に明るく振る舞わなきゃいけなかったから、辛かったよ。

正直、マネージャーとかにはバレてたと思うけどね。

彼女とは付き合ってはいなかったけど、そこそこ親しいつもりではいたからさ。

だから、なんで俺に何も言ってくれなかったんだろうとか、何で気づいてやれなかったんだろうとか、俺の存在は引き留める力にはなれなかったのか、とか色んなこと考えちゃうよね。

毎日、仕事してない時はずっとそんなことばかり考えてた。

彼女と会ったり電話した時に、何か変なところが無かったかとか思い出を反芻して……でも全然心当たりねえのな。

思い出すのは、楽しそうな彼女の笑顔ばっかでさ。

とてもじゃないけど、自殺を考えてるようには見えなかったな……。


え、メンヘラ? メンヘラとは全然程遠い感じだったけど。

泣いて電話かけてくるとか、急に深夜に会いにきてって言い出すとかないし。

目立つ容姿だし、職業のイメージで良からぬ誤解があるのかもしれないけど。

考えてもみてよ。

メンヘラだったらとっくに俺と付き合ってると思わない? 

自分で言うのもなんだけど、顔は良いわけだし、俳優としての人気もあるわけで、俺みたいな男が優しくしたら、メンタル弱い子だったらころっと落ちてくれるだろ。

むしろ、メンヘラであってくれた方が、俺としては助かったぐらいだよ。


……君、まさかとは思うけど、ICレコーダーとか持ち歩いてないよね? 録音とかしてないよね?

いや、最近週刊誌に限らず、暴露アカウントとか、暴露配信者みたいなの、流行ってるじゃん。

マジで油断も隙もないっていうか、不用意にプライベートの話もできなくて、人間不信気味なんだけど……ってのは置いておいて、まぁ君なら大丈夫だよね。

ちゃんとした事務所に所属してるし、彼女の後輩だし。


実は俺、彼女に前に告白したんだけど。

そしたら、

「一緒にいて楽しいし、電話してると安心するし。でも今は仕事の方が大事だから、誰かと付き合うとかは考えられないの、ごめん」

って、あっさり振られた。

恋愛より仕事優先だってのは、前からよく聞いてたんだけどさ。

な? メンヘラとは程遠い、すごいしっかりした子だろ?


彼女の好きだったところは、いっぱいあるけど。

イケメンってさ、得なようで意外と損なこともあってさ。

勝手にイメージを押し付けられるんだよね。スマートで、紳士で、頼り甲斐があってみたいな、女子の都合いい妄想を。

少女漫画じゃないんだからそんなに何もかも揃ってるかってのって言いたいんだけどさ。

向こうも悪気があってそんなイメージを抱いているわけじゃないと思うと、出来る限り期待には応えていきたいじゃん?

そう思って、最初はちょっと無理してでも周囲の理想に沿うように頑張るんだけど、疲れるというか、じきに限界が来るというか。

今までは、誰かと付き合ってもそれが途中で負担になって別れるケースがほとんどだったんだけど、彼女は本当に偏見なく俺に接してくれたんだよな。

良い意味で人に期待しないってか、ありのままを見るタイプなんだと思う。

見た目じゃなくて、ありのままの俺を判断してくれてる感じがあって、それが有り難かったかなあ。


あと現場では仕事熱心なんだけど、オフの時は天然なの。そのギャップがすごく可愛いんだよね。

すぐムキになる負けず嫌いなところとかも子供みたいで可愛かったし、現場のスタッフに分け隔てなく親切で礼儀正しい、平等なところも好きだったかな。

俺、偉い人にあからさまに媚びる奴苦手でさあ。

あとぶりっこも苦手なんだけど、彼女は全くそういうのなくて、常に自然体だったのも好きだった。


愛人? ないない、ありえない。

なんでって……そういう子じゃないからとしか言えないけど。

何、誰かに何か言われた? 


……ああ、あのプロデューサーね。あいつがまた適当なこと言ってたんだ。

あの人、国民的女優と付き合ってるとかも言ってたでしょ?

あれ全部嘘だから。そうやって自分はモテるんだぞってアピールすることで、若い子を引っかけようとしてるの。昔っからそうで、業界でも有名な虚言癖なんだよ。

それにしても、彼女、いまだにネタに使われてるのか……それは気分悪いな。

彼はずっと彼女を狙ってたんだけど、彼女はのらりくらりかわしててさ。

その態度が気に食わなかったのか、ある日から急に敵視し始めて、あらぬ噂を流し始めるようになったんだよね。

可愛さ余って憎さ百倍ってやつ? 

何かプライドが決定的に傷つくことがあったんだろうな。

あの手のおじさんは面子とかプライドが命より大事じゃん。

とはいえ今じゃもうあの人の言うことは誰も信じないから、安心していいよ。

一応、プロデューサーとしての地位があるからみんな適当にチヤホヤしてるけど、裏じゃもうオワコンって呼ばれてるしな。

みんな、過去の栄光にすがってるみっともないおじさんだってボロクソ言ってるけど、誰も面と向かっては指摘しないから、可哀想っちゃ可哀想だよな。


あの飲み会は、良くないタイプの飲み会だよね。

彼女もすごく嫌がってて、途中から仕事が忙しいって理由をつけて行かないようにしてた。

ある時、社長に接待として,連れて行かれたらしいんだけど、彼女可愛いし愛想も良いから、おじさん連中にいたく気に入られちゃって、それから常連みたいになっちゃって。

って言っても、大体は社長と連れ立って来てたし、俺もなるべく参加して、彼女が危ない目に遭わないよう気を配ってたから。

おじさんが調子に乗って体触ろうとしてるの見たときとか、彼女に何してくれてんだって、思わず掴みかかりそうになったわ。


そうそう、彼女がテキーライッキさせられそうになって、俺が代わりに飲んで潰れたこともあったよ。

え? 勝負を仕掛けたのは俺なんじゃないのかって? 

まさか。なんで俺が彼女をあんな危ない飲み会で潰そうとするんだよ。

ってか、そんな噂まで立ってるのかよ……。

まあ、二度とあんな飲み会に顔を出すことはないから好きに言えば良いんだけど。

この業界って、やっぱ嘘つきばっかだな。俺がいないところで言いたい放題かよ。

 

彼女の自殺の原因には、さっきも言った通り、どれだけ考えても心当たりはないよ。

……強いて言うなら、家庭環境はあんまり良くなかったみたい。

家族が金の無心をしてきて困ってるってのはよく聞いてた。

彼女がアイドル始めた理由自体、家が貧乏だったからだし。

父親が借金こさえて蒸発して、だからお金を稼ぐためにアイドル活動始めたらしい。

結局、彼女が稼ぐことで姉の学費を全部出したらしいよ。すごい家族思いだよな。

それもその姉が酷くてさ、私立の美大まで行かせてもらった癖に就職もしなくて、作家活動とか言ってフラフラしてるらしい。で、個展のお金がどうだ、制作資金がどうだと、しょっちゅう金の無心に来るんだってさ。

母親も母親で、週三でスーパーのレジバイトしかしてなくて、後は彼女の仕送りで賄ってるらしい。

なに子供にたかって悠々自適生活送ってるんだよ。フルタイムで働けよ。


ここだけの話、人気アイドルって言っても、彼女は給料制で事務所と契約を結んでたらしくて、みんなが思ってるほど莫大には稼いでなかったらしいんだよ。

だけど、あれだけ売れてれば、世間のイメージ的には当然「稼いでる」だろ。

だから平気で家族はたかってきて、実質、彼女が女手一つで家族を養ってるみたいなものだったんだ。

俺はそんな家族とは縁を切れって言ったんだけど……まぁ血が繋がった家族を捨てるってのは、簡単に決意できることじゃないよな。

そう思うと、なんでこのタイミングだったのかは分からないけど、家族の問題で自殺したってのは意外とあり得る話なのかもな。

俺が知らないだけで、金の無心がいよいよ酷くなってきたとか、借金作ったとか、何かしらの事件があったのかもしれない。

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