第6話 「女神」の友達、シンガーソングライター桐生の追悼

どうも、AMIちゃんの後輩なんですよね。

私の新曲、聴いてくださったんですか、嬉しい。

そうなんです。追悼ソング。

自己満足でしかないんですけど、天国の彼女に、この曲が届けばいいなって……。


……ごめんなさい、湿っぽくなっちゃって。会ったばかりなのに。

でも、てんちゃんのファンだったんですよね。

だったら私の気持ち、わかってもらえますよね? 

……良かった。


てんちゃんは、私にとっては眩しすぎるほどの光でした。

私はちょっとしたことでくよくよ悩みやすくて、言いたいこともあんまり言えなくて……いや、これでも世の中に揉まれて、だいぶマシになった方なんですけど。

そんな私をずっと支えてくれたのが、てんちゃんでした。

私が今こうやってお仕事いただけてるのも、人に自己主張できるほど強くなったのも、全部てんちゃんのお陰です。

流石、女神……?

女神って呼んでるんですね、私達、気が合いそう。

私もてんちゃんのこと女神って思いますもん。


てんちゃんとの出会いは、私が彼女に曲提供をしたところからでした。

彼女がYouTube上で私を見つけて、その日に即、マネージャーさんに一緒にお仕事したいって言ってくれたんですって。

曲提供のお礼をしたいって言われて初めて会ったてんちゃんは、映像で見たまんまに綺麗で、二次元かなって思いました。

話してみると、すごく優しくて……。私、人と話すのが苦手だったんですけど、そんな私のとりとめのないつまらない話にも耳を傾けてくれるし、沈黙になると話題を提供してくれるし、気づいたら、楽しくおしゃべりできていて。

私、同世代の女の子が、昔から苦手だったんです。だから、高校は途中から行ってないんですけど……。

てんちゃんみたいないかにもキラキラした女の子と、こんな風に自然に自分が喋れるなんて思ってもみませんでした。

それから、私の何を気に入ってくれたのかわからないんですが、てんちゃんは頻繁に連絡をくれるようになって、ある時からAMIちゃんも参加して三人で定期的に女子会をするようになって……。


私、最初は顔出しもそうだし、リアルでのライブはいやだって拒否ってたんです。

ネットで匿名のままで完結させたかった。

だって、怖いじゃないですか。叩かれるのとかいやだし……人に自分を認知されるのがそもそもいや。

そんな私を説得したのが、てんちゃんなんです。

てんちゃんは頭がいいので、顔出しすることのメリットとか、私にとって今がどれだけチャンスなのかみたいなことを、滔々と私に語ってくれました。

その一歩の勇気が、どれだけ私の人生を切り開いてくれるのか、私がどれだけ恵まれてるのか……みたいなね。

やっぱり、小さい頃からアイドルをやっているてんちゃんみたいな人種は、覚悟が違うというか。

きっと私なんかより色々見てきてるからこそ、思うところがあったんだと思います。

それで一ヶ月くらい熱く説得され続けて、私もなんだか心動かされちゃって顔出しでの活動を始めました。

有り難いことに人気にはなったけど、やっぱり辛いことも増えました。

自己顕示欲の塊って叩かれたりとか……ファンにすら、顔出ししない方が良かった、イメージ壊れたって言われたりとか。

その度に私は病んでしまって、よくてんちゃんに連絡してました。


てんちゃん自体は強い子ですよ。

私が弱音を吐きすぎていたからかもしれないけど、あんまり悩みとか無さそうでした。

強いて言うなら、たまに作曲のことで相談は受けたかもな。

相談って言うほどのものでもなく、愚痴に近い感じですけど。

「苹果は才能あって羨ましい」なんて言うから、てんちゃんこそ才能の塊じゃん、あれだけすごい作品作っておいて何を言ってるのって返してました。


てんちゃんって複雑な曲を書くんですよね。私、それが好きで。

私ってよく、見た目や雰囲気に似合わず激しい曲調って評価されるんですけど。てんちゃんは、繊細で壊れものみたいな曲を書くなぁと思ってました。

明るい曲でも、どこか展開に陰が差したりとか、ほんのり不穏が混じったりして……複雑な味わいなんですよね。あれはちょっと他の人には出せない味だと思います。


描く絵もそうじゃないですか?

青の絵を描くにしても、単なる青じゃなくて、深い青とか淡青とか、たまにどす黒い色とか、色んな色が混じり合って構成されている。

「青」が単なる「青」じゃなくて、「明るい」が単なる「明るい」じゃなくて、「寂しさ」が単なる「寂しさ」じゃなくて、多面的に複雑に綾を織りなしてるのが、てんちゃんの創作の特徴だなって。


だから私、てんちゃんの見ている世界にすごく興味があって。

だってあれって、いわばてんちゃんの「世界観」の反映でしょ? 

何を感じ、どう世界を見ればああなるのかなってすごく気になってました。

聞いても教えてくれなかったですけど。

だから彼女がエッセイを書こうかなって言い始めた時は、私すごく喜んだんです。

小説はハードルが高いけど、書簡形式のエッセイなら書けるかもしれないって言ってました。ちょうど今、そういう話をある作家さんとしてるんだって。

読みたかったなあ、てんちゃんのエッセイ。

あの子が何を書くか、知りたかった。


てんちゃんの死因……ですか?

他殺はないと思いますよ。そんな風に誰かに恨まれる子じゃないですから。

誰よりも人から愛されるのに相応しい、まさに天使でしたもん。

何かに悩んでた……うーん、そんな素振りも全くなかったです。


──あ。

もしかすると、あくまでもしかすると、ですよ。

てんちゃんは、最高地点で時を止めたかったのかも。

てんちゃんの人気って、正直今が絶頂だったじゃないですか。

ドラマや映画の主演を次々飾り、CM女王の座も好感度一位女性タレントの座も取って、全国ツアーが始まって。

こっからはどれだけこの人気を維持できるかの勝負。

そう考えた時、てんちゃんは、このまま、寿命が来る前に一番良い形でアイドルとしての自分を遺そうと、そう思ったんじゃないかって……。

AMIちゃんから聞いたかもしれないんですけど、てんちゃんを僻んでる先輩アイドルがいて、よく嫌がらせとかされてた時があったんですけど。

そういう彼女を見て、引き際を見定めない人間は痛い目を見るから、私は絶対そうはならないって強く語ってたことがあって。

てんちゃんにとっては、ここが、引き際だったのかもしれない。


……残された側としては、寂しい話ですけどね。

別にアイドルを辞めたって良いけど、人生は辞めなくったって良いじゃない、バカ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る