第6.5話 女神オタク、ミクの述懐
桐生さんが、仕事の打ち合わせがあるからと言って去っていった後で、私はぼろぼろと泣き出した。
店員さんが怪訝そうな顔で、私の水の入っていないグラスを見なかったことにするのにも構わず。
「このまま、最高地点で時を止めたい」。
それは、かつて女神が実際に使っていた表現だから、理由としてはすごくしっくり来た。
確かあれは、西武ドームのワンマンライブ中のM C。
ひしめき合う私たち何万人ものファンを見渡しながら、彼女はとろけるような満面の笑みで言ったのだ。
「ここが私の一つの到達点。嬉しいなあ! このまま、最高地点で時を止めたいよ。」
でも、本当にそれが理由? 信じられない。
だって彼女はその後、確かこう続けたのだ。
「でもね、時は止まらないし、私はまだまだ進化するよ。君たちファンに、ここが私のピークだったな、なんて絶対に思われたくないからね。だから、これからも目を離しちゃダメだよ? 目を離したら、その隙に置いてっちゃうよ。ずっと、ずっと、私のこと見ていてね」
女神はそう言って、私たちファンに小指を差し出したんだ。
水色のリボンが結ばれた可憐な小指が、一瞬遅れてスクリーンに大写しになったのを確かに覚えている。
実際、あれからずっと、女神は進化を続けて、様々な形で私たちファンの期待に応え続けてくれた。
──ライブ中に、もうこれ以上の進化は無理だと思った?
確かに、そう思わせるに相応しいぐらい、あの日の女神は完璧だった。
あれが「最高地点」だと言われたら、納得してしまうぐらいに。
だからこれ以上の進化はもう無くて、後は現状維持しか残ってなくて、そしたら私たちファンが離れていってしまうと思った?
もしそんな理由で女神が死を選んだんだとしたら、殺したのは私たちファンってこと?
いや、ファンのせいじゃない。
ファンは彼女の旬が過ぎようと、ドラマや映画の主演が取れなくなって、CM女王の座も他のフレッシュなアイドルに奪われようとも、献身的に彼女を支え続ける。
少なくとも、私はそのつもりだったし、私の周りにいる熱心なガチファン達は、全員そのつもりだったと思う。
むしろ、彼女の人気が絶頂になることで、彼女をよく知らないにわかファンが知ったような顔をして、彼女の活動にああだこうだ言うのを、快く思わない真のファンだって多かったんだから。
だったら女神を殺したのは──世間?
そう言われた方がしっくり来る。彼女を人気アイドルだなんだと祀り上げておいて、好きなだけ消費したら、あっさり放り捨てるだろう飽き性な世間が、女神を殺したんだ。
じゃあ私のこの怒りの矛先は、女神を喪った悲しみは、一体何にぶつければいいの?
そんなことを考えながら、涙を溢し続けていると、登録していない番号から着信がある。
マネージャーかな。
あーあ、明日の撮影までに目蓋の腫れを取らないと、マネージャーに怒られる。
まあ、どうせ近々辞めるから良いんだけど。女神の死因が知れた以上、芸能には用がないし。
煌びやかな世界には一時期憧れたし、モデルの真似事ができて楽しかったけど、私は「本物」のアイドルを知ってしまっている。
私がそうなれるとは思わないし、なりたいとも思わない。
何しろ女神という「本物」すら、この残酷な世界の理に打ち勝てずに死んでいったのだ。ちょっと顔が可愛いだけの平凡な私が、この先やっていけるなんて思えない。
そんなことを考えながら、着信を取ると、その声は意外な人物だった。
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