第7話 「女神」の先輩アイドル美麗の挑発

どうも。あなたが例の新人さんね、よろしく。

ごめんごめん、マネージャーから当然私の話は伝わってると思ったんだけど、まさかあなたに何も言わずに、勝手に番号を教えてるなんて思わなかったのよ。わざわざ来てくれて、ありがとね。

……それにしても、「天使」の後継を見つけてきたなんて言うから警戒してたんだけど、全然フツーの子で安心したわ。あなたとなら、仲良くやれそう。


全くみんな、あの女が「天使」だなんて、よく言えたもんよね。

あれは、天使の皮を被った悪魔よ、悪魔。

事務所の人間のほとんどが騙されてたけど、私や一部のスタッフはちゃんと見抜いてたんだから。

最近、あなたがあの女のことを嗅ぎ回ってるって聞いたんだけど、どうせあいつの友達とかマネージャーに話を聞いたって、良い話しかしないでしょ。

だから、私があいつの真実の顔をあなたに教えてあげようと思って。

余計なお世話だったら、別に聞かなくて良いわよ。

ここは払っておくから、今すぐ帰ってちょうだい。


……そう、じゃあ何から話そうかな。

あの悪魔は、六年前くらいかな、私が十九歳の頃にうちの事務所に移籍してきたの。

グループから抜けて、ソロで活動するって言うんでね。

その時の私は超人気アイドルで……私のC D持ってて、主演のドラマも見た? 

それはどうも、ありがとう。

話を戻すけど、まあとにかく、清純派の王道アイドルとして超絶人気だったわけ。

だからあの女が事務所に入ってきた時も、ちょっと芋っぽいけど可愛い子が入ってきたぐらいに思って目にも止めなかった。


あなた、あの女のその頃の写真持ってるの? 

じゃあわかると思うけど、今後ソロで活動するってなった時に、そんなダサい見た目じゃ闘えないじゃない?

ああいうのはビジュアル担当とかダンス担当とか歌担当とか、各メンバーが補完し合うから良いのであって、ソロは一人で観客を惹きつけないといけないわけだから。

そんな中で、あの悪魔が目をつけたのは私だったってわけ。

あの女は私に笑顔で近寄ってきて、私、美麗さんみたいなアイドルになりたくて、事務所も変えてソロで一から始めることにしたんです、とか言ってきて。

あの、お得意の子犬みたいな人懐っこい笑顔でそんなこと言うから、可愛いなぁと思ったわよ。


だから最初は深く考えずに、いい子だから面倒見てあげようって考えてた。

事務所も気合入れて売り出そうとしてたから、私のバーターで仕事することも良くあって、そういう現場では、私の妹分ですなんて紹介して。

それが、気が付いたらあっという間に、あの女は私の髪型やメイク、服装どころか、所作や現場の立ち振る舞いまで、全てコピーした。

先輩から学ぶのはもちろん大事よ。だけど、先輩の模造品になるのはルール違反でしょ。食い合いになるだけじゃない。

もちろん、私の方がネームバリューも人気も断然上だったけど、その分ギャラも高いわけでしょ。スケジュールだってそんなに融通が効かないし。

その点、彼女は売出し中の身で、まだまだフットワークも軽いとなると、私に本来オファーが来る予定だった筈の仕事がポツポツ流れ始めるわけよ。


でもその時点では、正直、どれだけあいつが私の真似っこをしたところで脅威じゃないって思ってたのよね。

私が見る限り、歌や踊りはグループでもやってただけあってそこそこ上手かったけど、芝居に関しては私の方が断然上手かったから。

あの女はね、見たまま何かを模倣するのは得意なのよ。私をそっくりそのままコピーしたみたいに。

ただ、誰の見本もなくキャラクターを作り上げるってのが苦手だったのよね。

だからこなせる役の幅が狭いんじゃないかなって思ってた。


その予感は実際、当たったわね。

あの女が今まで出たドラマや映画、覚えてるでしょ? 

ああ、一話限りのゲスト出演みたいなやつは除いてね。

評価が高かった役は、全部当て書きみたいな感じだったでしょ。

わかりやすく天使か、わかりやすく悪女、そのどちらか。

悪女役を演じた時は、天使の新境地だとかいって散々持て囃されてたけど、あんなのはただあの女が本性出したってだけの話だし。

まあ、そんなわけで真似されるのは不愉快だったけど、私には遠く及ばないとわかってたから、そんなに気にしてなかった。


ただ、ある日、当時付き合ってたカメラマンの彼氏に言われたの。

「あの子、美麗の仕事を奪おうとしてる気がするけど大丈夫?」

って。

彼の話によると、マネージャーに内緒でクライアントのおじさん達と直接連絡先を交換して、飲みに行く約束を取り付けていたたらしいのよ。

そこのクライアントが扱ってるブランドのイメージモデルは、前までは私が担当していて、ちょうど彼女に変わったばかりのものだった。

そこでようやく危機に気付いた私が、業界の友達や知り合いに彼女の評判を聞いていったら、ついに彼女がある有名プロデューサーの愛人をやっているって噂が出てきてね。

枕営業なんて汚いわよ。そんな飛び道具使われたら、いくら私の方が実力と人気があったって、どうにもできないじゃない。


その話を聞いて、私は社長に直談判しに行ったの。今思えば、馬鹿なことしたわ。

社長は適当なことを言って、私を煙に巻こうとして……その感じを見て、途中で気づいちゃったのよ。私、そういうところの勘は人一倍鋭いから。

あ、これ、社長ともデキてるなって。

ってことは、これ以上問い詰めたら私が干されるだけじゃない? 

事務所移籍も考えたけど、お詫びかのように、私が前からやりたいって言ってた仕事を社長がいくつか持ってきてくれたから、弱味を握ってやったってことでうまく利用してやればいいかぐらいに思って諦めた。

そんなわけで、あの悪魔は私をコピーして、汚い手を使ってどんどん私の仕事を奪っていって、私がかつて言われていた「天使」という愛称で呼ばれるまでになったのよ。

当時、あの女の存在は目障りで仕方なかったけど、社長の愛人ともなると、表立っていじめてやるわけにもいかないでしょう。

だからさりげなく嫌味を言ったり、現場でそれとなく彼女の悪行を匂わせるくらいのことはしたけど、それ以上のことは決してしなかった。

でも、芸能界に天使キャラが二人も要らないって彼女は思っていたんでしょうね。

彼女こそ私のことを目障りだと思っていた。


天使の羽をもぐのに一番効果的なのが何か、わかる?

そう、スキャンダル。

というわけで、私は週刊誌に売られたわけ。

あれは絶対あの悪魔の仕業よ。だって、タイミングが良すぎるもん。

ちょうどあの女の人気が私より少し劣るぐらいまでに追いついてきたところだったから、世間は当然、私とあの女を比較したわ。

比較されると分が悪いのはあいつの方だったのよね。ビジュアルしか求められてないあいつに対して、私は朝ドラの主演が決まっていたから、このままだと大きく私に水を空けられることが決定してたのよ。


だからこそあのタイミングだったんでしょう。

不倫したアイドルが朝ドラに出演なんかできるわけがない。

だって、朝ドラのメインターゲットは主婦をはじめとした家族層だもん。

若さと美貌を鼻にかけて妻子ある男と不倫した小娘の顔なんか、見たくもないでしょ。

朝ドラの話は当然立ち消えになったし、他の決まっていた仕事も全部飛んだ。

一気に絶頂から地獄に転落、よね。

そして当然、私が抜けた穴を埋めるのは、もう一人の天使である彼女。

勝負あった、って感じ。

私は彼女が天使だなんてビタイチ思ってないけど、間違いなく人間じゃない何かではあると思うわ。


え? 週刊誌に売った証拠はって?

私はその事件でどん底まで落ちたけど、それでも一応、若くて綺麗で知名度がある芸能人な訳じゃない。

つまり、私を利用して甘い汁を吸おうとする輩が寄ってくるわけね。

当時は私も自暴自棄になってたから、そんな輩ともつるんだりして……この手の繋がりさえあれば、私のスキャンダルを暴くのなんてごく簡単だってことも知っちゃったわけよ。

彼の方が夜のお店で遊んだりもしてて、まあ、交友関係が派手な人だったわけよね。

だから、彼のルートから辿れば、私のスキャンダルなんてものは、いつでも暴ける状態にあったわけ。

で、スキャンダルが起きた時は大抵事務所が守ってくれたりするらしいんだけど、社長は愛人である彼女をたった一人の天使にしたいんだから、私を守るわけがなく。


ってわけで、あの女は可愛い顔してとんだ悪魔だったわけよ。

何度、呪い殺してやりたいと思ったかわからない。

ああ、とはいえ、本当に手にかけてやろうと思ったことは一度もないから、勘違いしないでよ。

あなた、あの女を女神とか呼んでるくらいだし、思い込み激しそうだから一応言っておくけど。

私は全くあいつの死には関係してない。あんな悪魔を相手にしたら命がいくつあっても足りないし、報復が怖くて手なんか出せないわよ。

ただ、自分が一番になるためならなんだってしでかす女だから、あちこちで恨みは買ってると思うわよ。

だから、誰かに殺されたんだとしてもおかしくないんじゃないの。

自殺なんてするタマには思えないから、あまりにも酷いことしすぎて報いが来たって方が私は納得できるわ。


え? そんなの嘘だって?

嘘だと思うのも無理ないわ。私だって、最初は良い子だって誤解してたんだし、あの女の恐ろしさはターゲットにされた人間にしか分からないのよ。

私を虚言癖扱いしたいなら、同じくあの女の被害者を紹介してあげるわ。

ひょんなことで知り合ったんだけどね、あいつのゴーストライターやってたらしいのよ。


ふふ、気になるでしょ?


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