第16話 「女神」の旧友、アイドル「めいちゃん」の警告

あの子のことが知りたくて来たんだって?

みんな好きだよね、死者のゴシップを寄ってたかって暴き立てようとしてさ。


アイドルはね、偶像なの。虚像なの。

あんたらは、あの子が見せていたあの子だけ信じれば良いんだよ。

ファンっていう錦の御旗があれば、なんでも暴いて良いと思ってるなら、そんなのアンチと変わらないよ。アンチの方がまだ悪意でやってるだけマシかも。

あなたもこれからこの世界で生きるならわかるだろうけど、時にアンチじゃなくてファンがアイドルを殺すのよ。


私が当時グループを辞めたいって言ったのは、あの子が自分より人気になったのが気に食わなかったからだって、みんな思ってるみたいだけど。

違う。信じてもらえないかもしれないけど、私はあの子のこと好きだった。

結構仲良かったんだよ。この仕事向いてない、目立ちたくないってよくこぼしてたから、じゃあなんでアイドルやろうと思ったのって聞いたら、家が貧乏で早く出ていきたいから働くしかないんだって言ってた。

あの子が人気が出て私とダブルセンターになった時も、嫌だとかなかった。

むしろ嬉しかったよ。

だってほら、売れれば売れるほど彼女の生活が楽になるわけでしょう?

私の家はそんなお金に困るような家庭じゃなかったから、苦労話を聞くたびに、売れて欲しいなって思ってたの。

だから人気が出るように、オタクの扱いとかどういうファンサが喜ばれるか、アイドルとはなんたるかを私が教えてあげてた。

私のアドバイスもあってあの子は順調に売れていって、グループもあの子のおかげで大きくなって、順風満帆だったんだけど。


一番あの子を支えていたオタクが厄介化したのよね。

ほとんどの現場を全通して、数万、多い時は二桁使う、名実ともにあの子のトップオタクだった。

そのオタクがさ、あの子のアイドルとしての方針みたいなものに口を出し始めて……そいつ的には、私なんか陰でいい、目立ちたくないっておどおどしてた時のあの子が好きだったんだろうね。

僕がピュアでいたいけなあの子を守ってあげたいみたいな感じ?

チェキ会とか特典会とかあるでしょ。あれをほぼ買い占めて他のファンに行き渡らないようにして、あの子の時間を独占するの。

そうして念願のあの子との時間をどうするかって言えば、もう、ネチネチネチネチ、ひたすら今のあの子に対するお気持ち表明よ。

「今日のパフォーマンスはキレが悪かったけど、最近疲れてるの?」なんてところから始まって「無理に笑顔を作って明るく振る舞ってるから、その分パフォーマンスが落ちてるんじゃないか」とか、「自分を偽ることに力を注ぐくらいなら、元の君に戻ってほしい」とか。

私はあの子の隣になることが多かったから、聞きたくなくても厄介オタクの戯言が聞こえてきちゃうのよ。

何度か運営にも苦情を入れたけど、あの子のトップオタクってことは、運営からすれば超太客なわけじゃない? だから当然お咎めなし。

苦笑いで、めいちゃんが自分のオタクを出禁にするならまだしも、あの子が彼を嫌って言ってない限りはどうもできないよって流されちゃった。

それは正論だなと思って、あの子自身にも何度か忠告したのよ。

こんなに毎日毎日、チェキを買い占めてはぶつぶつとネガティブなことだけ言って帰っていくオタクは切れ、あいつを出禁にでも何でもしてやれって説得したんだけど、あの子は悩みながらも切ることができなかった。

お金はすごく使ってくれてるわけだし、歪んだ愛情とはいえ、これだけ熱烈なファンが今後現れてくれるかって不安はあったんじゃないかな。最後は共依存みたいな感じになってた。

あの子が切らない以上は、私からはどうにもできないし……ただ、あの子のオタクだけで留まってくれればいいけど、やっぱりそういうギスギスした雰囲気って伝染するのよね。なんだか、グループのファン全体が嫌な空気になってきて。

私たちを応援しに来てくれてるはずなのに、私たちの方を見ていないというか……。

私のファンも何人か、前の方が良かったとか、この髪型がいいとか私服がキャラと合ってないとか、色々言ってくるようになった。

なんというか……応援してくれるのはありがたいけど、当時の私には、応援という名目で叩いて鬱憤晴らしたり、都合よく支配したいようにしか思えなくなっちゃってた。


いつのまにか、アイドルとしての私が歪んでしまってるってことに気付いて、だからリセットするためにも、グループを脱けることにしたの。

そしたらあの子が、めいちゃんが辞めるなら私も辞めるとか言い出して。

あの子もあの子で私以上に嫌気は差してたんじゃないかと思う。そのトップオタクを始めとして、ネットでも私の比じゃないぐらい好き勝手書かれてたから。良いことも、悪いこともね。

そんな中で、ギリギリまでファンを裏切っちゃいけないって真剣に向き合って──その結果、私と一緒でリセットしなきゃどうにもならないって結論になったんじゃないかな。

運営から、流石に二人とも脱けちゃうとグループが存続できなくなる、ほかのメンバーのことも考えてくれって言われて、あの子と話し合って最終的に私が残ることになったの。


とはいえ、あの子がいなくなってから、すぐグループは解散しちゃったけどね。

辞めてからも、あの子とは定期的に連絡を取り合ってたよ。

例のオタクがその後、軽くだけどストーカー化したって話を聞いた時は、震えたな。

確かにちょっと異常な熱量は感じてたけど、普段は本当に普通の──ごく普通の物腰柔らかいお兄さんって感じだったから、まさかそこまでになるとは思わなくて。

新しい事務所がちゃんとしてたから、安全な場所に引っ越して接触禁止にして、ことなきを得たみたいだけど。


……最近はそのオタクの話が出ることはなかったし、そいつが殺したは多分無いんじゃないかな。

そもそも、あの子も昔とは比べ物にならないはど有名人になってるんだから、セキュリティ万全なところに住んでるはずじゃない? 

そう簡単に、あの子のことを外部の人間が殺せないと思うんだけど。


というかね、あの子が最後に連絡を取っていたのは私。

あの夜、私に電話が来てね。

最初は他愛もない話をしてたんだけど、彼女の様子がなんだか電話越しでもおかしくて、何かあったの? って聞いたのよ。

最初は、なんでもないよなんて嘯いてたんだけど、長年の付き合いの私にそんな嘘が通用すると思わないでほしいのよね。

何かあったんでしょって追求してたら、ついにあの子は

「芸能界から消される、干される」

って言って泣き始めた。


前からあの子は変な飲み会に出入りしてたんだけど……知ってる? 参加したことある? 

心当たりあるんだ。危ない橋渡るんだね、気をつけたほうがいいよ。

その飲み会で、ちょっと前からお薬が流行ってたらしいのよね。

お薬って言っても、風邪薬じゃないよ……って流石にそれはあなたでも分かるか。飲み会に参加してた張本人だしね。

あの子はそれを注意深く避けようとしてたんだけど、ある日ついに逃げられなくなって試しちゃったんだって。

そっからはまあ……ご想像にお任せするけど、ああいうのって依存性が強いらしいじゃない?

人気になればなるほど、ストレスも溜まるものでしょ? 

こんな場末でアイドル活動やってる私とは比べ物にならないほどの負荷が、彼女の小さな双肩にのしかかってたと思う。それを言い訳にして許すわけじゃないけど……まあ、人間というのは弱い生き物ってことよね。


そしてそれがバレちゃったんだって。事務所で揉み消せないか聞いたんだけど、今回は難しいらしくて、ニュースになるのも時間の問題だって言ってた。

不倫とか愛人とかギリギリ未成年飲酒までならまだしも、ドラッグは大スキャンダルでしょ? 

それはもう、下手したら二度と再起できないぐらいの。

あれほどクリーンなイメージを大事にして、虫も殺さぬような顔してやってきた彼女だもの。

そうやって作り上げてきた大事な仮面が壊れてしまうことが、考えただけでも耐えられなかったんじゃないかな。

強固に作り上げてきた仮面だからこそ、脆く崩れ去る時は一瞬。崩れ去った後の生身の自分を曝け出すのには耐えられない──そういう人に見せない弱さを持った子だったから。


──なーんてね。

あはは、何その顔。すっかり信じ込んじゃったみたいね。

もしかして、私、アイドルより女優の方が向いてるのかな? 


嘘よ、嘘。今の話の全部が全部、嘘だとは言わないけど。

そんなドラッグなんて特ダネがあったら、あの子が死んだ後に、当然メディアが突き止めて大々的に書き立てるに決まってるじゃない。

「鳩が豆鉄砲を食らったような顔」って私、初めて見た。おっかし。

今日、あなたは私に彼女の死の真相を聞いてくるだろうから、そしたらこうやって答えてやるんだってあらかじめ用意してたの。

さて、さっきの話のどこまでが本当でどこからが嘘か、あなたは知りたいんだろうけど。

絶対に教えてやらない。

それが、こそこそあの子のことを嗅ぎ回ったあなたへの罰だと思うから。


あの子が死んだ理由なんて、そんなの分かるわけがないわよ。

ただ一つだけ言えることは、それを知る資格は私にもあなたにも無いってこと。

あの子の死亡記事が出た時のSNSが今でも忘れられない。

芸能界の闇がどうとか、寄ってたかってみんな好きなことを書き立てて。

勿論、その中には純粋にあの子の死を悼んでる人もいた──というか、そういう人がほとんどだったけど、その一方でゴシップのネタとして消費してる人も沢山いた。

それが全員ただのアンチなんであれば、むしろ私も飲み込めたかもしれないけど、その中にはちゃんとあの子のファンもいるのよね。

自分が良いことしてると疑わずに、あの子の心の闇を勝手に解釈して、なんとか裏の顔を嗅ぎ出そうとしているファンが。

その癖、そういうファンに限って、いざあの子の何かが自分の想像と違ったら、勝手に裏切られた気分になって騒ぐ。


私から言わせれば、ファンだからってのを理由にすれば、死者の墓を暴いても許されると思ってるこの世の中は狂ってると思うよ。

私はね、あなたみたいな身勝手で独りよがりなファンが一番嫌い。

これに懲りたら、もうあの子の死の真相を探ろうなんて馬鹿な真似は辞めることね。

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