第13話 「女神」の事務所社長の説明

君が彼女の熱心なファンであることは織り込み済みで所属させたつもりではいたが──予想外だったね。まさかここまで色々探るなんて、常軌を逸している。

これが彼女がまだ生きていた頃の話だったら、今頃厳重な処罰を検討しているところだ。


……はぁ。定期的に君みたいなファンが湧いて、対応に頭を悩ませていたことを思い出したよ。

彼女があんまり大ごとにしないでくれと言うから、最後まで法的対応をしたことは無かったが──考えたタイミングは何度もあった。

今思えば、どうせこんな結果になるなら、法的対応をするべきだったのかもな。


とにかく、正直あの時を思い出して、気分悪いことこの上ない。

今後は絶対に、こんな風にこそこそと嗅ぎ回る真似はやめてもらおう。

よりによって週刊誌の記者なんかと会い、のこのこといかがわしい飲み会に顔を出すとは……。

君のやっていたことは勇気じゃない。無謀、あるいは蛮勇というんだよ。

君が飲み会に参加したところで天国の彼女は喜ばないし、何より自分自身を危険に晒したというのは、君を預かっている身として看過できないな。

未成年飲酒なんて親御さんにも申し訳ないし、何よりコンプライアンスにうるさい今、バレたら世間でどれだけの騒ぎになることか。


今は仕事がないからって安心しているかもしれないけれど、君だっていつブレイクするか分からないスターの卵なんだぞ。

私はね、所属しているタレント一人一人が、才能の蕾を持っていると思っている。

全員が漏れなく花開き咲き誇るとは言わないが、蕾を持っている人間しか所属させていない。

だから、未来のスターとしての自覚を持ってくれないのならば、君をこのまま所属させる訳にはいかない。

今後は、くれぐれも気をつけて、自覚を持って過ごしてほしい。いいね?

さて、言うべきことは言い終わったから……君の疑問に答えるとするか。


その前に、私から見たかつての彼女について、少し話してあげよう。

出会ったのは、ちょうど彼女が地下アイドルグループのダブルセンターを飾っていた頃だ。

優れたビジュアル、ダンスと歌、どれをとっても売れる要素しかない子だったから、こんなところで燻っているのは勿体ないと思って声をかけたんだ。

そうしてうちに移籍してきたんだが、彼女はうちの事務所ですら頭ひとつ抜けていて、それはもう磨きをかけて押し出していくに相応しい逸材だった。

うちは水準が高いから、彼女レベルにビジュアルがいいのも、歌やダンスが得意なのもいないわけではないが、何よりも彼女は野心が強かった。

自分より売れているタレントを観察して、その全てを自分のものにしようとする貪欲さがあった。

始終目をギラギラさせて、自分より上のやつは全員食ってやろうみたいな表情をしてね。

私はそういう彼女の異常なまでの苛烈な向上心を気に入って、優先的に仕事を与えることにしんだ。

この手の人材は、仕事を与えれば与えるほど物にしてすくすく伸びていくと、長年の経験則で知っていたからね。

一部の人間は誰かの枕営業をしているだの、私の愛人をして仕事をもらっているだの騒ぎ立てていたが、全くもって彼女は潔白だよ。


もちろん、私と彼女の仲もごく健全で、社長と一タレント以上の何物でもなかった。

彼女とは今後の戦略やブランディングなど、仕事について直接話し合うことが多くてね。

夜中まで話し合いが白熱して、その後に私の車で自宅まで送ることが多かったから、事務所の面々には誤解を受けても仕方ない部分もあったし、それは私自身の落ち度ではあるのだが。

彼女は大事な商品だ。私が大事な商品に手を出すわけがないだろう。

そして彼女自身もスキャンダルには人一倍気を使っていたから、愛人や枕営業なんてリスクの高いものに、手を出すはずもない。

君が言っている飲み会もそうだが、少なくとも私が彼女に飲み会での接待を強要したことなど、一度もないよ。

当たり前だろう。未成年に飲酒を伴った接待を強要なんて、社長の私が出来るわけがない。

私のモラルや良心といった問題以前に、私には大手事務所の社長という立場と、それに伴ったがある。

さっきも言った通り、今はコンプライアンスがうるさい世の中だろう?

事務所の社長にお酒の場での接待を強要されましたなんてことを彼女に告発されたら、私は職を失い、多くの社員とタレントが路頭に迷う羽目になる。

今をときめく人気アイドルの一大スキャンダル──世論がどう騒ぎ立てるかは、彼女の自殺で、君も嫌というほど実感しているだろう?

そんなリスクの高いことを、わざわざしないさ。

そもそも、普通に営業すれば、彼女は良い案件を取ってこれるポテンシャルなんだし。


というわけでだな、その俳優が何をどう勘違いしたか、あるいは意図的に嘘を吐いているのかは知らないが、そんな治安の悪い飲み会に彼女を連れ立って参加したことなどは誓って一度もない。

まあ、その俳優も話を聞く限り悪気はないんだろうし、何かが紆余曲折して伝わっているんだろうから、私から問い質したり、クレームを入れるみたいなことは慎むがね。

事実無根のことを噂されるというのは、この業界のあるあるみたいなものだし。とはいえ、気分が良いものではないが。

私からすれば、プロデューサーとの枕営業疑惑も初耳だったしな。

もちろん彼女も年頃の女性だし、恋愛関係の一つや二つ当然あってもおかしくないとは思う。

しかし私は勿論、マネージャーからも一切そういう話は聞かなかったし、もし仮に陰で愛人なんてしていたのだとしたら、そいつは大した女優だよ。

万が一それが事実だったとしたって、マネージャーにもバレないぐらい徹底して隠していたと言うならば、私としては何も問題がないがね。

自分のスキャンダルになるようなことは、例えごく身近な人であっても隠し通すということだけは、私がよく知る彼女らしい。

愛想はいいが、やすやすと人に心を許さず、きっちり線引きして壁を作るようなタイプではあったから。事務所の社長の私ですら、彼女については謎めいている部分も多かったしな。


というわけで、期待に応えられなくて残念だが、彼女の家族について私が知ることは、実はほとんどなくてね。

契約を結ぶときに出てきたのが、母親でも父親でもなかったから、何か訳ありな家庭そうだとは思った。

なんだかぼんやりした風貌の……姉とか言ってたかな。

芸能界とは縁がなさそうな、いかにも普通の女性だったよ。

最初は彼女が、友達か何かを協力者として使ったのかと思ったが──いくつか確認して、どうやら本当の姉だということは分かった。

いくら姉が成人しているとはいえ、本当は父親か母親にきちんと許可を取りたかったが、芸能界において、親と折り合いが悪く、絶縁しているというのは珍しいケースではないからね。

華があって、賢く、歌も踊りも器用にこなし、野心もある。

そうそう転がってない最高の原石を、余計な詮索で逃すわけにはいかないと、この件に関しては目をつむることにしたんだ。


そう、彼女の野心──最終的な目標は、誰に聞いても彼女だと答えるような、国民的アイドルになることだった。

テレビやネットで、一日だって彼女を見ない日はなく、彼女の名前を知らない人間は非国民だと叩かれるようなレベルの、ね。

だからCM女王になった時は、二人で祝杯をあげたよ。勿論、彼女はソフトドリンクだが。

祝杯をあげながら、次は全国ツアーだ、最初と最後は東京ドームでライブをしたい、なんて二人で夜更けまで計画を語り合った。

その計画も無事達成できたから、ツアーが終わってスケジュールがひと段落したら、またお祝いする予定だった。

いよいよ次は海外展開に乗り出すかなんて、また語り合うことを想像していたよ。

そんな矢先に、まさか自殺するとは思わなかった。


なんの前触れもなかった。本当にいつも通りだった。

今でも嘘なんじゃないかと思う時がある。

おかしな話だ。私は彼女の葬儀にも出席していて、紛れもなく彼女の死に顔を見ているのに。


というわけでね、悪いが私は君の言う「死の真相」とやらを突き止めるには役に立たないよ。


家族の話はこれぐらいしか話せることもないし、他の要因に関しても、君から聞いた話を整理して、自分の記憶と照らし合わせても、正直さっぱり思い当たるフシがない。

私が見ていた彼女のイメージとは、とてもじゃないけど合致しない証言もいくつかあるし、ただ自分も含め、そのどれが真実で、どれが虚偽だなんて、断定できる話でもないしね。

誰かに殺されるほどの深い恨みを買うような人格じゃなかったし、だからと言って、じゃあ自殺する理由にも心当たりはないとしか言えない。


……強いて言うなら、昔から寝つきが悪いのだとはよくこぼしていたから、知らず知らずのうちに、睡眠薬の量が増えていって今回の事件に繋がった可能性はある。

とはいえ、致死量に至る量といえば相当だから、流石に飲む前に気づくだろうし、あれは事故ではなく自殺と見た方が適切だとは思うが……誤飲事故という可能性もゼロではないからね。

それで君が慰められるのかは知らないが、事の真相は不幸な事故だぐらいに思っていた方が良いんじゃないか?

変に自殺だの他殺だの考えるよりは、まだしもその方が精神衛生上良いだろう。

 繰り言にはなるが、もう二度と、危ない飲み会に顔を出したり、週刊誌の記者なんかと接触することは止めてくれ。

君のやっていることは、事務所のためにも女神のためにも、何より君自身のためにもならない。


いい加減、彼女のことは自分の中で区切りをつけて、前に進みなさい。

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