終話 「女神の遺書」
これが見つかる頃には、わたしはもうこの世にはいないでしょう。
……なんてね。まさかこんな芝居がかった台詞をリアルで使うことになるとは思わなかったな。
きっと今頃、週刊誌とかメディアとかSNSとかで、わたしの「死の真相」みたいなものが取り沙汰されてるんだろうね。どれだけ盛り上がってるんだろう。
自称関係者がこぞってわたしのことを話すんだろうね。
その中で、わたしはどんな風に創作されているのかな。
見た目通りの天使?
それとも、稀代の悪女?
一人の等身大の女の子?
あんまりにもわたしのイメージと離れたことを語られるのも困るけど、一切何も語られていなかったらそれはそれで寂しいから、適度にセンセーショナルでみんなが喜ぶエンターテインメント性溢れる感じで話しておいてほしいな。
そうだ、社長とかマネージャーさんとか、そのほか色々お世話になった人たちには、急に仕事に穴を開けてしまったり、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ないと思っています。
この場を借りて、謝罪させてもらいます。
本当にごめんなさい。
特に社長なんかは、なんで人気絶頂の今だったんだってすごく悔しがってると思う。
それは本当に、わたし自身もビックリ。
なんで今なんだろうね?
絶頂で時を止めて伝説になりたかった?
これからやって来るだろう凋落が怖かった?
みんなの期待に応えるのに疲れてしまった?
それとももっと他の、プライベートな事情?
唯、ぼんやりとした将来への不安?
それらしい答えを書くことはできる気がするんだけど、そのどれもが本当のわたしらしくないと思うから、答えは文字通り墓まで持っていこうと思う。
それに、そもそも答えってそんな簡単に明確に区切って言語化できるものじゃない。
そうやって全部を言葉にできていたら、人って苦労しないよねって思わない?
簡単に言葉にできないから、わたしたちみたいなのが代弁者として存在するんだよ。
あれ、もしかしてわたし、今良いこと言った?
これ、誰か使ってくれて良いよ。著作権フリー。どうせもうすぐ死ぬし。
というわけで、自殺の真相に迫る! とか言って手ぐすね引いてる人たちには申し訳ないけど、真相なんてこの遺書の中にはありません。
秘密がある方が良い女って言うでしょ?
あ、そうだ。遺書をいくつか用意しておいて、世間が私を忘れそうになったタイミングで、社長に公開してもらおうかな。
数年越しに明かされる真実、とかいって特番組まれたりしないかな。
流石にないか。百億円強奪とか、ケネディ暗殺事件とかとは、スケールが違うもんね。
こんなこと書いてると、ふざけてるってみんなから怒られそうなんだけど、実際、ふざけてるからなんとも言えないよね。
こんな風に死にまつわる不謹慎なことができるのは、もうすぐ死者になる人だけの特権。
どうせどれだけ叩かれたってわたしはもう死んでるし──死後の世界でエゴサーチができればするんだけど、多分無理そうだからさ。行ったことないから、分かんないけどね。
そもそもそんな世界があるのかも、分かんない。
さて、死後の世界があるとしたら、わたしは天国と地獄どちらに行くんだろう?
わたしはいつだって自分の人生に真摯だったつもりだけど、それが善なのか悪なのかは自分でもよく分かんないな。
善とか悪とかは、わたしを見た周りが決めることであって、わたし自身が決められることでもないしね。
そういう意味で、この仕事は天職だったと思うんだ。
わたしがただ生きて仕事をしているだけで、色んな人が色んな風に、わたしを解釈してくれるでしょ。
見えているものがほんとう。
周りが解釈したことが真実。
それはこの世の真理って感じがして、中々ハードではあったけど、わたし的には分かりやすくて良かった。
というわけで、多分、わたしの本当の姿とか、真実だとかが知りたい人がいると思うんだけど、というかわざわざ遺書を読んでくれるような物好きは全員そうだと思うんだけど、好きに解釈してもらって構いません。
その頃には死んでるからっていうのもあるけど、生きていても同じことを言ったと思う。
さっきも言った通り、簡単に言葉にはできないし、わたしがここで言葉にしてしまってそれらしく理解されるよりは、もういっそ、わたしの全てをこれを読んでくれている人に委ねたいって思って。
もやもやするでしょ。わたしが逆だったら、すっごくもやもやすると思う。
でも、もやもやしたらわたしのこと、頭の片隅には置いておいてくれるでしょ?
そう、これも作戦。こうやって、いくらかの謎を与えることで、できるだけ長くわたしについて考えさせておくの。
……なんて、冗談、冗談。本気にしなくて良いからね。
さっさと一時のゴシップとして消費して忘れてくれれば良いよ。
流石にそこまでみんなを縛り付けておく自信はない。縛った結果の責任も取れないし。
ただひとつだけ、真実っぽいことをヒントとして言っておくと、わたしは人より寂しがり屋ではあったかな。
だからできるだけ多くの人にわたしを見ていてほしかったし、愛してほしかった。
今風に言うと、承認欲求ってやつ?
あ、流石に承認欲求のためだけに死んだりはしないよ。
死ぬよりも生きて活動を続ける方が、ずっと多くのファンがわたしを見ていてくれることは分かってるし。
遺書だからって、なんでもかんでも自殺の理由と結びつけようとはしないことだね。
それって、すごくナンセンスだよ。
死ぬのは一瞬だけど、私が生きてきたのはざっと二十年間でしょ?
芸能活動してた期間だけでももう八年はあるわけだから。
どっちかっていうと、この一瞬のわたしより、アイドルとして生きてきた八年の方のわたしを見てほしいな。
思ったより筆が乗っちゃった。
だいぶ饒舌になりすぎちゃって、これじゃダメだね。
全然ミステリアスでもなんでもない、とんだ三文小説になっちゃった。
わたし、小説の才能はないみたい。
あーあ、一回エッセイでも良いから書いてみたかったんだけどな。
作詞作曲作画ならできるんだけど、作文はうまくできなかったな、なんて嘘だけど。
最後に、これを読んでるファンのみんなへ。
あなた達は、わたしを勝手に理解した気になったり、
髪を切れば「前の方が好きだった」
太れば「ストレス太りかな、心配」
他にも「演技がワンパターンだよね」「でもそこが好き、変わらない天使って感じ」
こんな風に日々、私を消費し、解釈し、批判し、愛してくれました。
──そんなあなた達の身勝手さに、多分わたし、救われてた。
ファンの過激な注目や期待がわたしを追いつめたとか報道するメディアもあるかもしれないけど、少なくとも、わたしに関しては当てはまりません。
みんなの言葉に心をすり減らし、期待に応えるために自己を削り、嘘を塗り重ねる瞬間が、わたしにとっては確かな生の実感でした。
あなた達はきっといつか、誰かを殺す。
でも少なくともわたしは、あなた達のおかげでここまで生きてこられた。
きっと、わたしを失ったあなた達は、また他の誰かを見つけるんだろうね。
そして、身勝手に、無理解に、無神経に、その誰かを傷つけて、壊して──踏みにじったことにも気付かずに真摯に、必死に、懸命に愛するんだと思う。
そういうあなた達は、世界で一番美しい。
こんな嘘で塗り固められたわたしなんかを愛してくれてありがとう。
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