第9.5話 「女神」オタク、ミクの決意

週刊誌の記者は、イメージ通り、チャラチャラして軽薄そうな男だった。

こんな男の言うことなんか、全く信じられないし、事情が無ければ関わり合いになりたくない人種。


本人は「意外と週刊誌の記者って普通の見た目の人が多いよー。そりゃそうよ、紛れられないとネタも集められないし、張り込みも怪しすぎる感じになっちゃうっしょ」

って言っていたけど、己を鏡でちゃんと見てみろ、と言いたい。

「普通の見た目の人」はそんな開襟シャツを着たりしないし。ジャラジャラと付けている腕輪は、分かりやすく高級ブランドのものだし。

怪しすぎて逆に、まさかこの人がそんな見たまんまなわけがない、と思わせる戦法でも狙ってるんじゃないかってぐらいの怪しい風貌。


だけど飲み会の情報は気になる。

まさか女神がそんな汚らしい会合に参加していたなんて信じたくはないけど……もう今の私には、確信を持って女神の噂を否定できるほどの強い力がない。

そういえば、あの美麗も「有名プロデューサーの愛人」みたいなことを言っていた。


まさか、本当に──?


いやいや、まさかね。ファンである私が、女神のことを信じないでどうする。

きっとそこには何か誤解があるに違いない。

週刊誌なんて、ネタを捏造してなるべくセンセーショナルに書き立てるのが仕事で、そんな人間の言うことなんだから九十九パーセント盛っていてもおかしくない。

ゴーストライターのアサミさんは悪い人には思えなかったけど、アサミさんだって、死人に口無しだからと思って、好き勝手言っている可能性はゼロじゃないわけだし。

アサミさん側には一切の悪気なく、何かそこに認識の相違があったという可能性だってあるわけだし。

結果的にゴーストライティングっぽくなってしまったけど、何かそこには正当な事情があったとか。

それなら女神も誰も悪くない。でしょ?

アサミさんの話は本当に精神的に食らってしまって、私の女神に対する愛も揺らいでしまった。

だけど、週刊誌の記者の悪趣味に光る金ピカの腕輪を見ていたら、逆に信じる勇気が湧いてくるので不思議だ。

これ、偽物かもしれないな。だって余りに金メッキみたいな嘘くさい輝きなんだもん。

こんな腕輪をひけらかす、見るからに薄っぺらい男が嬉々として語る噂に関しては、女神は潔白かもしれない。

私は女神を信じている。

女神は絶対に、汚いおじさんに枕営業なんてしていないし、誰の愛人でもない。

ゴーストライターのアサミさんでさえ、彼女はファンの為に徹頭徹尾尽くしていたって言ってたんだから。


そんな風に言い聞かせていると、着信。「朱音あか」さんからだ。

「はい。もしもし、ミクです」

『……連絡、見ましたよ。週刊大衆の記者に会うってどういうことですか』

「ああ、ちょうど今会ってきましたよ」

週刊誌の記者に会うのはなんとなく不安もあって、つい事情を知っている朱音さんに連絡してしまったのだった。万が一何かあった時に備えて。

『会ってきたよ、じゃないですよ! 前に暴走するなってあれほど』

「暴走ではなくない? だって、ちゃんとこういう風に、人に連絡しておいたし……それよりも、女神の話を聞きたくないんですか?」

『週刊大衆が言う情報なんて与太話に決まってます。聞く価値ないです』

「女神が怪しい飲み会に出没していたって言うんです。どう思いますか?」

『女神は二十歳になったばかりですよ。嘘っぱちでしょう』

「私もそう思うんですけど。その記者が言うには、あるプロデューサーの愛人をやっていたんだって」

『嘘です嘘ですそんなの! 大概、みんなそうやって売れてるアイドルは枕してるとか言いたがるんですよ。なんでも書いたもの勝ち、週刊誌側としてはより下世話でセンセーショナルな方が良いんですから、そりゃ枕とか愛人とか好き勝手言いますよ』

「でも美麗さんもそんなことを……」

『ミクさんがそんなくだらない話を信じてどうするんですか。そんな悪趣味な話を信じるなんて、その記者とレベルが一緒ですよ。そんな記者と一緒になって何かするなんて正直神経疑います。ミクさんってそっち側の人間なんだなって』

「私をあんな連中と同じにしないでください! 私は女神の身の潔白を誰よりも信じてます」

『信じてるならそんなくだらない話、笑って切り捨てるべきじゃないですか』

「信じてるからこそ、証明しないといけないじゃないですか。そんなくだらない飲み会と女神は何の関係もないって」

『証明なんてするまでも……ちょっと待ってください、まさかその飲み会とやらに乗り込む気ですか? やめてくださいよ、そんな変なところに出向くなんて正気じゃない』

「でも、今のところ手がかりはその飲み会しかないんですよ?」

『危険なところにわざわざ首突っ込んでどうするんです。それにミクさん未成年じゃ……』

「誰かに密告したりとかしないでくださいね。そんなことしたら、私の人生終わって、自殺しちゃうかもしれないので。じゃあまた気が向いたら報告します」



ピッ。

好き放題言われたのがムカついて、途中で話をぶった切ってしまった。

まあどうせ、物わかりのいい大人のお説教が続くだけだろうから、ここで切っておいて正解だった。

私が自殺するのを恐れていた彼なら、こう言っておけば密告なんて真似するはずないだろうし。

それにしても、私があんな下世話な記者と同じなんて失礼にも程がある。目の奥がカッと熱を持ってきた。これは悔しさと怒りの発露であって、決して悲しみの涙なんかじゃない。

そんな風に私の女神に対する愛を踏みにじられるとは思ってなかった。

私は愛人なんて話を信じてないからこそ、同意を求めるために朱音さんに伝えただけなのに、勝手に一人合点して、私がその噂を信じているみたいに責めてきて。

挙げ句の果てに、記者と同じレベルとか記者側の人間とか言ってきて。

私は彼女を守るために一生懸命頑張っているというのに、あの記者とは真反対の存在なはずなのに、絶対に違うのに。


大体、朱音さんはずるいじゃないか。

女神の古参だなんだと言う割に、何も行動していない。

私みたいに女神のことをちゃんと分かろうともしない癖に、ファン歴が長かったってだけで、彼女のことを知ったような口をきいている。

私は安全圏内から口を出す朱音さんみたいにはならない。

女神の身の潔白を証明するために身を呈して飲み会に潜入するのだ。

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