第8.5話 「女神」オタク、ミクの不信
女神が作詞作曲をしていたというのが「嘘」だったことが衝撃すぎて、しばらく立ち直れそうになく、家に無事帰り着いただけでも褒めて欲しい。自分の帰巣本能に感謝。
美麗の時は、きっと女神のことが嫌いだから、嘘をついたり話を盛っているんだろうな、と大してショックは受けずに済んだけど、今回のアサミさんに関しては、嘘をついている素振りが全く見えなかった。
むしろ、私とはまた違った形で、女神を信仰しているようにすら思える口ぶりだった。
自分がゴーストライターであることに納得して協力していたし、全てファンのために嘘を吐き続ける女神の姿に感動して、女神のためになりたいと思っていて──その夢見るような瞳は、私たちファンとそっくり同じ光を宿していた。
あれは、女神に心酔する瞳だ。
だからこそ、アサミさんが言っている「女神のゴーストライターとして曲を作り続けてきた」というのが嘘偽りない事実なんだろうというのが分かってしまって辛い。
だって、私が女神の溢れる才能に震えた「ひかり」も、これで受験を乗り切った応援ソング「Ready Go?」も、新曲の「Deep Blue」も全部女神が作ったものじゃなかったってことでしょ?
応援ソングの「Ready Go?」は余りにも好きすぎて、何度も何度も擦り切れるぐらいインタビュー記事を読み返したから、書いてあることは一言一句そらで言える。
『この世の中、しんどいことが沢山あるじゃないですか? 耳も目も塞いじゃいたいぐらい、過酷な社会を私たちは今生きていると思うんです。そんな皆さんに私が何ができるかと思ったら、この歌で耳も目も奪っちゃえー! みたいな。単純なんですけど(笑)。 だからね、応援ソングには珍しく「あなたのハート奪っちゃうよ」とか「夢中にさせるよ」とか。そういうアイドルっぽい歌詞も多く入ってるわけです、ふふ』
『曲もね、応援ソングって言うと明るい曲調が多いと思うんですけど、あんまり明るすぎるのも私っぽくないかなあって思って。だから、サビは明るいんだけどAメロとかBメロは皆さんの「今」に寄り添うようにっていうか……ままならない現実に寄り添えれば良いなって思って、あえてマイナーコードを選んでみました』
こういった発言の一つ一つを、大事に大事に噛み締めながら生きてきたのに、それが全部、真っ赤な嘘だったなんて。
友達である苹果さんにも申し訳ないと思わないのだろうか。
女神の創作を評価し、見る世界を知りたいと言っていた苹果さんに。
ゴーストライターは、女神がファンのために一生懸命嘘を吐いていたと言っていたけど、そんな嘘をついて欲しいなんて、私は一回も思ったことなんてない。
私は、他ならない女神自身がこの歌を作ったと思っていたから、この歌を好きになったのだ。
それが別の誰かによるものだったと言われたら、価値を失う。
そんな独りよがりな嘘、要らない。求めてない。
確かに、アイドルでありながら作詞作曲も出来る、おまけにその楽曲のクオリティが高いというのも女神が世間で評価されていた点だ。
でも、そんな評価を作り上げるために嘘をつくことが本当に「ファンのため」なの?
そんな余計な嘘をつかないで、自分自身の力だけでやっていくことこそが、本当の「ファンのため」なんじゃないの?
私はクリエイターではないけど、それでも、他の人の作品を自分のものだと言って世に出すことが、どれだけ罪深いことかぐらいは感覚的に分かる。
「ファンのため」なら、そんな風に誰かから作品を奪う行為をしても良いの?
「ファンのため」なら何をしても許されるの?
それであなたは平気なの? それとも、平気じゃなかったから、自殺してしまったの?
本当に「ファンのため」にそうしたんだとしたら、あなたに嘘を吐かせた私たちファンが悪いってことなの──?
ロック画面に映る女神の笑顔が、急に空々しい薄笑いに見えてきて、思わず私は拳を壁に叩きつけた。
本当はかつてやったみたいにスマホを床に叩きつけてやりたかったんだけど、理性が勝って壁を殴りつけるに留まった私の、狂気のなさがいっそ悲しかった。
壁は頑丈でびくともしないどころか、ガンッとか、ボコッとか、漫画みたいに小気味いい効果音も何もなく。ただただ自分の拳に鈍い痛みだけ走ったのも、何かを象徴するようで悔しかった。
ただ、狂気はなくても、私の芯には激情が残っている。
大丈夫。諦めない。こんなことで挫けてしまったりしない。真相を突き止めたいという思いは、変わってない。
だって私はまだ、本当の女神を知らない。
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