第8話 「女神」のゴーストライター、アサミの告白
美麗さんから聞きました。
私がゴーストライターをしてたことについて話が聞きたいって……あの、絶対に誰にも言わないでくれますよね?
女神の不利になることはしない……女神ってなんですか?
あぁ、彼女をそう呼んでるんですね。
……あ、もしかして、ミクさんってあのミクさん? 彼女のガチオタの?
どこかで顔を見たことがあるなって思ってたんです。その節はありがとうございました!
いつも熱心にMVのレポあげてくれるし、コメントも真っ先につけてくれるし、ハッシュタグで熱心に拡散してくれるから、ありがたいなってずっと思ってました!
当然認知してますよ!
私の作品を好きになってくれた大事な人じゃないですか。
迷惑だったらなんて、そんなそんな。
作品を愛してくれるファンを迷惑に思ったり、嫌ったりする作者なんていませんよ。
なるほど、更新やめちゃったのは、事務所に所属したからなんですね。
女神を追いかけて芸能活動始めるなんて、すごい行動力ですねぇ。
……ミクさんにだったら、私の秘密、話してもいいです。
でもさっきも言ったように絶対に他言無用ですよ。
他ならない、ミクさんの女神のために。
元々私は、YouTubeをはじめ各種プラットフォームに曲をアップしている、しがないボカロPで。
普段の仕事はイラストレーターをやっていたので、曲には自分のイラストをつけてアップロードして。だから、最初にバズったきっかけは、曲というよりむしろイラストだった気もします。
一回バズると一気に注目度が上がって、次の曲、その次の曲も、そこそこのヒットになりました。
もしかして作曲で食べていくとまではいかないまでも、お小遣い稼ぎにはなるんじゃないかと思い出したそんな時、折りよく彼女のマネージャーさんから問い合わせがありました。
彼女はもう既に人気アイドルとしての地位を確立しつつあった時で、有名アーティストに楽曲提供してもらったシングルがオリコンでウィークリー一位を叩き出したばかりでしたから、正直びっくりしました。
そんな超有名人が、なんで私なんかにって。
詳しいことは一回会って話したいと言われ、こんなチャンス二度とないだろうと、おっかなびっくり事務所に出向きました。
そこでマネージャーさんから聞かされた話というのは、彼女が作詞作曲するプロジェクトが動き出そうとしているから、私と共同制作にできないだろうかという話でした。
つまり、私と彼女で合作。共同で曲を作るわけです。
巷で話題の「天使」と仕事ができるなんて考えただけでワクワクして、一も二もなく引き受けました。
天使との対面は思ったより早くやってきました。
彼女は……もう、リアル天使でしたよね。
それから曲を作るにあたって、何回も顔を合わせることにはなるんですけど、いつ見てもその新鮮な印象は変わらなかったです。
美麗さんがよく、私を真似っこして彼女はのし上がったみたいなこと言ってるじゃないですか。
美麗さんには悪いですけど、あれ、美麗さんがそう思いたいだけですよ。
仮に彼女が真似していたとすれば、美麗さんじゃなくて、かつて一世を風靡したアイドルの全てだと思います。
全てのアイドルの「アイドルらしさ」を抽出して煮詰めてできたのが彼女でした。
いつでも仕草は可愛らしく、肌はピカピカに透き通って、微笑みは完璧で。アイドルという概念を形にしたら彼女になるんだろうなとよく考えてました。
彼女との曲制作の流れはですね、主に彼女が表現したいテーマ、例えば「孤独を包み込む優しさ」とか、そういうイメージをヒアリングして、そこから曲と歌詞を作り彼女に見てもらってみたいな。そんな作業の繰り返しでした。
今思えば、共同制作っていうか、ほぼ全て私がやってるようなものなんですけど。
当時はもう、夢みたいに可愛い人気アイドルと一緒に仕事ができてるってのが誇らしくて仕方なくて、全く何も考えなかったですね。
ということで、シングル用に書き下ろした我々の処女作が、カップリングと合わせて二曲仕上がりました。二ヶ月もかからなかったと思います。
レコーディングには私も立ち会わせてもらったんですけど、彼女の生歌を聴いて感動しましたね。
それから数週間経って、事務所に呼び出されて。
そこで彼女に頼まれたんです。
この曲は彼女が一人で作詞作曲したことにしてくれないかと。
最初は驚きすぎて何にも言えないというか、怒りや悲しみよりも純粋に、なんで? という疑問が先立ちました。
彼女が言うことには
「自分が作詞作曲ということにした方が、お客さんのウケが良くCDも売れ、ふたりの作品が一人でも多くの人に届くことになる。前回出したシングルが一位を取り、私が出す次の楽曲に対する注目度も高い今だからこそ、多くの人に届けるチャンスであり、そのチャンスを最大限活かすためには、この方法が一番いいんだ」
とのことでした。
そう真剣に言い募る彼女の瞳に、悪どい感情は少しも見えませんでした。
もし彼女の表情から、自分が得してやろうとか騙してやろう、搾取してやろうっていう邪な何かが読み取れたら、私の決断は全く違っていたものになっていたとは思います。
流石に、自分が作った作品が他者の名義で出て、嬉しいクリエイターなんていませんから。
ただ、そういう風に真剣に彼女に言われた時、私がファンだったら、無名のボカロPとの共同制作だと言われるより、彼女が一人で作詞作曲したと言われる方が嬉しいだろうと思っちゃったんですよね。
なので、結果的には、私の名前を出さずに彼女が作詞作曲したとすることに合意しました。
それから私は彼女の専属ゴーストライターになった──私の秘密の始まりです。
これだけ聞くと、私が可哀想というか被害者に思えるかもしれませんが。
私はほら、この通り見た目も平凡ですし歌は歌えないし、私一人の力じゃとてもじゃないけどこんな形で一般のお客さんにまで私の曲を広げられないのは確かです。
だから、彼女の名を借りることで、色んな人が私の作品を聴いてくれて感想までくれるという機会に恵まれたのは幸せでもありました。
よく、彼女と一緒にエゴサーチなんかもしましたよ。
彼女は、自分のアイドルとしての評判やファンからどう見られているかを常に気にしてました。
よりファンから受け入れられる方、人気が出る方に、まるで自分自身が一つの「作品」かのように磨きをかけて、作り上げていって──。
あんなにファンに対して真摯に向き合い続けたアイドルって、中々他にいないんじゃないかな。
この騒動があって、親しい友達とかにはゴーストライターの件を告発した方が良いんじゃないかとか言われるんですけど、どうもその気になれないのはそれが理由ですね。
彼女はファンの為を思って嘘を吐いていたわけで、私を傷つけようと思っていたわけじゃないし、実際、私も傷ついていたわけじゃないし……とにかく悪気がない人なんですよ。
あくまで彼女は、「ファンのために」作詞作曲は自分だって言っていただけなんです。
そう思うと、すごく献身的で健気な人だと思いません?
彼女自身、お金や地位なんかどうでもいいが口癖でしたし、知名度や人気のために頑張ってるのも、結局ファンを喜ばせるためでしょ。
ファンのために、あれだけ精度の高い嘘をつき続けるのって尊くないですか?
彼女の自殺の原因は、嘘をつき続ける生活に疲れたからじゃないかと私は思ってるんです。
今回の全国ツアーって、全部彼女が作詞作曲した曲で構成しているところが大きな特徴ですよね……それってつまりは、私が作った曲ってことなんですけど。
MCで曲の背景について語る彼女を見た時、思わず泣きそうになりました。
この人はファンの期待に応えるために、徹頭徹尾、こんなにも全てを嘘で塗り固めて頑張ってるんだなぁって。
そう考えると、ファンの期待に応えることが息苦しくなっちゃっても不思議はないと思うんですよ……だってほら、ブレイクして今みたいに注目が集まれば集まるほど、それがプレッシャーにもなるわけでしょ。
売れると色んな人が色んなこと言いますから。
その全てに応えようなんて土台無理な話なんですけど、彼女はその無理をなんとか果たそうとしているみたいに見えました。
誰よりも一生懸命な人ですから、もっと期待に応えられるよう頑張らなきゃって、そうやって、知らず知らずのうちに自分を追い詰めていったのかもしれない。
二十四時間全てをファンのために捧げて「嘘」を吐き続ける生活に疲れた。
彼女の死の原因は、やっぱりそれなんじゃないかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます