第4.5話 女神オタク、ミクの転機

「朱音あか」さんからマネージャーの連絡先を渡された時、本当はコンタクトを取るか迷っていた。


いくら私が敬虔な女神信者で、他の野次馬たちとは違って真剣に、真摯に女神を思っているとはいえ、あくまで立ち位置はファンの内の一人でしかない。

ところがマネージャーと言えば、アイドルと一蓮托生、仕事での本人に一番近い立ち位置の人のはずだ。そこまで踏み込むのは、流石に超えちゃいけないラインな気もして。

それに、朱音あかさんがほぼ情報を持っておらず、他に何か手がかりになりそうな人もいない状態で、マネージャーに厄介ファンとして目を付けられたら、もう一生真実にはたどり着けなくなる気がする。というわけで、連絡を取るのは最終手段な気がしたのだ。


連絡先もらったんだけど、どう思う? 流石に凸るのは止めた方が良いよね? と相談するつもりで、女神のオタク友達に電話をかけた。

彼女は同い年で、SNS上で知り合ったけど、たまたま通っている高校が近くて、話も合うし学校帰りに気軽に会えるしということで、すごく仲良くなった。

オタク友達としては一番仲が良かったかもしれない。

とはいえ、彼女は親にバイトを禁止されていたから、少ないお小遣いをやりくりして推し活をするしかなく、中々現場で一緒になることはできなかったんだけど。

女神のMVとか何か新しい展開があったら、二人でスタバで語り合って、帰りにプリを撮るのが二人のお決まりコースだった。

最初はオタク友達として知り合ったわけだけど、同学年ともなると、段々と女神の話題も飛び越えて、今では普通にリア友だった。

向こうが気になってる男子とグループデートすることになって、その為の服を選びに行ったり、私が親と喧嘩をして、電話で愚痴を聞いてもらったり、そんな関係が続いていた。

それが電話一本で、呆気なく他人みたいになってしまって、悲しい以上に腹が立った。


彼女は所詮、にわかオタだったんだ。

マウントが嫌だ嫌だと電話で言っていたけど、単純にあんたが積んでないだけじゃん。

あんたが親が厳しいからとか色々言い訳して、現場にも行かない在宅オタクだったから、だから熱心なオタクが全員自分にマウント取ってるって被害妄想してるだけでしょ。

よく考えたら現場に全通してグッズもほぼ全部買ってCDも積んでいる私と彼女が同じ熱量なわけがない。

熱量が全然違うから、だからちょっとしたネットのニュース記事なんかで勝手に気分を悪くして、病んで、それを言い訳に上がろうとしている。

絶対この女の力なんか借りずに、一人で真相を掴んでやる。

今思えば、単純に自分のことを否定されて悔しかったしムカついたっていう、単純にそれだけの動機で、なんなら女神すら関係のない怒りだったと思うんだけど、とりあえず怒りに駆られた私はその勢いのまま、マネージャーの連絡先だと渡されたメールアドレスにメールしたのだった。


女神について話したい事があるというのを、なるべく丁寧に推敲して、大人にも通じるように書いたはずだけど、正直返事が返ってくるとも思えなかった。

朱音あかさんが虚言マウントオタクだのなんだのと吹き込まれたのもあったし、何より、ファンが運営にお気持ち表明してもテンプレ返事が返ってくるっていうのが常識みたいなところあるから。

特に、女神の一件は、色々な人間がめいめい勝手なお気持ち表明を事務所に送りつけているに違いない。そりゃもう、メールサーバーがパンクする勢いで。

となると、きっと関係各位への対処とかでてんてこまいで、私のような小娘のメールは封殺されてしまうだろう──そんな風に思っていたのに、一週間後、まさかの連絡が返ってきた。


返ってきた連絡を読むと、紋切り型というか、当たり障りなくこちらをあしらう中に、どこか探ってくるような剣呑さが見え隠れするような頭のいい文章だった。

恐らく、私が何か女神についての情報を握っていて、それをどう料理しようか、事務所側と交渉しようとしているとでも思われたに違いない。

あるいは、私みたいな問い合わせが沢山来ていて、そこから誰が情報を持っていて、誰が野次馬かを見極めようとしているとか?

大人の賢い文面に対してどう打ち返せば良いかわからず、途方に暮れた。

親には相談できないし、朱音あかさんに相談するのも何か違う気がするし、こういう時に真っ先に相談していた友達は、今はもう憎き仮想敵みたいになってしまったし。


「……ん?」

マネージャーのメールの最後に署名がある。

電話番号とかは無い代わりに、オーディションの宣伝がぶら下がっていた。

女神が死んで一か月しか経っていないのに、すぐ次を見つけようだなんて、なんて不謹慎なんだ! と怒りを撒き散らしそうになるが、どうやら女神が死ぬ前からこのオーディションは開催される予定だったらしい。

よく考えれば、女神の死後一か月でオーディションを大々的に開催するなんて、土台無理な話だ。


サイトのURLが宣伝文句にぶら下がっていたため、物見遊山でクリックしてみる。

本来なら女神が微笑んでいたであろう真ん中がぽっかりと空き、その空白を固めるようにベテラン俳優やら、人気モデルやらが白い歯を見せて笑っているビジュアルが現れた。あまりにも突貫工事すぎる処置だ。

しかし、かつて持て囃されたアイドルまできちんとビジュアルに映っていることといい、事務所を上げて大々的にやるオーディションなんだろう。だから彼女が死んでも中止するわけにはいかなかったというわけか。


下にスクロールすると、募集要項が現れる。ドクン、と胸が高鳴った。

応募期間的にはまだ間に合う。

募集要項も、大した条件はなくて、年齢制限とあと他のプロダクションに所属している、所属していた経験が無いということだけだ。

どうやら磨けば光る本物の原石を探したい、ということらしい。

そのコンセプトに従ってか、芸能経験すら不問である。

女神をむざむざ失うという失態を犯したとはいえ、腐っても大手事務所だ。

私が選ばれることは無いだろうけど、容姿は昔からそれなりに持て囃される部類だった。コンカフェでもそれなりにファンがついて、そこそこ稼いでいるということは、書類審査ぐらいは通るかもしれない。

書類審査の次、二次審査は対面だ。

女神のマネージャーがその審査にいるかはわからないが、そこで、メールを送った人間だということが伝えられれば、あるいは──?

どちらにしろ、このメールに上手く返したところで、直接訴える機会はないに違いない。だったら、一度でも事務所の人間と対面できる、このチャンスに賭けるしか。


それが、私が事務所に所属し、あろうことか女神のマネージャーが担当でつくなんていうミラクルを起こすことになった経緯である。

無事に書類審査を潜り抜け、対面審査で女神への熱い思いを語りまくった私の熱量が社長の琴線に触れて、


「君はこの先の十年を、若い時間を、君が信じる女神に捧げることができるか──?」

「はい」


この即答が決め手だったらしい。

女神をそこまで慕うなら、君が次の女神になるんだという無茶ぶりと共に、私の事務所入りが決定した。

気後れしないと言えば嘘になるけれど、これも女神の死の真相に辿り着くためだ。

何より、女神への熱量を散々語ったおかげで、女神のマネージャーをわざわざ私の担当にしてもらえるという奇跡が起きた。

とはいえ、ド新人である私だけの担当というわけにはいかず、彼女は複数の担当を持っているけど(女神時代は当然女神のみだったらしい)。


というわけで、まずはマネージャーと女神の話が気軽にできるように仲良くならないとと思い、私は一生懸命、礼儀正しくて仕事熱心な新人のフリをした。

幸いにも私以外にも数人いるオーディションの合格者は、いずれも事務所としても大々的に押し出す予定だったらしく、いくつかの撮影の仕事がご祝儀として与えられた。

私は礼儀正しくはきはきと笑顔で──つまり、大人が喜ぶような子供として振舞った。

この年頃の女子というのは斜に構えていて生意気で、自分たちは無敵で最強だと言いたげに尖っていることが多い。

だけど私は、なまじっか育ちと頭の良い子が集まっている女子高に進学しているだけに、どうすれば大人や先生ウケが良いかを熟知し、TPOを弁えてさらっと切り替えることができる。


私は大変現場でウケた。

大人っていうのは、みんな素直で積極的な可愛い子が好きなのだ。そこに例外はない。

とはいえ一緒にオーディションに合格したみんなも、私と同じぐらい礼儀正しくて、真面目で、良い子ではあったから、優劣は無いはずなんだけど、妙に現場で恐縮して小さくなっているみたいに見えた。

常にジャッジされる環境に晒されて、びくびくしているみたいな。

そりゃそうか。向こうは私みたいに別の目的があるわけじゃなくて、タレントになること、それそのものが目的だ。

だから必死にもなるし、その分、臆病にもなる。

私はその点、マネージャーと仲良くさえなれればよかったから今だけよければよくて、そのどれだけ取り繕っても漏れてくる、深層心理での不遜さや適当さみたいなものが、かえって大物というか、余裕というか、新人とは思えないオーラ的なものとして都合よく解釈され、頭一つ抜けることになった。皮肉なことだ。


そうは言っても、あくまでド新人であるゆえに本格的な仕事はこれからということで、ダンスや歌、芝居など、とにかく表に出る上でのありとあらゆるレッスンみたいなものを詰め込まれた。

それにもたまにマネージャーが顔を出してくれたので、その時はすかさずマネージャーと話しに行った。

そうして私は、早々にマネージャーと関係値を築くことに成功し、女神に関して突っ込んだ話ができるようになったのだった。


『女神のマネージャーと仲良くなって、今度AMIちゃんと会うことになったから。オタク達見てるー? ざまあみろ』

オタクアカウントとは別に、本当に親しいオタク友達とリアルの友達の数人しか相互になっていない鍵アカウントを私は持っている。

そのアカウントに性格の悪い勝利宣言を投下してやろうかと思い、結局思いとどまって下書きを削除した。

相互の中には当然、裏切り者の友達もいるわけで、だからこそ見せつけてやりたい気持ちがある。とはいえそれを見た他の友達まで敵に回したりするのは、流石に嫌だった。

それこそマウントとか自慢と思われかねないから、私は今回の件はなるべく会話にもSNSにも出さないようにしている。


とはいえ急にいくばくかの仕事と、沢山のレッスンを詰め込まれたら、話に出すなという方が無理だ。

そのため、私がオーディションに合格して大手事務所に所属したということは、もう私の周囲には知れ渡っていて、なんなら学校の方ではいつの間にか噂が広まり、下級生がわざわざ私を見に教室までやってきたりする。

元々、ちょっと目立つオタクだったりしたし、コンカフェでも売れていたわけだから、騒がれるのには慣れているとはいえ、こういう遠くからそっと覗いて、うわーすごい、みたいな扱いをされるのは初めてだったから、正直気分はよかった。


そして私の気分と共に、一部の友達の温度は冷えていった。

わざわざ自分から詮索して傷つくのが怖いから深入りはしていないけど、私がレッスンや仕事で物理的に離れている内に、私のことを陰で「自己顕示欲強すぎ」とか「女神女神言ってたけど、結局自分が目立ちたいだけだったんだね」「推しを言い訳にするってありえなくない?」とか言っているんだろうな、というのを感じる。

ただ彼女たちは、やっぱり品が良くて「うまくやる」タイプなので、私がよっぽど追求しない限り、ぼろを出さずに、引き続き表面上は仲良くやってくれるだろう。 

それを私も分かっているから、絶対に深入りはしないのだ。


あーあ、お腹が重い。生理でもないのに。学校行きたくないなあ。

女神もこういう気分だったのかしら。


いや、女神レベルになると、私以上に沢山のアンチからの悪意を受けていただろうから、比較するのも申し訳ない。

それなのに、女神は完璧な微笑みをファンにいつだって向けてくれていて、偉い。

目じりからあくび半分、女神がいなくなってしまったことの悲しみ半分の涙がこぼれた。

こうやって、待ち受けで微笑む女神に話しかけることで自分を元気づける癖がついている。

もう何年も、これが一つの儀式みたいになっている。

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