第3.5話 「女神」オタク、ミクの追想
全国ツアーの初日は、東京ドーム。私は神席を引き当てた。
ここ数ヶ月、女神の人気はますます高まっていて、別の推しを追いかけてたクラスの友達まで、一緒に女神を推し始めるくらいのフィーバーが起きていて。
それは喜ばしいことなんだけど、熱気が高まれば高まるほど、ファンの中での私の存在感は埋もれていく。
なんとかしないと……それで思いついたのが、CDで作る祭壇だった。
それも、キャバ嬢が写真で上げているシャンパンタワーみたいに、煌びやかで豪華で、大きいやつ。
というわけで、コンカフェのバイトを鬼出勤して、囲いにも協力してもらって、私は三桁ものCDを積み上げた。
一般的な祭壇は缶バッジやチェキなどで作るから、CDで作ろうという試みは純粋な金銭面もそうだけど、創意工夫的な面でも大変だった。祭壇を作るスペース的な都合もあるし。
とはいえ、界隈に宣言してしまった手前もあって、親に泣きついて手伝ってもらったりしながら、私は豪華な祭壇を作り上げた。
S N Sに上げた画像は、気合の入ったオタクがいるということで界隈外にも広がり、結果的に結構バズった。
女神、見てくれてるかなあ(ちなみに会場当日のフラスタ は禁止だった)。
ここまで気合の入ったことをしていたから神席を引き当てるのは当然と言えば当然の話で。
ちなみに、大量に余ったその他のチケットに関しては、普段から交流している同担の子や、最近ハマり始めたクラスメイトに定価で譲り渡した。
前日には美容院に行き、ネイルも新調し、ペンライトをキラキラにデコり、特製のうちわも用意して、万全の態勢で臨んだドーム。
──心臓が止まるかと思った。女神が尊すぎて。
可愛い、綺麗、神、しんどい、最高、エモい。
脳裏を駆け巡ったどの言葉も陳腐で、彼女の素晴らしさを一片も表せていない。
オペラグラスなんか要らなくて、なんなら肌の質感まで肉眼でわかるレベルのほぼ最前に近い位置で女神にかぶりつく。
CGみたいだった。あんなに激しく歌って踊って、それなのに顔に汗ひとつかいてないのも、バーチャルだからとしか思えない。
その笑顔が、歌が、踊りが、何もかもが夢みたいに綺麗で、頭がおかしくなりそう。
目を見開いて、その全てを見逃したくないのに、なんだか光に包まれてるみたいに眩しくて実感がないのが怖い。
本当に綺麗なものって、倫理の授業で習ったイデアみたい存在で、はっきりとは認識できないのかもしれない。
いつも完璧なパフォーマンスなのが女神だけど、そのライブは、私が今まで見たライブの中で一番の出来だった。
弾けるようなポップソング、思わず涙が出てくるバラード、胸焼けがするくらい甘いラブソング。
その間に挟まれる無邪気なMC。可愛い笑い声。
全てが完璧すぎて、せっかく用意したペンライトやうちわを振るのも忘れて、ただただ私は立ち尽くして感動していた。
そうしてあっという間の二時間半を終え、ファンの皆にお礼を言って深々とお辞儀をし、満面の笑みで手を振りながら、女神は去っていったのだった。
終演後、私はしばらく呆けていた。
こんな尊い存在が、私達にパフォーマンスを披露してくれて、ここまで来れたのはファンのおかげだとお礼を言ってくれた。推してて良かった。心底そう思った。
CDを三桁積み、豪華な祭壇作りに悪戦苦闘したり、抽選券をひたすら抜き出してシリアルを打ち込む作業をした時は、後悔しなくもなかったけど。
積んでよかった。いや、もっともっと積めばよかった。
これからも惜しみなく全てを注いでいこう、女神に。
なんだか、ファンの中で抜きん出て注目されることで女神に近づきたい、みたいな下心を持っていたことも愚かだったと思った。それぐらい心が浄化された。
女神は、ファンに優劣なんかつけない。
ペンライトの光で青色一色に輝くドームを、女神が心底幸福そうに目を細めて眺めている、その顔は、神々しいぐらいにライトに照らされて輝いていた。
私はそんな女神の姿を思い浮かべながら、脳内で語りかける。
そうだよね、二年前のライブで「夢は全国ツアー、あと、ドームを埋めることです」って言っていたもんね。
あなたは間違いなく天才だけど、誰よりも努力家でもあって、目標に向かって一生懸命進んできたから、その夢を叶えられたんだよ。
そう、それが女神もファンも幸福の絶頂だった時。
女神がファンをここまで連れてきて。ファンが女神をここまで支えてきて。
そんな、相互の交わりが作り出す夢のような空間。
あの蜜月が脆くも崩れ去ったあの暑い夏の日を思い出す。
あれから一ヶ月くらい私は立ち直ることができず、だけど学校に行きたくない、それどころじゃないなんて泣き叫んでも、親には当然理解されるはずもなく。
結局、無理やり登校させられては、体調不良で保健室に行き早退を繰り返すという形で、私は強引に家に引き篭もっていた。
その一ヶ月、女神に対する追悼のメッセージやら、女神は殺されたんだっていう陰謀論やら、女神の死を商機として繰り広げられる売名行為や……いろいろな人の、いろいろな思惑による言葉たちがインターネット上では垂れ流されていた。
そのどれもが嘘にまみれていて女神を冒涜しているようで。
やってられない、こんな汚い世界。
軽はずみに女神の死について何か言えるなんて、そうやってもう、女神の死を過去のものとして消費しようとしているなんて、許せない。
本当のファンなら、彼女を愛しているのであれば、そんな簡単に言葉にできる感情じゃないし、受け止められる喪失じゃないはずなのに。
だけど世の中は女神が居なくなった日常を送っていて、女神にまつわる情報の全てが、女神の死を肯定していくようで、
──ガシャン!
衝動的に、スマホを床に叩きつけた。
画面は無事だったけど、ケースには傷がついた。
今回のライブグッズの一つだった、新曲のCDジャケットにちなんだ青色のスマホケース。
女神が自分で描いた、深海の絵がベースになっている、その。
それを見て、ライブ直前のインタビューで、女神が少しだけ照れ臭そうに、それ以上に楽しそうに新曲について語っていた姿を思い出した瞬間。
私の胸の奥で、何か、先ほどとは違う何かの感情が蠢き始める。
そうだよ。女神がこんな、こんな人気絶頂、幸福の最中に死を選ぶわけがない。
まだツアーも残っていた……というか、なんならこれから全国ツアーが始まるというところだったのに。
女神が私を残してこの世から消えてなくなってしまったと言うのなら。
──私はなんとしても、女神が本当に自殺だったのかを突き止める。
他殺だったら仇を打ちたいし、自殺だったのなら、なぜなのか理由を知りたい。
私を構成するものは、女神への純粋な愛だ。他の有象無象と私は違う。
私はスマホを拾い上げ、彼女のマネージャーと繋いでもらうために、かつて仕事を受けたことがあると言っていたファンの一人「朱音あか」さんに連絡を取ったのだった。
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