18.ソニアの夢、魔法のお屋敷にて

「わたし、時計職人になろうと思います」

「まあ、時計職人に」

 一番に口を開いたのは、ソフィア母さんだ。「まあ」と言っているけれど、口調はとても穏やかで、驚いている様子はない。

「うん。今回の旅で、ルフブルクの時計職人養成学校に通ってるユッタって子と友達になったんです。それで、時計職人についていろいろ教えてもらって、ユッタからそんなに時計が好きなら、職人になれば良いのにって言われて」

 マルチナに負けないように、ソニアもその場にいる全員の目を順に真っ直ぐに見つめながら話す。

「父さんやリベルトさんの話を聞いてると、船乗りも良いなって思ったんです。いろんな場所に行けて、いつも海を眺められる。大変なことも多いだろうけど、楽しそうだって。でも、それ以上に、アロイスさんの言葉で、時計職人になろうって決めたんです」

「どんな言葉だったんだい?」とエリアス父さん。

「『時計は人と人のつながりを作るんだ』って。素敵だと思わない? 会話を作って、人と人を結ぶんだって。わたしとマルチナも、アロイスさんの時計のおかげで、出会えて、たくさん冒険できた。それで、今こうしてたくさんの大好きな人に囲まれて笑ってる。それってすごいって思うんです。だからわたしも、そんなきっかけを作る様な時計を作りたいって思ったんです。アロイスさんの時計が作ってくれた縁で出会ったみんなに、今、言いたかったから、聞いてくださって、ありがとうございました」

 ソフィア母さんは立ち上がり、ソニアの肩に手を回した。

「寂しくなるけど、わたしは応援するわ」

 エリアスもソフィアの後ろに立って、ふたりの背中に大きな手を当てる。

「ソニア、あなたってば毎日毎日魅力的になって行くわね」

「そうかな?」

「ええ。一秒ごとに魅力を増すソニアを見られないのは残念だけど、ソニアが初めて持った夢だもの。ねえ、エリアス?」

「そうだな。父さんも応援するよ」

 その顔はソフィアよりも寂し気に見えた。

「ありがとう、父さん、母さん」

 ソニアはふたりにまとめて抱きついた。

「わたしたちも応援するよ、ソニア」

「ソニアの時計を買うの、楽しみにしてるわね」

「俺も会いに行くよ。ラファエルさんのところにも行かなきゃならないからね」

「ありがとうございます、エリアスさん、ルシアさん、テオさん」

 みんなの笑顔に囲まれながら、ソニアはマルチナを見た。

 その途端、ソニアは周りの音が小さくなったような気がした。

 マルチナの目は悲し気にぬれていた。


 そうだ、この決断をするということは、マルチナと離れ離れになるということだ。


 ソニアは胸が苦しくなり、グッとくちびるをかみしめた。

 するとマルチナが弾かれたように立ち上がって声を上げた。

「それなら、ソニアの出発の日は盛大にパーティーをしなきゃね! それから、今日も豪華な晩餐会にしましょうよ。わたしたちが無事に帰って来たお祝いに!」

「そのつもりで、料理長たちが頑張ってくれているよ。今頃カリーナが新しいドレスを受け取っている頃じゃないかな?」

「わあ、本当に! ソニアの分もある?」

「もちろん。着替えておいで」

「ありがとう、お父さま!」

 マルチナはソニアに駆け寄り、ギュッと手を握って来た。

「行きましょう、ソニア!」

「えっ、あ、うん」

 さっきの表情がウソのような明るさに、ソニアは呆気にとられた。そしてすぐに、マルチナがいつも通りに振舞ってくれているのだとわかった。


 マルチナだって寂しいと思っているに決まっている。

 うぬぼれではなく、そう確信できた。


 ソニアは「ありがとう」と言う代わりに、マルチナと繋いでいる手の力を強めた。

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