17.不思議な事実、魔法のお屋敷にて3
「わっ、やっぱりすごくおいしい!」
「ふふ、ミルクを入れてもおいしいわよ」
あっという間に一杯目を飲み干すと、二杯目はミルクを入れてもらい、まろやかな味を楽しんだ。ソニアとマルチナがよく焼けたクッキーも食べながらお茶をする間、マテウスは頭の中を整理するように、時々何かをつぶやいていた。途中、カミラがやって来て、本を置いていった。この時も、カミラはまだマルチナのことを疑うような目で見ていた。
本当に魔法の気配がないと、誰だかわからないみたい。
やがてお茶が無くなり、カミラがお茶のおかわりを用意しに部屋を出ると、マルチナが口を開いた。
「どうしてさっきあんなに騒いだのか、話す気になった?」
「……ああ。そのためには、いろいろ話さなきゃならないことがあるんだが。何から話したらいいのやら」
マテウスは青色の本をなでたり、口元を触ったりしている。
「落ち着くためにお茶を飲もう」と言っていたが、マテウス自身はまだあまり落ち着いていないようだった。
「いつもわたしをほったらかしにして、パーティーや学会で散々色んな人とお話してるじゃない。話すのは得意でしょう」
なかなかな嫌味だ。しかしマテウスは少しも怒った様子を見せなかった。
「……そうだな。うまく伝えられるかわからないが、話そうか」
マテウスは青い本をペラペラとめくり、開いたままテーブルの上に置いた。そして、ふーっと長いため息をついてから、マルチナによく似た口をゆっくりと開いた。
「まず、魔法使いは魔力を持っていて、それは体の周りにまとっているオーラのようなもので、その色や形は少しずつ違っている。そのため、魔法使いは個人を見分けるのに、顔や見た目ではなく、魔力の気配を見る。それは、マルチナはもちろん、ソニアも理解しているかい?」
「はい。マルチナから少しだけ聞きました」
「それは助かる。だがこの魔力の気配に関して、この本に興味深いことが書かれていたんだ。それは『魔法使いそれぞれが持つ魔力の気配は、何らかの物質に触れることで見えなくなる』という記述だ」
「見えなくなる?」
マルチナは眉をひそめた。
「ああ。この文献では『魔力をかくす』と表現していたよ」
魔力をかくす。
確かに、昨日から今日にかけての一日は、近侍たちに見つからないよう、ソニアがマルチナをかくしているようなものだった。この話は納得だ。
「そしてその物質は、人それぞれ違っていて、金や銀、宝石など希少なものが多いらしい」
そこまで言ったマテウスは、開いていた本をソニアたちの方に差し出して、チラッとソニアを見た。
「……つまり、わたしがマルチナの魔力の気配を消してるわけじゃない、ってことですね?」
マテウスはコクッとうなずき、再び口を開いた。そして何かを話しだそうとすると、マルチナが勢いよく立ち上がって怒鳴りだした。
「うそよ! ソニアは金も宝飾品も持ってないって言ったわ! ソニアはわたしの自由の女神さまなのよ! ソニアのおかげで、わたしは初めて自由に街を歩けたのよ! 同い年の子たちと同じように、遊べたのよ! そんな、わたしの奇跡を、どこの誰だかわからない人の話に当てはめて語らないで!」
マテウスは呆気に取られて口を開けたままマルチナを見上げている。
ソニアも心臓をドキドキさせながら、マルチナとつないでいる手をグイッと引いた。このドキドキが、大声に驚いたからなのか、「自由の女神さま」という言葉によるものなのかは、ソニアにはわからなかった。
「お、落ち着いて、マルチナ。まだ、マテウスさんの話は、続きがあるみたいだよ」
「……どうせまた、ひどいことを言うだけよっ」
そう言いつつも、マルチナは静かにソファに座った。そして、ソニアだけに聞こえる声で「大声、ごめん」とつぶやいた。
「ありがとう、ソニア。君の言う通り、この話には続きがあるんだ」
そう言った瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「マルチナ!」
飛び込んできたのは、またもやマルチナとよく似た女の人だ。顔を見てすぐに、その人がマルチナのお母さんだとソニアにはわかった。
「お、お母さま……」
マルチナのお母さんは、一目散にマルチナの方に走ってきて、腕を巻き付けるようにギュウッと抱きしめた。
「どこに行っていたの! 心配したのよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「魔力の気配だってないじゃない。どうしたっていうの?」
「……いろいろあったのよ」
後から入ってきたカミラは、ホッとした顔をしていた。マルチナのお母さんの反応を見て、ようやくカミラもソニアたちを信用できたようだ。
「ルシアも来たならちょうどよい。話の続きをしよう」とマテウス。
「ええ、そうね。ああ、でもわたし、マルチナの隣に座りたいわ」
「あ、それじゃあちょっと詰めます。ルシアさんはマルチナの隣に座ってください」
ソニアはマルチナとつないでいる手を離し、サッと立ち上がって、端の方に座りなおした。
「あら、ありがとう、親切なお嬢さん……まあ!」
ルシアが突然声を上げた。それに続いてカミラも「へえ!」と叫んだ。
「どうして、マルチナの魔力の気配が復活したの?」
「ほ、本当です! 今なら、わたしも、この方がマルチナお嬢様だとわかります!」
カミラは涙ぐんでいた。目の下にクマがあるカミラもマルチナを心配して、一晩眠れなかったのかもしれない。
マテウスは二人の混乱を落ち着けるように、右手をサッと上げた。
「それについて、今話すところだ。ソニア、不躾な質問をするが、その時計に使われているのは本物の金かい?」
「メッキです。わたしは船の料理番とレース職人の間に生まれた娘なので、純金の時計みたいな高いものは買えません」
「なるほど。これで答えが出たよ。マルチナの魔力の気配をかくしているのは、おそらく時計の中にある宝石だ」
「……時計の中にある宝石?」
わたしの機械式腕時計の中に宝石が入ってるだって?
一体どういうことだろう。
心臓が、ドキッドキッとさっきよりも大きく鳴りだした。
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