18.不思議な事実、魔法のお屋敷にて4
マテウスはカミラに頼んで、工具箱を持ってこさせた。そして、ジャケットの内ポケットから取り出した自分の懐中時計を分解し始めた。
「ソニアはその時計がどこで作られたか知っているかな?」
「お店は知りません。鳩時計が有名な国で、父さんが仕事の途中に買ってきてくれたので」
「そうかそうか。では機械式時計がどうやって動くか知っているかい?」
「上のネジを回せば、その分だけ針が回る、くらいのことしか」
ソニアとマテウスが話す間、ルシアはマルチナの手を何度もにぎり直している。その目にもクマがあるから、きっと心配で寝られなかったんだろうな、とソニアは思った。
「おおむねその通りだ。中の機械体には様々な部品があって、その中の一つが……」
時計の文字盤が外れると、中の機械体が見えるようになった。マテウスは道具をテーブルにおいて、時計を差し出してきた。
金色や銀色の部品に混じって、あちこちに小さな青色の石が見える。涙のように小さな石だ。
「サファイアだ」
「……サファイア? わたしの機械式腕時計にも、サファイアが入ってるんですか?」
「ああ。私の時計にも、ソニアの時計にも、全ての機械式腕時計にはサファイアか、もしくはルビーが入っているんだ」
「ええっ! し、知らなかった! そんな高価なものがかくされてたなんて! どうしてサファイアかルビーが入ってるんですか?」
「この二つの宝石は、ダイヤの次に固い宝石なんだ。時計の中で絶え間なく動き続ける部品が摩耗して、正確に動かなくなることを防ぐため、固い宝石で受け皿のような役割をしているんだ。時計の長期的な正確性に貢献している、ということだね」
ソニアは「へえ……」とつぶやいて、時計を首から外して、両手で丁寧に持った。
見た目も重さも少しも変わらないはずだ。
それでも今はこの時計が、すごく立派なものに見えた。
わたしの時計にはサファイアとルビー、どっちが入ってるんだろう。
「ソニア。それで、ものは相談なんだが」
マテウスさんの声で我に返った。
一瞬の間、ソニアはこの場に自分と腕時計しかいないような気がしていた。
「あ、はい。なんですか」
「君のその時計を、分解させてくれないか。中に使われているのが、サファイアなのかルビーなのか知りたいんだ」
「なんてことを言い出すのよ、お父様!」
またマルチナが怒鳴り声を上げた。隣に座るルシアさんは、目を丸くしてマルチナを見ている。
「これはソニアがお父様からもらった大切な時計なのよ! それを急に分解させろだなんて! ご自分の権力をふりかざしすぎよ!」
マルチナはルシアの手から逃れて、ソニアにしがみついた。
「落ち着いてくれ、マルチナ。これはマルチナのためなんだ」
「わたしのためですって! わたしの魔力をかくしたいってこと? それなら初めてお父様と気が合ったわ!」
マテウスは困ったような、傷ついたような顔をしている。ルシアは驚いた顔をしている。その顔には、「こんなマルチナは初めてだ」と書いてある。
部屋の中をうるさいほどの静けさが支配した時、ようやくドアの外の騒がしさが耳に入ってきた。
「マルチナ様が戻ったそうだ!」
「ああ、よかった! 今はどちらに?」
「旦那様と奥様とご一緒だ」
「ケガをされているそうよ」
「早くお顔が見たいわ」
誰もがあわただしく走り回り、時にはうれしそうな叫び声をあげている人もいる。馬の足音も聞こえてくる。恐らく路地裏出会った近侍だろう。
「……みんなは、わたしが心配なんじゃなくて、わたしが失踪したりケガをしたりして、自分が怒られるのが怖いだけよ」
マルチナがポツリと言ったこの言葉に、ソニアは胸がギュッとしめ付けられた。
なんて、なんて悲しい言葉だろう。
マルチナは今まで、どれだけ我慢して生きてきたんだろう。
わたしも本当は、父さんともっと一緒にいたいと思ってる。船になんか乗らないで、行かないでって。でもそれを父さんに伝えられないのとは、ちょっと違う気がする。
マルチナは自分の考えていることも気持ちも、かくして、良い子を演じてたんだろう。それはきっと、苦しかっただろうな。
ソニアが知ってるマルチナは、「良い子」とはほど遠い。わがままで、自分勝手で、驚かされることばかりする。
しかし、笑顔がかわいく、明るく、一緒にいてすごく楽しい子だということも、ソニアは知ってる。
そういう意味では、マルチナはソニアにとって良い子だ。
ソニアはマルチナの肩を両手でそっとつかんで、自分の方を向かせた。マルチナは今にも泣き出しそうな顔をしている。その顔を見て、ソニアも泣きたくなった。
ソニアはマルチナの手を取り、ソファから立ち上がった。部屋にいる全員が、ソニアの方を見る。
「……どうしてマルチナの魔力の気配をかくしたいのか、理由を教えてください。その理由が、本当にマルチナのためだってわかったら、わたしの時計を分解させてあげます」
「ちょっと、ソニア! 言う事聞くことないわ!」
「ううん。理由によっては、わたしはこの時計でマルチナをかくして、一緒に逃げる覚悟をしなきゃならないから。マテウスさんとルシアさんが、本当にマルチナのことを思ってるか、知りたいんだ。マルチナのことが大好きだから」
ソニアが真っ直ぐにマルチナを見つめると、マルチナのサファイアのような瞳がふるりと震えた。
「だから、お二人から話を聞かせて」
マルチナはポロッと涙をこぼしてうなずいた。
「お話してもらえないのなら、マルチナのことを大切に思ってないって判断して、今すぐにでもここから逃げます」
カミラがサッとドアの前に立った。
二階の高さなら、逃げようと思えば窓からでも逃げられるけどね。窓の外にすぐにリンゴの木があるから、飛び移ればいいもの。
「……そんなにも娘のことを思ってくれて、ありがとう、ソニア」
マテウスは固めてある髪を手で崩しながら言った。髪が乱れていると、マテウスは少し若く見える。
「マルチナは幸せね、そんな風に言ってくれるお友達ができて」
ルシアはそう言って優しくほほえんだ。その表情は、今日、タイル工房で見た海の女神様に似ているような気がした。
その様子を見ていると、ソニアはマテウスもルシアも悪い人には思えなかった。
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