14.手を繋いで、船上にて2
「魔法航海士は何してるのよ」
「……あそこ」
ソニアが指さした先には、気を失ってロープに縛られている魔法航海士がいた。マルチナはあんぐりと口を開けて、「なんてこと!」とささやいた。
「それじゃあ、今この船で無事なのは、わたしとソニアだけってこと?」
「そういうことになるね。あ、でも、船長さんはどうしてるんだろう。まさか船長さんまで捕まったのかな」
「船が動いている感じがしないから、たぶんそうでしょうね」
「だとしたら、あいつらの目的は何? 船の乗っ取りじゃないってことだよね」
マルチナはちょっと考えてから答えた。
「金品じゃないかしら。言い方を選ばなきゃ、アイツらみすぼらしい恰好だもの」
「だったら金品を盗って、さっさと解放してくれれば良いのに」
「少数精鋭で来てるなら、一つ一つのことに時間がかかるんじゃない?」
「今は人を集めたから、今度は金品集めってこと? それじゃあ、またこっちに来るんじゃ……」
ソニアがそう言い終える前に、テオの声が上がった。
「狙いなんなんだ」
こんな時でもテオの声は穏やかだ。その声を聴くと、ソニアもマルチナも安心して泣きだしたくなった。そして、自分たちがそれほどまでに怯えていることに、この時ようやく気が付いた。
「金品が狙いなら、早く盗って逃げれば良いじゃないか」
「金品ももちろんだ。だが、それ以上に、俺たちはこういう状況になった時の魔法使いの対応を見ているんだ」
「俺たちの?」
「そうだ。お前たちの中で有望な者がいないか、見ているんだ」
「人攫いってこと?」
マルチナがささやく。
「魔法使いは重宝するからな、特に、お前みたいな恰幅の良い奴は」
そう言われ、指を刺されたのはカリーナだ。確かにカリーナはテオよりも身長が高く、全身が筋肉質で「恰幅が良い」という言葉が似合う。すると、マルチナが「そうよ」と弾かれたように言った。
「カリーナなら、あんなロープ、魔法を使わなくても一撃で壊せるはずだわ。なのに甘んじて縛られてるってことは、考えられる理由は二つ」
「それって?」
「一つは、相手の魔法使いに魔法を無効化されてる。そういう魔法や魔法道具があるって、お母様が言ってたの。もう一つは、機を見計らってる。わたしたちがいないせいでうまく動けけないだけで、勝とうと思えばカリーナ一人であんな悪党倒せるわ」
そんな人を相手に逃げ出していたなんて、マルチナの根性はすごい。
ソニアはこんな非常事態でも感心してしまった。
「それじゃあ、どうにかわたしたちが無事だって伝えられれば、カリーナさんが動きやすくなるってこと?」
「そうね。カリーナのことじゃ、わたしたちのこの会話にも気づいてるかもしれないけど。それでも何もしようとしないってことは、万が一、わたしたちが捕まって人質にされたらって危惧してるのかも」
ほんの小さい船の中で、一瞬上着を取りに行くだけなら大丈夫だ、と言い張り、ふたりで行動したのが仇になってしまった。ソニアもマルチナも、それを口には出さないが、心の底から反省していた。テオもカリーナもついて行くと言ってくれたのに。
「わたしたちのせいでカリーナが動けてないんだから、わたしたちがどうにかしなきゃっ。考えましょう。乗客みんなが助かる方法を」
ソニアがうなずくと同時に、悲鳴が上がった。甲板の方を見ると、乗客の一人の若い男性がロープから解放された。
「全員の財布の場所を聞き出して、中身をすべて出せ。それから、それぞれの部屋に行って、金品を集めるのを手伝え」
男性は真っ青な顔でうなずく。
「待て。それなら俺でも良いだろ」
テオがそう言うと、悪党の一人が鼻で笑った。
「魔法使いをみすみす開放すると思うか」
「それなら魔法を無効化するこのロープで縛ったまま連れていけ。そうすれば何もできないだろう。その人は解放しろ」
マルチナが「やっぱり」という顔をした。あのロープが魔法道具ということだ。
「それもそうか。おい、まだロープはあるか?」
「あるけど、本当にソイツを連れて行くのか。俺が思うに、ソイツは俺たちからあれこれ話を引き出したり、会話をさせているように思える。まるで誰かに伝えるみたいに」
悪党の魔法使いが辺りをじっくりと見回しながら言った。
ギクリとしたソニアとマルチナは顔を見合わせ、じりじりと階段から離れ始めた。
「何っ! それじゃあ、捕らえ損ねた奴がいるってことか」
「そうかもな。この小さい船じゃ、見つけるのは簡単だろうが」
ソニアは心臓が止まりそうになった。
その時、マルチナが指を擦って「極彩色の鏡を見せて!」とささやいた。するとどうだろう。
ソニアの視界はみるみるうちに低くなっていった。どんどん床板が近づいてくる。目の前のマルチナもどんどん変化していく。人間の顔に長いヒゲが生えてきて、金色の美しい髪に丸い耳が生えてきて、鼻は引き延ばしたようにとんがっていく。
一体何が起こっているというのだろう。
別の不安が生まれたが、ソニアは決して声を出さなかった。そして、「痛いっ」と思った次の瞬間、ソニアの目の前には、顔立ちの整ったネズミがいた。
「ネッ、ネズミ!」
そう叫ぶ前に、小さなネズミの手に口をふさがれた。
「しーっ! あいつらに見つかっちゃう!」
その声はまさしくマルチナだ。ソニアは心臓をバクバクさせながら、口をふさいでいるマルチナの手を外した。
「マ、マルチナ?」
「そうよ。ネズミなら一匹くらいいるでしょうから、不審に思われないでしょう。ああ、うまくいって良かった!」
「マ、マルチナ、これって」
ソニアがネズミになった小さな手を震わせると、美人なネズミになったマルチナがうなずいた。
「わたしの魔法よ。ソニアにもかけたの。ごめんね。すぐにかけなくて。うまくいかなかったらどうしようって思って、ためらっちゃったの」
「そ、そんなことないよ。ありがとう」
甲板に続く階段は、巨大な壁のように見える。ソニアはまたドキドキしてしまい、胸に下がっている懐中時計を握ろうとした。そして、「えっ!」と声を上げた。なんと時計までもが小さくなっているのだ、ネズミの姿になった体にぴったりの大きさに。
ソニアが口をパクパクすると、マルチナはちょっと困ったような顔でうなずいた。
「目と声以外は変えるって言ったでしょう」
「み、身に着けてるものも?」
「そうよ。そうじゃなきゃ、馬に変装する時に、カリーナが全部脱いでることになっちゃうじゃない」
フフッと笑いあうと、少しだけ緊張がほぐれた。それに何よりも、ソニアは時計が一緒であることが嬉しかった。
「さて、これで見つかるまでに時間は稼げるけど、状況は何も改善してないわ。ここからどうしましょうか」
その時、足音が階段の方に近づいてきた。ふたりは手を繋いだまま壁に張り付いて身を隠した。
階段を下りてきたのは、悪党の男一人と、テオではない若い男性だ。
「さっさと歩け!」
悪党が男性をせっつくと、マルチナの目が怒りで燃えていく。ソニアは「落ち着いて」とネズミの耳にささやいた。
「アイツがいない間が勝負でしょう」
「……そうね、ごめん」
「ううん。気持ちはわかるから」
ソニアとマルチナは繋いでいる手の力を一層強めた。
「ひとまず上の状況を見てみよう。残ってる悪党は、たぶんあの魔法使いだけだよね」
「たぶんね。みんな無事だと良いけど」
ふたりは手を繋いだまま、立ちはだかる階段を見上げた。
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