9.魔法使いの話、アンカー宅にて2
「ラファエルさんにお伺いしたいのは、テオ先生も言った通り、魔法の気配を隠すものには、自然物の他に人間やその他の原因があるかということです」
「それを知るのも、両親のためか? それとも単なる好奇心か、何か事情があるのか。それを答えねえと俺は何も話さねえ」
「さっきも言った通り、家族のために知りたいんです。両親は、魔法協会で働いていて、魔法使いの権利や安全な生活について、常に考えています。だからこそ、娘であるわたしが犯罪に巻き込まれてほしくないと考えています、被害者としても、加害者としても。悲しいことだけど、魔法使いはわたしが思っているよりもずっと狙われやすい存在だと最近知りました。差別を受ける対象だってことも」
ビアンカの表情が悲痛なものに変わる。ホルストのことを思い出しているのだろう。
「だから、わたしが魔法使いだってわからないようにするために、魔法の気配を隠す必要があるんです。誰にも心配をかけないために。だから、どうか、わたしたちの調べたことについて、何でも良いので教えてくれませんか?」
ラファエルに投げかけるように話すマルチナは、ソニアにはとても大人びて見えた。
マルチナは相変わらずなところもあるが、両親と和解し、様々なことを真剣に学ぶようになってから、時々大人びた顔をするようになった。
ソニアはそんなマルチナを尊敬していた。変わろうとしているのだ、マルチナは。
ラファエルは、じっくりとマルチナを見た。そして、動かしていた手をマジパンに伸ばした。
「今の俺の知識では、確定した話としてはできねえけど、それでも聞くか?」
マルチナはパアッと笑顔を輝かせて「はいっ」と答える。
「まず前提として質問だ。魔法の気配を隠すだけで、お前は犯罪の危険から護られるのか?」
「いえ。気配を隠す以外に、外に出る時はなるべく変装の魔法を使うようにしています。犯罪には魔法使いが起こす魔法犯罪と、人間が起こす犯罪と、二者が結託して起こす魔法犯罪がありますから、人間の目は変装で欺けます」
「そもそもなぜ魔法使いは、変装の魔法なんてものを使うと思う? 目と声以外を変えるなんて、かなり高度な魔法だが、使えない奴はほとんどいない」
「……差別されているから?」
ラファエルは「そうだ」と吐き捨てるように答えた。しかしすぐに冷静な態度に戻り、淡々と話し出した。
「五百年ほど前までは、魔法使いの割合は総人口のたった一割だった。魔法というものは、魔物や魔獣が使う超自然的な力だと思われていた」
ソニアはさっき見た電気を操るチョウという鳥を思い出した。
「だから、その超自然的な力を持つ者、しかも数が少ないとなると、当然不審に思われ、差別の対象となった。ひょんなことで魔法を使ってしまえば、たちまちその身は危うくなった。しかも手が魔法を発するとわかると、人間たちは魔法使いの手を」
「表現を考えて話しなさいよ、ラフィ」
ビアンカが大声で釘を指すと、ラファエルは一度黙った。
「……手を使えないようにしたんだ。方法はまあ、それぞれで想像しろ」
恐ろしい想像をして気分が悪くなったソニアは、お腹からせりあがってくる何かをお茶で押し戻した。
「で、でも、昔の魔法は、杖で使ってたって、前に本で読んだわ」
マルチナの言葉に、ラファエルは右手を振った。
「それはもう少し魔法使いが増えてからの話だが、今はややこしくなるから良い。話を戻すと、魔法使いたちは自分たちの身が危ういことを察した。だから、変装の魔法を生み出したんだ。常に背格好や姿、動物なんかに変えることで、身を護ろうとしたんだ」
マルチナも最近ようやく動物に変装できるようになった。一番好きだというメスのヒョウに化けた時も、目はマルチナと同じサファイアの色をしていて、とてもきれいだった。しかしその姿を思い出しても、今のソニアには何の慰めにもならなかった。
「しかし、それだけじゃ足りなくなったんだ、身を隠す手段が。なぜかわかるか?」
ソニアは首を振り、マルチナは唇をかみしめ、恐る恐る答えた。
「……魔法使いは魔法の気配がお互いに見えるから?」
「そうだ。そして、それを逆手に取り、魔法使いの中に、人間側に寝返った人がいるんだ。魔法を売りに、時の権力者の懐に入ったり、それこそ犯罪組織に加わったり。人智を超える力を持つ者は、恐れられ差別されもするが、重宝もされるわけだ。それで、魔法使い同士は魔法の気配で、互いが魔法使いだとわかるから、変装しても意味が無くなってしまったんだ。人間だけは欺けるけどな」
「だからラファエルさんは、魔法使いの魔力の気配を隠す物を探す研究をしたんですか?」
ラファエルは「そういうことだ」と答え、またマジパンを口に入れた。
「俺の母は、魔法犯罪者によって殺された」
その場にいた全員が、もごもごと話すラファエルの言葉に息を飲んだ。
「潜入捜査していた犯罪組織に、魔法使いがいたんだ。気配でバレて、あっさり殺されたそうだ。死体はない」
「ちょっとラフィ、そこまで話さなくてもいいでしょ」
「むしろ話した方が良いだろ。コイツは両親のために身を護ろうとして、俺に話を聞きに来たんだ。俺の本に興味を持ったなら、書くに至った経緯を話す必要があるだろ」
「そうだとしても、さっきも言ったように、言葉を選びなさいよ」
「大丈夫です。むしろ、お母様たちの話がより一層納得できました」
マルチナはラファエルを真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度でそう言った。その手は小さく震えている。ソニアは、マルチナの手をそっと握った。
「それで、俺は魔法の気配自体が無くなれば良いと思った。でもそんな考えは、子どもじみたワガママだ。魔法の気配自体、どんなものなのかまだ判然としてないんだ。そんなもんをどうやって無くせる? 八方ふさがりで、半ば諦めてた。そんな時に、ある日記を見つけたんだ」
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