14.散策、再び港町にて3
さすがに踊り疲れたマルチナは、どこかで休もうと言った。
「お日様を浴びながら、ゴロゴロしたいわ」
今日は雲ひとつないサファイアのような空が広がり、真上から少し移動した太陽は、未だにギラギラと街と海を照らしている。額に汗がにじんできた。暑いがお日様浴びるのは気持ちよさそうだ。
「それなら港に戻ろう。わたしはよく石段の上で横になるから」
「わあ、町娘って感じ! やりましょう、やりましょう!」
マルチナはダンスの疲れをすっかり忘れたように、飛び跳ねて喜んだ。
しかし港に着いて、カモメとウミネコに囲われると、とたんにマルチナは怒り出した。
「こんなに鳥がいるなんて聞いてない!」
カモメとウミネコはザッと数えても五十羽以上いて、青い空の中を、白い流れ星のように飛び回っている。
「エリアスさんの見送りの時は、こんなにいなかったじゃない!」
「人が動き出すと、食べ物が街にあふれるから。お腹を空かせた鳥たちが、食べ物目当てで集まってくるんだよ」
港にいる観光客たちも、必死にサンドイッチやバゲットをかばいながら食べている。そうまでしてでも見たくなるほどに、この町の海はきれいなのだ。
「それじゃあわたしの頭がおいしそうってこと?」
マルチナはソニアとつないでいるのと反対の手で、耳の後ろの髪を指にからませた。
あ、またこの仕草だ。
「ハハッ、そうかもね。ねえ、その髪を触るのって、マルチナのクセ?」
「絵になる仕草だよね」という言葉が出そうになり、ソニアは慌てて口を閉じた。
マルチナは自分の手を見てから、「そうね」と答えた。
「触ってると落ち着くの」
「確かにマルチナの髪って絹みたいにツヤツヤだから、触ってると癒やされそう」
「髪のお手入れは一番がんばってるからね! 鳥たちが夢中になるのもわかるわ」
少し体の大きなカモメが、からかうようにマルチナのきれいな頭をかすめるように飛んでいく。マルチナはほほをふくらませて、「もーっ!」とその場でジタバタ暴れた。
「どうする? 場所変える?」
「カモメは気になるけど、気持ちはいいわよね……」
マルチナが指に髪をクルクルからめて「うー」とうなった。
その時だった。
突然、「マルチナ!」と後ろから声が聞こえてきた。
そしてふたりが振り返る前に、マルチナの肩が後ろからガシッとつかまれた。
「マルチナだろう!」
ソニアとマルチナは驚きすぎたあまり、逃げたり隠れたり、何かを答えたりすることもできなかった。
マルチナの肩をつかんでいる人は、肩を持ったままぐるりとマルチナの正面に回ってきた。
その人の顔を見て、ソニアは息をのんだ。
マルチナにそっくり!
銀色の長い髪も、自信に満ちた大きな目も、驚いた時の表情すらも。
チラッとマルチナの方を見ると、マルチナは目の前の男の人と同じ顔で驚いていた。
「お、お父さま……」
「やっぱりマルチナだな。何してるんだ、こんなところで」
マルチナのお父さんだという人は、マルチナと顔を合わせるためにわざわざかがみ込んだ。仕立てのいいスーツのひざを地面についている。
「……さ、散歩よ」
「近侍も連れずにか? それに魔力が感じられないぞ。どういうことだ?」
マルチナはくちびるをギュッとかんで黙り込んだ。
マルチナのお父さんは怒っているというよりも、困惑しているようだった。そしてソニアがいることにようやく気がつくと、ニコッとほほえんできた。
「君のことも驚かせたね。すまない」
「あ、いえ。……あの、どうして、マルチナだってわかるんですか? 近侍の人は見つけられなかったのに」
ソニアの言葉で、マルチナもそろそろと顔を上げた。
マルチナのお父さんはほほえみを浮かべたまま、肩をすくめた。
「いくら魔法使いが魔力の気配で個人を見分けるとしても、親なら自分の子どもの声とクセくらい覚えているものさ」
そう言って、片目をパチンと閉じるマルチナのお父さんは、マルチナから聞いていたよりもずっと優しそうに見えた。
「いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず場所を変えよう。マルチナ、家に帰ろう」
マルチナは身をよじってお父さんの手から離れると、ソニアにガシッとしがみついてきた。
「い、いやよ。今日は、今日だけは、ソニアと遊ぶの! ふつうの女の子みたいに」
マルチナの声は震えていた。手も体も震えている。
マルチナのお父さんは、困ったように眉をハの字にして黙り込んだ。その顔もマルチナと似ている。その顔を見たソニアは、マルチナのことも心配だが、マルチナのお父さんのことも心配になってしまった。どうやらソニアは、この二人が悲しんでいるのに弱いようだ。
「……ねえ、マルチナ。わたしも一緒に行くって言ったら、帰る?」
マルチナは「ウウゥッ」と、反抗的なオオカミのような声を上げた。
「こんなかっこうで、おじゃましたら悪いかもしれないけど……」
そろっとマルチナのお父さんを見上げると、ホッとしたような顔をしていた。
「素敵な刺繍入りのワンピースじゃないか。君さえ良ければぜひ来てくれ」
「……本当に、ソニアも来てくれる?」
「うん。今、マルチナのお父さんにいいよって言ってわれたからね」
マルチナはソニアの腕にしがみついて、「……わかった。……ソニアと一緒に行くわ」とささやいた。
それと同時に小さく手を叩いて、変装の魔法を解いた。
やっぱり本当の姿の方がお父さんとよく似てるな。
「ありがとう、お嬢さん、それからマルチナも。それじゃあ馬車を待たせてるから、乗り場まで行こうか」
そう言われて初めて、マルチナのお父さんの足元に大きなカバンが三つもあることに気がついた。
「一つ持ちましょうか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
マルチナのお父さんは軽々とカバンを持ち上げ、ふたりの前を歩き始めた。その背は、ソニアの父さんよりも大きい気がした。
「行こう、マルチナ」
「……ごめんね、ソニア。巻き込んで」
「いいよ、別に。わたしの家も紹介したんだから、マルチナの家も紹介してよ」
マルチナは少しだけ笑って、「うちなんかで良ければ」と答えた。
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