第2章
1.到着、初めての国
テオに導かれ、ソニアとマルチナとカリーナは船を降りた。降りてすぐに目に飛び込んでくるのは、赤いレンガでできた巨大な倉庫群だ。空に三角に伸びる屋根を持つ倉庫群の前では、人々が声を上げながらせわしなく動き回り、積み荷を解いている。活気のある港の雰囲気だ。
「さて、それではまずはラファエル・アンカーが在籍していたという大学に行こうか。大学には手紙をお送りしているから、俺たちが今日訪ねることは了承済みだ」
「テオさん仕事が早いですね」
ソニアの言葉に、テオはパチンと目を閉じた。
「このくらいは当然だよ。滞在が滞るといけないからね」
テオは苦笑いをしながら、「ただでさえ難航すると思うから」とつぶやいた。一体どういう意味だろう、とソニアが首を傾げてマルチナを見ると、マルチナも肩をすくめた。
恐らくテオは聞けば答えてくれるだろうが、今はやめておこうとソニアは決めた。人が多すぎて話どころではないのだ。
ソニアたちは、テオが事前に手配した馬車に乗り込み、ルフブルク大学へ向かった。ルフブルクはこの港町の隣にある第二の首都で、ルフブルク大学は国で一番優秀だそうだ。馬車の中でテオが教えてくれた。
「特に有名なのは史学科で、ラファエル・アンカーも在籍しているそうだよ」
「えっ、それじゃあ史学の観点から、魔法使いの魔術を隠す方法に関する本を書いたってこと?」
「そのようだね。まあ、あの大学に籍を置いていたくらいだから、専門がいくつもあったんだろうね」
史学が何かわからずソニアがポカンとしていると、カリーナがそっと「歴史を学ぶと言う意味です」と耳打ちをしてくれた。カリーナのこのような気遣いに、ソニアはいつも感心した。よく周りを見ていて、気が利き、相手をおもんばかることができる。ソニアも、将来はカリーナのような大人になりたいと思った。
ルフブルク大学の道すがらにある宿屋に荷物を置いて行くと、直に目的地に到着した。ルフブルクの道はゴツゴツした石畳ではなく、高さのそろったレンガだからか、馬車が素早く走れるようだ。マルチナは窓から身を乗り出し、銀色の髪を馬車の後ろになびかせた。
「あの目の前のがルフブルク大学ですか?」
マルチナの無邪気な声に、御者が「そうですよ」とご機嫌に答えるのが聞こえてきた。マルチナはソニアの方に向き直り、「ソニアも見て!」と声を弾ませた。そこでソニアも反対の窓から顔を出してみた。そして思わず「おおっ!」と声を上げた。
ルフブルク大学は「荘厳」という言葉がぴったりの大学だった。
青色を帯びた灰色の石で作られた建物には、いくつもの尖塔がある。まるで彫刻が施された針山のようだ。その一つひとつには数えきれないほどの窓が付いていて、中の人が動いている様子がなんとなくわかった。たくさんの人がいるのだろう。
連絡も取らずにここに来たら、きっとラファエル・アンカーを探すのに十年以上かかっただろう、とソニアはゾッとした。
「すごいわよね、ソニア!」
マルチナの声が馬車の屋根を超えて聞こえてくる。ソニアも声を張り上げて「ほんとうに!」と答える。するとテオとカリーナにふたりとも馬車に引き戻されてしまった。さすがにお行儀が悪すぎたようだ。
「危ないだろう、ふたりとも」
「だってだって、あんなへんてこな建物初めて見たわ! 外国って面白いのねえ。わたし、いろんな国に行きたいわ!」
「それならお父様たちのお仕事に同行されたら良いんじゃないか。きっと喜ばれるよ」
「それも楽しいだろうけど……」
マルチナと目が合う。マルチナは魅力的な目を三日月型にして微笑んだ。
「ソニアも一緒じゃなきゃつまらないわ!」
「……もう。そんなことばっかり言って」
ソニアが顔を背けると、マルチナは満足そうに声を上げて笑った。
わたしをからかうのがすっかりうまくなったんだから。
大学に到着し、門番と話をすると、少し嫌な顔をされたもののあっさりと中に入ることができた。案内係について長い廊下を歩いて行く間、マルチナが小声で話し出した。
「さっきの門番さん、わたしたちが嫌っていうよりは、ラファエル・アンカーさんが嫌って感じだったわね。名前を出した途端に態度が変わったもの」
「やめてよ、不安になること言うの。変わった人だったら困るじゃない」
「あら、ソニアにしては弱気ね。大丈夫よ。テオ先生もカリーナも一緒だもの」
「だってわたし、まさか自分が大学なんて場所に来る日が来るなて思わなかったから。教授って人も、物語の中だと厳しい人が多いし」
「まあ、変わり者が多いとは聞くわよね」
「でしょう。ちょっとでも機嫌を損ねたらって思うと、緊張するよ。マルチナにとって大事なことがわかるのかもしれないし」
ソニアの言葉に、マルチナは嬉しそうにニンマリした。
学生たちは講義を受けている時間なのか、建物の中には人がほとんどいない。つやつやした大理石の床は、五人分の足音をよく響かせた。
「でも一応手紙は書いたわけだし」
「本人から返事は来てないんだよ」
「でもここに来て良いですよ、って大学からは返事があったんだから、きっと大丈夫よ」
「……まあね」
ソニアがチラッと後ろを歩くカリーナの方を見ると、カリーナはニコッと笑ってうなずいてくれた。
案内係が立ち止まり、「こちらです」と言った。「研究室・ローデンバルト」と書かれた部屋だ。金のドアノブにはカスミソウのドライフラワーがかけてある。それを見てソニアは少し安心した。
花を飾る人に、根っからの悪はいないんじゃないかな。
案内係は「それでは」と言って、もと来た廊下を引き返していった。
「それでは、今からラファエル・アンカーに繋がりがある方とお会いするけど、準備は良いかな?」
「もっちろん。いつでも良いわ!」
「ちょっと待ってください」
ソニアは胸に下げてある懐中時計を握り締め、深呼吸をした。
大丈夫、父さんと母さんもついてる。
そう言い聞かせ、「大丈夫です」と言うと、テオは笑顔でうなずいた。そして、ドアを三回ノックした。
「どうぞー」
中から明るい声が応じた。
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