7.対面、離島にて
それから星が降る夜を過ごし、朝日とともに船は離島に到着した。
ソニアたちの他に乗客は三組。みんな新婚旅行のようだ。彼らは港のすぐそばにある宿屋に荷物を預けに行った。一方ソニアたちは突然の出発だったため、荷物はほとんどない。馬車乗り場まで行って一台を貸し切ると、ラファエルの実家に向けて出発した。
「ルフブルクとは全然違う雰囲気ね。緑豊かだわ」
マルチナは小さな窓ガラスに瞳を押し付けて窓の外を見た。空を貫く槍のような細長い木々が生い茂る森は、道という道がないようで、馬車はがたがたと揺れる。そのせいで、マルチナの真珠のような額は、ゴチゴチゴチと小刻みに窓枠にぶつかっている。
「この島は発展・発達とは程遠いかもしれませんね。住民は千人以下。宿屋も商店も一つずつしかありません」
「こういうところも良いですよね。あ、鳥がいる」
ソニアはマルチナとは反対の窓から外を見た。カリーナが、その鮮やかな黄色い鳥を、「チョウ」という名前の魔法鳥だと教えてくれた。電気を操る魔法を使うらしい。
「こういうところなら、論文を書くのははかどりそうですね」とテオ。
「書くのだけなら、ですね。実際は、ラファエルの専門じゃ引きこもってちゃダメなんですよ」
「史学でしたよね」
「ええ。それも戦記史」
「戦記ってことは戦争の記録ってことですよね」
マルチナは窓の外を見ながら尋ねる。
「ええ。彼の場合は特に、民衆の戦記を研究しているんです。支配階級の戦記ならもう調べつくされてますから」
ビアンカは「結論はだいたい同じですし」と皮肉っぽく笑った。
「確かにそうなると、外に出る必要がありますね。資料集めはもちろん、当時を知る人から話を聞かなければなりませんし」
「そうなんです。……早く、克服してくれると良いんですけど」
そう言って、ビアンカはまた遠い目をした。その目は御者席に座る御者の頭が見える小窓を捉えている。しかし窓の外を見ているとは思えない。
きっと、ラファエルのことを考えているのだろう。
ソニアはなんとなくそう思った。そして、これからラファエルと会うのが少し不安になった。
「傷」、「克服」、どちらも不用意に触って良い言葉ではない。ビアンカはソニアたちに忠告のつもりで使っているのかもしれない。
余計なことは言わないようにしなきゃ。
ソニアはそう心に決めた。
やがて馬車の速度が落ちて行くと、御者がこちらを向いて小窓を引き上げた。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、ここで待っててください」
「本当に待ってた分だけ払うんだろうね」
「もちろんよ」
ビアンカは膨らんだ自分の財布をサッと見せて、すぐにカバンにしまった。すると御者は納得し、タバコをふかし始めた。似つかわしくないタバコの匂いを感じながら、ソニアは辺りを見回した。
相変わらず細長い木々に覆われた森の中、目の前には湖のような池のようなものがあった。その中央にちょっとした陸があり、その上に家がある。そこまで行くには細いつり橋を渡らなければならないらしい。手を繋ぐマルチナが、「ちょっと怖いわね」とつぶやいた。
「前はボートしかなかったらしいから、マシな方ですよ」
ビアンカは苦笑いをして、橋を渡り始めた。一人が足を踏み入れるだけで、橋はギイギイと音を立てる。ソニアは泳ぐのが得意だが、マルチナは濡れることが好きではない。鼻の上にしわを寄せている。その表情に、ソニアはプッと笑った。
「守護の魔法を試してみては?」
カリーナの言葉で、マルチナの鼻の上のシワはすぐに消えた。
「良い考えだわ、カリーナ! ありがとう!」
マルチナはすぐに右手の親指と小指を擦り、「強固な盾を」と唱えた。すると、マルチナの体が一瞬パッと光った。
「今ので魔法成功?」
「ええ。最近は魔法の成功率がうんと上がったの! お母様の指導のおかげね!」
マルチナは嬉しそうにその場でくるりと回り、「うんっ。大丈夫」と拳を握り締めた。
ビアンカを先頭に、テオ、マルチナ、ソニア、カリーナの順に橋を歩いて行く。五人分の重みで、橋は深く軋み、ギイギイと音を立てる。ソニアは心もとないロープを手で掴みながら、「どうか壊れませんように」と願った。
橋を渡り切ると、組み木の家が五人を出迎えた。白い壁に深い茶色の渡し木はとてもおしゃれだ。窓には鈍く光る窓ガラスがはめてある。昔の建築に使われていた質の悪い窓ガラスとよく似ていた。しかし、しっかりと磨かれているおかげで、家の中をなんとなく見ることができた。明かりがついている部屋はなく、シンッと静まり返っている。
ここまで来て、誰もいなかったらどうしよう。
ソニアがそんな不安に駆られたその時。
ドンドンドンッ
ビアンカが大きな音を立ててドアを拳で叩き始めた。
「ラファエル! いるんでしょう! エルザから聞いたわ! 出てきなさい! お客さんがわざわざ来てくれたわよ!」
そう叫ぶ間も、ビアンカは手を止めない。
ソニアとマルチナは耳を手で塞いで、顔を見合わせた。まるで寝ている巨人を起こすような勢いだ!
「ラフィ! 出てこないと、ドアを壊すよ!」
本当にドアを壊しそうな勢いだ。
すると、カチャッと鍵が開く音が鳴った。そして、ビアンカがドアから一歩離れると、ゆっくりとドアが開いた。
「……ドアが壊れるのが先だ」
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