4.出会い、ファル時計店にて
大学を後にすると、馬車の中で、テオから改めて今後の説明があった。
「さっきも話した通り、この後はファル時計店に行こう」
「エリアス父さんがこの時計を買ったお店ですよね」
「うん。製造番号を見れば職人がわかるかもれないから、その職人に、マルチナの名前は伏せて、俺の事情ってことで話してみよう。魔力を隠すことについて、何かヒントが得られるかもしれない」
今回の滞在期間は十日間。余裕があるように思えるが、ラファエルに会えないという予想外の出来事があり、計画はすでにズレてしまった。しかもホルストという面倒な教授もいることがわかった。マルチナたちが魔法使いだとわかったら、ホルストの態度が急変するとも限らない。
マテウス達の分も役目を果たすためにやって来たテオは、ベンノやビアンカの前では気丈に振舞っていたが、現状に苦心しているようだった。眉間に深いシワがついている。整った顔が台無しだ。
何か自分にできることはないか。ソニアがそう考えた時だった。
「時計作りをしてるところも見れるかしらね。楽しみ! 素敵な時計があったら買っちゃおうかしら」
マルチナが無邪気な声を上げた。ソニアは「ちょっとマルチナッ」と言い、マルチナの手を引っ張った。
「なあに、ソニア?」
「なあに、じゃないよ」
ソニアがハラハラしながらテオの方を見ると、眉間からスッとシワが消えたテオが笑い出した。
「良いアイディアだね、マルチナ。俺も新しい時計を買おうかな」
「良いでしょう。ソニアの時計も素敵だから、きっと良い時計がたくさん売ってるわよ」
楽しそうに話すマルチナとテオを見て、ソニアは拍子抜けてしまった。
テオとマルチナは、ソニアとマルチナ以上に長い関係がある。マルチナはテオが自分のために苦心していることを理解し、重い空気を壊すために、気を使ったのかもしれない。ちょっとやそっとじゃ怒ったり、嫌いになったりすることはないのかもしれない。
「おふたりはいつも冗談ばかり言い合っていますよ」
カリーナにそうささやかれたソニアは、「良い関係ですね」と笑顔で答えた。
ファル時計店は、目抜き通りから少し離れた小さな商店の通りにあった。懐中時計を模した看板が飾られ、入口はアーチ型をしたステンドグラス。小さい店だが素敵な雰囲気だ。
「素敵な店だね」
「ほんとね。さすがエリアスさん!」
マルチナとテオの話を聞きながら、ソニアの心臓は興奮でどんどん早く動いて行った。
こんな素敵な店で作られた時計だなんて、……素敵すぎる!
「あれ、お客さんですか?」
四人の前にヒョコッと現れたのは、ソニアとマルチナと年の変わらなそうな女の子だ。革製のリュックサックを背負っている。
「ああ、このお店に時計を見に来たんだ。それから、店主さんに話をしたくて」
「そうだったんですね。それなら遠慮なく入ってください。父さんならいますから」
「父さん、ということは君はここの子なのかい?」
「はい。ユッタって言います」
ユッタは「どうぞー」と言いながら入口のドアを開けた。その後ろ姿を見たソニアは「時計!」と声を上げた。その場にいた全員がビクッと飛び上がる。
「カバンに! 素敵な時計、つけてるのね!」
「えっ? ああ、校章のことか。これは時計じゃなくて、校章なんだ、ルフブルク時計職人学校の」
「時計学校!」
ソニアはますます大きな声を上げた。まさかこんなにすぐに時計学校の生徒に会えるなんて! 聞いてみたいことが山ほどある。
爛々と目を輝かせるソニアの考えに気が付いたユッタは、ニコニコしながらソニアに歩み寄ってきた。
「お連れのお兄さんが父さんと話をしてる間、ちょっと話そうよ。学校に興味あるんでしょう?」
「えっ、いいの!」
「もちろん。そっちの子も一緒にお話ししよう」
マルチナは笑顔で「ええ」と答えた。
ユッタに導かれて店に入ると、全員が「わあ」と声を漏らした。
時計店はありとあらゆる時計が、所狭しと置かれていた。壁は細かい木製細工が施された鳩時計が覆いつくし、ショーウィンドウの中には懐中時計がいくつも並べられている。他にもマントルピースの上が似合う金色の置時計や、お金持ちの家にありそうな大きな振り子時計、それから古い時代の水時計や、鮮やかな色を付けた砂時計など、様々な種類の時計が並んでいる。ソニアには夢のような空間だ。
「父さーん、お客さんだよー!」
ユッタの声で、カウンターの向こう側から人がヒョコッと現れた。ユッタによく似た優しそうな男性だ。
「父さんとお話したいお兄さんと、時計職人学校に興味がある女の子」
「それは嬉しいお客さんだ。いらっしゃいませ」
「ごめん下さい。実は彼女が持っている時計を、以前こちらで買ったんです」
テオはソニアの背中をそっと押した。ソニアは首から下げている時計を外して、ユッタの父親に見せた。
「五年前くらいなんですけど」
「ああ、青色を基調にしたブルーデザインの時計だね」
「はい。中にサファイアが入ってる」
「おや、そこまで知ってるのか」
「時計に関してはてんで素人ですが、分解させていただいたんです。それで、今日はこの時計についてお伺いしたいことがあってまいりました。少々お時間いただけますか?」
「今はお客もいないし、大丈夫ですよ。どうぞ、こちらへ」
「わたしたちは奥で話してるね」
ユッタはソニアとマルチナの手を取り、カウンターの跳ね上げ戸を足で開けて、椅子と小さなテーブルが置いてある小部屋のような空間にふたりを押し込んだ。母さんのレースづくりの部屋みたい、とソニアは思った。
「ここ、わたしの仕事部屋なの。まだ見習いだから小さいんだ」
「でも小さいと安心感があるわね」とマルチナ。
「わかる? わたしも体が大きくなるまでは、この大きさで良いなって思ってるの」
ユッタはニシシッといたずらっぽく笑った。そしてすぐに「わっ!」と声を上げた。ソニアとマルチナの背後に、カリーナが立っているのに気が付いたのだ。
「お、お姉さんも聞きたいの?」
「はい。ぜひ拝聴したいです」
「はいちょう?」
「興味があるんですって、ユッタの学校に」
自分よりも年上のお姉さんに興味を持たれたユッタは、少し得意げな表情になった。
「ふふふ、それじゃあ、何でも聞いてよ! ユッタが答えてあげる!」
子どもたちの行方を見守ったテオとユッタの父さんは、店の中にある来客用のイスに向かい合って座り、話を始めた。
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