23.旅立ち、船上にて2
その後の話し合いで、ソニアの懐中時計が作られた国への出航が決まった。これはテオの提案だった。
『ラファエル・アンカーは、ソニアの機械式時計が作られた国に住んでいます。いっそのこと彼に直接会いに行って、話を聞くのはどうでしょうか。そうすれば、時計の製造元にも行くことができます。マルチナの魔力をかくすのが、時計に使われるサファイアかどうかも確認できるかもしれませんよ』
マテウスはこれを名案だとして即採用。その日のうちに、ソニアの家を訪ね、母さんへの交渉をした。
楽観的な母さんはすぐに了承してくれたが、さすがにさみしそうだった。父さんがいない上に、ソニアまでいなくなるとすれば無理はない。ソニアも母さんを一人にするのはいやだと思った。
作り笑顔をしている母さんの手をそっと握ると、母さんは涙をこらえた顔でソニアを見た。ソニアは笑顔でうなずき、マテウスを見た。
『あの、マテウスさん。あと三週間経ったら、わたしの学校は夏休みになるんです。そしたら父さんが帰ってくるので、出発は父さんが戻ってきてからじゃダメですか?』
『ちっとも構わないよ。では、出発は三週間後にしよう。ソフィアさんもよろしいでしょうか?』
『お心遣い感謝しますわ』と答えた母さんの顔はホッとしていた。誰だって一人はさみしいよね、とソニアは思い、母さんの腰にギュッと抱きついた。
『こちらこそ、お嬢さんを同行させてくださること、感謝いたします。それから、これは私事なのですが、実は、わたしはソフィアさんの伴侶であるエリアスさんと知り合いでして』
『昔お父様が家を抜け出した時に、エリアスさんがかくまってくださったんですって』
マルチナの言葉に、母さんは「まあ!」と声を上げた。
『ひょっとしてエリアスが町の料理屋で働いていた頃ですか?』
『はいっ。ツバメ船長の店です』
『エリアスから聞いたことがありましたわ。魔法使いのかわいらしい少年と友達になったことがあるって』
「友達」という言葉に、マテウスの目がきらりと光った。
『まさかルチア、じゃなかった、マルチナのお父様のことだったなんて。なんだか不思議な縁で結ばれているんですね、うちとお宅は。帰ってきたら、エリアスにマテウスさんの話をしますわ。二人で訪ねます』
『ぜひお越しください。あの時のお礼をたっぷりしたいので』
母さんとマテウスさんは笑顔で握手を交わした。
本当に父さんとマテウスさんは知り合いで、わたしとマルチナみたいに出会って、仲良くなったことがあったんだ。
『……なんだか、運命みたい』
いつの間にか口を出た言葉に、ソニアは自分で少し恥ずかしくなった。手の甲を赤くなった顔に当てると、ニマニマしたマルチナと目が合った。
マルチナがうれしそうだから、まあ、いいか。
それから出発までの三週間は、ソニアは日曜日には必ずマルチナと遊ぶようになった。出発前までに身を護る魔法を身につけなければならないため、マルチナの外出は許可されなかったのだ。しかしマルチナもこれには反発しなかった。今までの怒りはすっかり無くなったようで、ルシアにつきっきりで魔法を教えてもらえるのがうれしくてしかたがないようだった。
マルチナの休憩時間を待つ間に、ソニアはお屋敷に住んでいる魔法使いの子どもたちとも友達になった。
『マルチナー! 遊びに来たよー!』
近侍であるセルジオとともに玄関を通り抜けると、二階に通じるドアと、中二階に通じるドアが同時に開いた。
『いらっしゃい、ソニア!』
『ソニア! ぼくたちとも遊ぼう!』
両方のドアから波のような人たちが押し寄せてきて、ソニアは慌てて「順番ね!」と言った。セルジオも「ソニアさんを困らせてはいけません!」と言って、子どもたちから守ってくれた。
魔法使いの子どもたちは、いろんな魔法を披露してくれた。指をこすって呪文を唱えると、パチパチ音が鳴るきれいな花火が出たり、突然クッキーが現れたり、イルカに変身してプールに飛び込んだり。しかし簡単なことはできないことが多かった。ソニアが裁縫や料理をしてみせると、すごいと言って褒めてくれた。
『――そういえば、わたしたちの出航にはテオ先生と、近侍のカリーナが同行することになったわ』
出発前最後の日曜日、砂浜のパラソルの下でオレンジジュースを飲んでいる時に、マルチナが言った。
海では子どもたちが魔法を使ったボール遊びをしている。海の中にボールを絶対に落とさない、というルールらしく、ボールはずっと宙を舞っている。時々イルカに変装した誰かが、砂浜までボールをけり上げてしまうことがあるため、そういう時はソニアが投げ返してあげた。
『マテウスさんたちは行かないの?』
『行く気満々だったわ。でも魔法中央局の会議がちょうど同じ日程で行われることになって。ふたりとも絶対に出席しなきゃならないのよ』
マルチナは「つまんないわ」とほほをふくらませて、ブクブクブクとジュースを泡立てた。
『そっか、残念だね』
『お父様たちは中央局の創設にかかわってるから、しかたないって自分に言い聞かせてるわ。つまんないとは思うけど』
『それって、魔法使いを護るための場所なの?』
『そうよ。ふたりがお屋敷でやってるようなことを、もっと組織だってやるために創設したんですって。魔法教育の普及とか権利獲得とか。いずれはわたしも局員になるかもしれないから、しっかり勉強しないとね』
そう話すマルチナの目は、真剣そのものだった。その目に、もう出会った日のようなさみしげな気配は少しもない。愛情で満たされ、海のようにキラキラと光っている。
このごろのマルチナは本当にやる気満々だ。海にすらマルチナはたくさんの本を持ってきた。移動中の馬車の中でも読書をしていて、ビーチベッドの上でもしばらく読書をしていた。がんばるのは良いけど、ちょっと頑張り過ぎかな、とソニアは思う。
マルチナはソニアの方を見て二ッと笑うと、木製のビーチベッドから起き上がった。
『さて、おしゃべりは終わり! いろいろがんばるためには体力も必要よね。泳ぎに行きましょう、ソニア!』
『……確かに体力も必要かもしれないけど、もっと大事なものがあるよ』
ソニアも敷物から立ち上がって、マルチナの手を取った。
『あら、それってなあに?』
『休憩!』
ソニアはマルチナの手をグイッと引っ張って、海に飛び込んだ。
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