8.それぞれの話、ソニアの家にて4

 部屋に戻ると、マルチナは自分のベッドに座って、ソニアのベッドの枕元に置いてある懐中時計を見ていた。

「おかえりなさい。ねえ、この時計やっぱり素敵ねえ。わたしも持ってるけど、ソニアの時計の方が素敵だわ」

「えっ! 懐中時計持ってるの! どんな? 今も持ってる?」

 ソニアがズイズイッと身乗り出すと、マルチナはクスッと笑って、ベッドにかけてあるワンピースのポケットから、銀色の懐中時計を取り出した。

「好きに見ていいわよ」

「わっ、ありがとう。あ、フタにはユリの花が彫られてるんだ。細かくてきれい。竜頭に白い石がついてる! おしゃれだなあ。なんの石だろう。真珠かな? それともムーンストーン?」

 フタを開けた文字盤もとてもおしゃれだった。

 雪のように白い文字盤を回る二本の針は白銀色をし、絶え間なく動き続ける秒針だけが爽やかな空色をしている。金メッキが使われているソニアの時計とは正反対と言えるデザインだ。

「すごく良い時計だね、重みもちょうどいいし。わたしの時計よりも厚みがないからだね、きっと」

「フフッ、ソニアは本当に時計が好きなのね。目の色が変わったわ」

 マルチナは耳の後ろの髪を指にからませて、クルクルと指を回した。

「だっておもしろいと思わない? 目に見えない時間の流れを見せてくれる機械なんて。最初に考えた人はすごいよ。ちなみに最初の時計は日時計なんだって、知ってる?」

「知ってる。太陽が作りだす影の変化で時間の経過を知る方法でしょう」

「そうそう。でも日時計には弱点があったんだけど、それは?」

「太陽が絶対条件!」

「そうっ。雨の日は大変だっただろうね。それで次に開発されたのが水時計だけど、水時計も水がこぼれたり、蒸発したりして絶対に正しいわけじゃなかった。だからまた新しい案として、砂時計とか蝋燭時計ができたんだよね。今の機械式時計と比べるとどれも不便だけど、昔の人たちも時間が知りたかったから、その努力の結果だと思うと、なんか良いよね。物の歴史って面白い」

 そこまで話し終えたソニアは、途中から自分だけが話をしていたことに気が付いた。こんなにも饒舌になったのは初めてだ。恥ずかしくなってうつむくと、「ソニアは物知りね」というマルチナの声が聞こえてきた。その声色は優しい。

「……ご、ごめん。わたしばっかり話して」

「あら、わたしに対する嫌味? わたしの方がたくさん喋ってると思うけど」

 ソニアがそろそろと顔を上げると、マルチナは穏やかな笑顔を浮かべていた。

「ソニアがどれだけ時計が好きか、よくわかったわ。いつか一緒に時計屋さんに行けたらいいわね。ソニアに時計を選んでほしいわ」

「……ええー、この時計があるのに?」

 マルチナの慰めに照れくさくなり、もじもじしながらフタを閉じて裏側を見ると、時計が作られた日付と、「愛しいマルチナへ」と刻印こくいんされていた。

「ほ、ほら、これ。誰かからの贈り物じゃない。マルチナの雰囲気にも合ってるし、良い人が選んでくれたんだね」

 ソニアの言葉に、マルチナは「ウフフッ」とわざとらしく笑った。

「ソニアはすっかり忘れてるわね、わたしが変装してるって」

「えっ、……あ、そうか!」

 パンッと拍手が一つ。すると、マルチナの姿が少し変わった。

 金髪は銀髪に、白色のワンピースは青色に変わったのだ。

「わあ!」

 ソニアがこれ以上開けられないというくらいに大きく口を開けて声を上げると、マルチナは、今度はケラケラとゆかいそうに笑った。

 髪の長さやワンピースの形は変わっていないが、色が変わるだけでずいぶん雰囲気が違って見えた。マルチナをしっかりと見てから、もう一度懐中時計をじっくりと見る。

「本物の姿の方が、より一層この時計と合ってるね。贈ってくれた人が、マルチナをよく見てるってわかるよ」

 ソニアが懐中時計を返すと、マルチナは歯切れ悪く「だといいけど……」と答えた。その顔はさみしそうだった。


 マルチナは自分でも認めるほどによく喋り、笑顔も多い。

 しかし、常に足元の方をさみしさが付きまとっているようで、そのさみしさがなにかをきっかけに、足を伝って煙のように立ち上ってくると、とたんに静かになる。

 ソニアにはそんな風に感じられた。


 さっきはわたしが話題を変えてもらって助けられたから、今度はわたしが助けなきゃ。

「……ところでさ、不思議な魔法だね。魔法って、杖とか呪文とかを使うものだと思ってた」

 ソニアが懐中時計を返すと、マルチナはホッとしたような顔で「そう?」と答えた。

「それは少し前の魔法よ。ここ十数年は、あまり道具に頼らずに、身一つで使える魔法が研究されてるの」

「あれ、でもさっき、魔法は勉強させてもらえないって言ってたよね?」

「誰かにきちんと教えてもらったことは一度もないわ。でもあのお屋敷には魔法使いがウヨウヨいるから、嫌でも目に入ってきて、自然と覚えちゃうのよね。そうは言っても、使える魔法は右手分だけだけど」

「……見せてって言ったら、見せてくれる?」

 ソニアが少しだけマルチナにつめ寄ると、マルチナはクスッと笑って、「ソニアは特別ね」と答えた。

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