11.魔法使いの話、アンカー宅にて4
「お前らみたいに仲が良い奴らには、関係ないかもしれねえけどな」
「そ、そうね……」
マルチナは不安そうにソニアの方を見てきた。まるで、「自分と一緒にいることがソニアにとって幸せか」、尋ねられているかのような表情に、ソニアは胸が苦しくなった。
ソニアはマルチナと一緒にいるのが好きだ。自分だけでは考え付きもしなかったことをしたり、言ったり、思いっきり笑ったり。マルチナとの日々は楽しく、かけがえのないものだ。しかし今、ラファエルの話を聞き、一生マルチナの傍にいられるかどうかわからなくなった。
魔法使いのマルチナが危険な目に合うのは、ソニアだっていやだ。それでも、ソニアにもソニアの将来がある。父さんやリベルトのような船乗りや、ユッタのような時計職人、他にも何になるのかはまだわからない。
確かなことは、何になったとしてもマルチナと今のようにいつも手を繋いで一緒にいることは不可能だろうということだ。そうだとすれば、もしソニアがマルチナの魔法の気配を隠しているとしたら、それは双方にとって幸せなことではないのではないだろうか。
そう思った途端、ソファに座っているにもかかわらず、ソニアは急に足元がグラつく感覚に襲われた。さっき渡った橋のように、今にも壊れそうな橋の上に座らされているかのような不安感だ。
ふたりは悲しげな眼でジッと見つめ合った。
すると、ふたりの手にそっとカリーナが手を添えた。
「まだ決まったわけではありませんよ」
カリーナの優しい声で、ふたりはハッとした。
そうだ、まだ結論が決まったわけではない。
「ソイツの言う通りだ。今の話も俺の推測でしかない。この双子についてはもっと調べる必要がある。この村を出てからどこに行ったのかは、まったく記録が残ってないのも怪しいからな」
そう言って、ラファエルは玄関の傍に置いてある積み荷を指さした。
「東中心の日記だ。これからまた調べにかかる」
「それじゃあしばらくは実家で研究ってこと?」とビアンカ。
「ああ。父さんのこともあるからな」
「何、また具合悪いの?」
「今日は落ち着いてる」
そっけなく答えたラファエルは、今度はマルチナとソニアを順に見た。
「できることなら、お前らにも手伝ってもらいたい。その時計の中のサファイアだけなのか、人間もセットじゃなけりゃダメなのか。定期的にうちに来い」
慌ててテオが口を挟んだ。
「それは難しいかもしれません。我々自身のためにも協力はしたいところですが、今回の我々の滞在期間はもう五日しかありません。その間でしたら可能ですが、それ以降は書面でのやり取りのみになります。ソニアは学校がありますので。それでもよろしいなら、ぜひ」
「なんだ、俺の話を詳しく知りたがった割には、急ぐんだな」
ラファエルは「ハッ」と皮肉っぽく笑った。すぐにビアンカが肘で小突き、「あんたのせいで時間が無くなったのよ!」と怒鳴った。
「すみません。まるで結論だけを欲するようなことを。ですが、書面で良ければお力添え致します」
「協力してもらえるなんて、願ったり叶ったりですよ。証拠材料が少なすぎる論文発表したせいで、ホルストに目をつけられてるところもあるんですから」
ビアンカはラファエルのこめかみを拳でグリグリしながら言った。
「そ、そうなんですか」
「そうですよ。それに、ラファエルにも非があるんだから、気にしないでください。約束を破って、逃げ出して、わざわざ会いに来させたのはコイツなんですよ! 忘れちゃいけません!」
ラファエルといるとビアンカの口調もどんどん荒々しくなっていく。ソニアとマルチナはそんな雰囲気ではないとわかっていても、クスッと笑ってしまった。
ラファエルは口をへの字にして、「フンッ」と鼻を鳴らした。まるで拗ねた子どものようだ。
「貸し一つずつだな。それで、お前らはいつまでこの島にいるつもりだ。ひょっとして今日帰るのか?」
「そのつもりでしたが、ラファエルさんの信頼を得、協力するためなら、ここに残ります。良いかな、みんな?」
ソニアもマルチナもカリーナもうなずく。もとよりそのつもりだ。
「では俺はホテルの方に手配を……」
「いや、うちに泊まれ。行き来の時間がもったいない」
「でも服とかベッドとかどうするのよ。ちなみにわたしは帰るからね」
「服はエルザのと俺のを貸す。ベッドは大学にある仮眠室のをいくつか拝借する」
「はあ! そんなことして良いと思ってんの?」
「すでに問題児扱いされてるからな」
そう言うが早いか、ラファエルは親指と中指を擦りながら「門を開けろ」と唱えた。するとすぐに部屋の中のちょっとした空間にベッドが四台現れた。仮眠室のベッドとあって少し小さめだが、シーツは清潔感があり、十分寝られそうだ。
「これで良いだろ。あと、飯もそれなりに材料があるし、問題ねえな」
「それじゃあ、ラファエルさんのお家にお泊りってことで決定?」
マルチナの言葉に、ラファエルが「ああ」と答えると、マルチナはピョコッとその場で跳ねた。
「こんな自然に囲まれた素敵なお家に泊まれるなんて、思ってもみなかったわ! うれしい!」
ラファエルは目をパチパチさせた。
「なんだ、お前。てっきり委縮してるかと思った」
「ちっとも。いろいろ思うところがある話ではあったわ。そんな悲惨なことがあったのに、知らなかった自分を恥じたしね。でも、ラファエルさんのことはけっこう好きよ。ハッキリ物を言う人は気持ち良いもの」
マルチナがそう言って笑うと、ラファエルも右の口角をクイッと上げて笑った。
「おもしろい奴だ」
「ラファエルさんもね」
笑い合う二人を見つめるソニアの心はじんわりと温かくなっていった。
水と油かと思ったけど、マルチナとラファエルさんの相性は意外とよさそうだ。むしろ素直すぎるという意味では、似ているのかもしれない、とソニアは思った。
マルチナがいつもの調子に戻ると、ソニアは安心することができた。
「さすがマルチナ」
ソニアはそうつぶやき、二ッと笑った。すると、心の中の不安は胸の奥に沈んでいった。
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