幕間、ひとりぼっちのアクア
「西の里も絶滅したらしい」
「そうか。仕方ないのう」
「我らもそろそろかもしれぬ」
私――アクアが生まれたのは、東の深い森だった。
真ん中に大きな木があって、周辺には、等間隔に小さな家が建っている。
物心つく頃から家族はいなかった。
理由を尋ねてみたが、私を置いて去っていったという。
私たちのエルフという種族は、喜怒哀楽といった感情が乏しい。
生殖行為をする為の愛情が種全体で失われつつあるらしく、私と同じ住んでいた人たちも、ただ生きているという感じだった。
そんな中、私はなぜか寂しいという感情だけを理解できていた。
誰かが消えたり、亡くなったり、里が消えたという話を聞くと心が痛む。
ただそれは誰にも理解されなかった。
それもまた、悲しかった。
一方で愛というものは同じくわからなかった。
親がいない私は大人たちの手によって育てられたが、愛情を強く感じた事はない。
精霊に感謝し、生命に感謝はするけれど、それが何の為なのかわからない。
もはや意味なんてないだろう。
呼吸をすることに意義を見出さないかのように。
やがて私の里は、私を残して絶滅した。
旅に出たのは、寂しいという感情からだった。
それか、愛を求めていたのか。
誰かと話したいと願ったことだけは覚えている。
「君、凄いな。そんな強い魔法が使えるのか」
「へえ、エルフなんだ。
「エルフはカワイイね」
人里に降りたのは初めてだったが、ある程度の教育は施されていた。
初めて辿り着いた街で冒険者となり、斡旋されたパーティーで活躍できた私は、皆から褒められた。
問題は、その後だった――。
「あなた達、なんでそんなに動きが遅いんですか? どうして今のが避けられないんですか?」
凄く、凄く、人間たちの動きが気になった。
そしてその一言がきっかけで、私は数日後、追放された。
それから少しずつわかっていった。
人間の感情はとても複雑で、私たちなんかよりも細かい事に気づく。
それから何度かパーティーに誘われて組んだ。
けれども私のふとした言葉でいつも追放、最悪の場合は解散となる。
申し訳ないという気持ちはあったが、それを心で理解しているかというと違う。
ただ自分がひとりぼっちになるのが嫌だった。
その頃からだろうか、エルフという種族に嫌気がさしたのは。
「アクアちゃんってかわいいのに言葉きついよね」
「
「あの女、マジで人間の心がわからないんだよ」
どうして、どうしてだろう。
なぜ、他人の気持ちがわからないんだろう。
それから1人で過ごす事が多くなった。
幸いにも強かった私は、そつなく任務をこなして路銀を稼いでいた。
戦って、任務を終えて、眠る。
その繰り返しだったが、唯一好きだと言える魔法がちょっとずつ強くなっていく事が楽しみだった。
ただ私は攻撃魔法が得意じゃない。
第五世代と言われる私たちのエルフは、徐々に攻撃性が失われ、精霊との調和がとれなくなっているらしい。
だから自分自身を強化しながら戦う、それが私のいつもの日常だった。
そんなとき――。
「ふう……魔核だ」
「え?」
ごろんと落ちたアイテムを拾おうとしたら、知らない男性が隣にいた。
黒髪で、ニコリと笑って、若い人間。
だけどなぜか、私の魔核を離さなかった。
「やめてください」
「え? いや、これ俺が倒したんだぞ?」
「違います。私が倒しました」
「何言ってんだ? 俺がダメージを与えたんだ」
「違います。私が今――」
その時、ふと隣を見ると私が倒したであろう魔物が倒れていた。
どうやら間違っていたらしい。
「すみません」
ペコリと頭を下げてその場を後にしようとすると、肩を掴まれる。
私は、咄嗟に杖を構えた。
「やめてください」
以前、数人の男たちに襲われたことがある。
私の顔が好みだったらしい。
もちろん撃退したけれど。
だけどその男性は、凄く怯えていた。
「ち、違うよ!? いや、そ、そのこれ、あげるよ」
「……どういうことですか? それは私のではありません」
「女一人なんて大変だろ? いいよ」
頬をかきながら、なぜか恥ずかしそうにした。
もらえるならもらっておきますと伝えると、後ろから同じパーティと思われる二人が現れた。
「ニック、一人で前に出すぎ。――って、その子誰?」
「狩場が被っただけだよ」
「お前、すぐにカワイイ子がいると声かけるよなあ」
「ち、ちがうよ!?」
どうやら彼の名前はニックというらしい。
随分と仲良しそうなパーティだ。
その場を後にしようとすると、なぜか声を掛けられた。
「ねえ、君」
「はい、なんでしょうか?」
「良かったら一緒に狩りしない? 多分、俺たち相性が良いと思うんだ」
「はあ。でも私、
この街に長く滞在していることもあって、私の名前は知れ渡っている。
空気の読めない自己中心的な魔法使いのエルフ、それが私。
以前も同じことがあった。
だが名前を言えば離れていく。
唯一ある寂しという気持ち、それだけは今もまだ健在で、そうなりたくない。
「知ってるよ。だからどうしたんだ?」
「やっぱりニックはナンパ師認定ね」
「ガハハ、いつもそうだよな」
……断ってもいい。
けれども、安全な狩りができるなら少しの間でもいいか。
そんな軽い気持ちで、私はそのパーティーと一緒に狩りをすることにした。
「ニック、前に出すぎるなよ!」
「ああ、わかってるさ!」
彼はリーダーらしく、ぐいぐいと前に出る。
私は支援魔法を付与し、彼を守った。
「……すげえ、めちゃくちゃ俺つえええ。って、アクアありがとな!」
「はい」
「凄いわね。私の名前はエウリよ」
「はい」
「俺はザップだ! よろしくな!」
「はい」
いつも初めはこうだ。
だから、慣れている。
そして最後、私はまたやってしまったらしい。
「ニックさんはもう少し前に出るのを抑えたほうがいいです。そエウリさんは魔力の消費が激しいです。ザップさんは力任せすぎます」
この言葉の後、みんなが固まった。
ああ、この顔はよく知っている。
――これで、
短い間だったけど、それなりに稼げた。
だから、大丈夫。
ひとりぼっちは慣れている。
と、思っていた――。
「ふふふ、はははは! 確かにアクアの言う通りかも。ごめんね」
「ニックのせいで私まで怒られたじゃない」
「俺の力は世界一だぜ! けどま、それだけじゃダメだよな」
……?
「気分を害したんじゃないんですか?」
「……何が?」
「いや、私の言葉に」
「そんなことないよ。だって、俺たちの事を想ってくれたんだろ。安全な狩りをする為に言ってくれているのに、それで怒るなんてありえないよ」
「そうね、ニックの言う通り」
「ま、うすうすわかってたことだしな!」
不思議な人たちだった。
私の言葉に怒らない。
それから私は彼らと共に行動することになった。
相変わず動きに無駄があったので伝えたが、気を付けるよ、と真剣な顔つきで言葉を返してくれる。
「アクアのおかげで助かるよ」
「ほんと、もうなくてはならない存在だわ」
「だよなあ!」
「……ありがとうございます」
気づけば私は、ニックたちのパーティーの一員になっていた。
少しずつ、少しずつだけれども理解できていった。
人間の、心というものを。
「それは……ダメですよニックさん。ええと、その、危ないです」
「はい……」
「ふふふ、ニックの情けない姿おもしろーい」
逆に私も怒られることがあった。
「アクア、今の言い方はダメだよ。もっと優しく伝え方があるはずだ」
「……はい」
「君は感情がないってよく言うけど、そうじゃない。ただ、慣れてないだけなんだ。これからもっと頑張ろう」
不思議な人だった。
全てを見透かしているかのような。
そんなある日、私たちはダンジョンへ行くことにした。
深層深くまで潜り、でもなぜか、いつもよりも危険な所まで進もうとニックが強引に誘う。
「もうやめたほうがいいです。私たちでの力では危険です」
「大丈夫大丈夫」
第五層、続く六層のボスと戦う決意をしたのもニックだった。
やめた方がいいと何度も伝えた。だけど、彼らはやると。
私は支援役だ。
リーダーが決めたのなら言う事を聞く。
ボスはワイバーンだった。
空高く飛ぶ上に炎を吐く。
激闘の末、やはり危険に陥ったその時――。
「ニック、今よ!」
「ああ――悪いなアクア。――今までありがとう」
「……え?」
私は、ニックに後ろから背中を切られた。
そのままワイバーンの元へ突き出される。
牙が左腕に食い込み、血が噴き出る。
必死にもがいて離れるも、ニックたちは既に遠く離れた場所で、先に進もうとしていた。
あの力持ちで優しいザップまでも、私をあざ笑っていた。
「ガハハ、悪いなアクア!」
「……どういうこと……」
「ごめんねえアクア、実は前にここのボスと戦ったんだけど負けちゃってね。それで気づいたのよ」
「囮がいれば前に進めるみたいなんだ。扉は閉まるが、何とか頑張って生きてくれ。いや、死んでくれたほうがいいな。俺たちは、お宝をもらって先に帰っておくよ」
言葉の意味が理解できなかった。
いや、信じられなかった。信じたくなかった。
「な、なんで……」
「お前みたいな気持ち悪い奴と仲間になるわけがないだろ。エルフなんて、感情がなくて気持ち悪い」
「ふふふ、行きましょニック」
「じゃあな! ガハハ!」
そして私は置いて行かれた。
支援魔法に全てを注ぎ込んでいたこともあって、魔力は残っていない。
扉が閉まり、ワイバーンが私を吐こうとした。
だけど、動けない。
「……ああ」
これは罰だ。
人の気持ちを考えることのできない私が、何もかも悪い。
きっと彼らの心をどこかで傷つけていたのだろう。
だからこうなった。
仕方がない。
私が悪い。
業火の炎が、私の身体に降り注ぐ。
ああ、どうして私は、エルフで生まれたんだろう――。
「――ハッ、すげえデカい
「蜥蜴って何にゃ?」
「なんかその、舌をちろちろしてるやつだよ」
「ほえー」
その時、私を庇ってくれた男の人がいた。
でもなぜか顔が見えない。隣には、明るい女性の声。
「大丈夫か? すぐ終わるよ。ちょっと待ってな」
「さて、今日は蜥蜴の晩御飯だにゃ」
――――
――
―
そこから私の記憶は、なぜか飛んだ。
気づけば知らない街の宿で眠っていた。
傷は治っていて、服も、杖も、なぜか新しいものになっていた。
頭が痛い。何も思い出せない。
何か、とても大切なことを忘れているかのような気がする。
……わからない。
そして私は、失ったであろう記憶を探す旅を始めた。
ニックたちのことは覚えているが、どうなったのかなんて知らない。
私の頭はおかしくなってしまったんだろうか。
やがて辿り着いた王都で、カリンさんという肩からガイドブックをもらった。
めずらしい。
そのとき、とある写真を見つけた。
そして、思い出す。
断片的な記憶と――確かな記憶が。
『よォ、大丈夫か?』
『あなた達は……』
『俺は八雲旅人、で、こっちがミルフィ』
『死ぬ所だったにゃああ。傷は治療の途中だから動かないでね』
そうだ。私を助けてくれた人たちだ。
何で、なんでずっと忘れてたの。
いや、違う。違う。
私は、あれから――。
『アクア、良かったら一緒に旅をしないか? 支援魔法使いが欲しかったんだよな』
『私はもう……誰かとパーティを組みたくありません』
『そうか残念だな』
悲しい思いはしたくない。
『なら傷が治るまでだな。ちゃんと安静にしとけよ』
『なんで、そこまでしてくれるんですか』
『ハッ、俺は日本人だ。知らないだろうが、世界で一番優しい種族なんだぜ』
何の見返りも求めず、彼とミルフィさんは、私の怪我が治るまで寄り添ってくれた。
私の身体を拭いてくれて、毎日優しい言葉を投げかけてくれた。
それから又、記憶が飛ぶ。
私は、彼らと共に行動していた。
『アクアがいて本当に助かるよ』
『うんうん、アクアがいるから毎日が楽しいにゃあ』
『……そんなことないです。私も、楽しいです』
ああ、私、笑ってる。
私、笑えるようになったんだ。
そして――死の将軍を戦ったおぼろげな記憶。
『アクア、私が前に出る。支援を頼んだぞ』
『はい、ブリジットさん』
ああ、そうなんだ。
私は、本当に大切な
そして、そのときギルドに入ってきたのは、まさかの人物だった。
八雲旅人、さん。
――私の命の恩人。
そして、ミルフィさん。
ああ、思い出して良かった。思い出せてよかった。
でもまだだ。
思い出す。最後の記憶。
『絶対……忘れないように……しないと……』
私は記憶を失わないようにと魔力を極限まで高めた。
それだけは覚えている。
でも彼らは、覚えてないんだ。
「八雲旅人さんですか。私は、アクアです」
「……アクア?」
私はエルフのアクア。
タビトさんたちのパーティの支援役。
命を救われた恩を返したい。
記憶を失った皆の為に最後まで寄り添う。
それが、私が生涯をかけてすべきことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます