029 三人いれば最高の旅が、更に最高なんだぜ!

 王都オルトリアを出発してから数日が経過していた。

 創作物での旅は割とサクサクって感じで、気づけば次の国へ! 街へ! みたいな感じで切り替わる。

 だが現実はそう甘くなかった。


 馬車の旅でもない俺たちは、とにかく毎日歩いて、歩いて、歩く。

 その間、魔物は一度も出会っていない。


 もはや自分が冒険者だったことを忘れそうである。

 

 水泳部が、冬の間だけ陸上部になるみたいな、なんかそれと似ている。知らんけど。


 ここで一番の敵は暇だ。

 そんな中俺たちは毎晩のように――楽しんでいた。


「タビト、ダメ。抜かないで……」

「ハッ、わかってるぜ。ここだろ? ミルフィの事は分かってる。――ほら、抜くぞ」

「だめぇ、抜かないでにゃああああ」

「……卑猥な声を出しすぎです。抑えましょうミルフィさん」

「うう、はい……ぁあっ!」


 ミルフィの何とも言えない甘美な声。

 そして俺は、隣を見つめる。

 エルフ少女、耳をピンとしたアクアが、俺を見ていた。


 彼女は表情が読みづらい。

 どこがいいのか悪いのかわからない。


「タビトさんの事がようやくわかってきました。――これですよね」

「……さあ、どうだろうな」

「頬がピクっとしました。わかりやすいです。――右がいいんですね」

「いや……左かもしれないぞ」

「では失礼します」


 アクアの手が、白い腕が、ゆっくりと伸びてくる。

 そして俺の――カードが、抜きとられた。


 残ったのは、悪魔のカード、つまりババだ。


「勝ちました」

「やったにゃあああ。ふふふ、またタビトの負けだにゃ」


 そう、トランプだ。げぇむだ。

 この世界にもなぜかあったので1ダースも購入した。

 今思えば買いすぎかもしれないが、既に元が取れるほど楽しんでいる。

 ちなみに壊れたら嫌なのでいっぱい買っただけ。


 驚いた事にアクアがマジで強い。

 理由は、表情がほとんど変わらないからだ。


 エルフは感情が薄いらしく、それでトランプが強いのだろう。

 ミルフィにいたっては、さっきみたいにエッチな声を出すことで俺を惑わしてくる。ちなみにちゃんと惑わされる。


「それじゃあお休みにゃあね」

「おやすみなさい、タビトさん」

「はい。ちゃんとぬくぬくしてお腹出すなよ。おかんは心配や」

「何をいってるの……にゃあ」

「…………」


 ちなみに二人の寝つきは凄くいい。

 というか、俺は気づいた。


 冒険者の必須スキル。

 攻撃でも、防御でもない。


 考えたらすぐわかるだった。


 それは、どこでも眠ることが出来る才能だ。


 毎日寝床が変わったり、今なんて森の横の小道にクッションみたいなものを敷いて眠っている。

 もしかしたら起きて二秒で戦うこともあるだろう。

 そんな中で緊張感を解いて寝ないといけない。

 

 ……できるか? 普通できるかこれ?


 ちなみに俺はたまに眠れない。

 その時はミルフィが、にゃ守歌を歌ってくれる。


『もーいくつにゃるとー次の国―♪』


 正月やんけ! と突っ込んだが、え? みたいな顔された。

 意味不明だ。


 そしてなぜか心地よい。


 そして毎晩のようにトランプをしているのは、遊びと同時に大事な役割がある。

 

 見張り役だ。

 もちろん交代だが、最初の人が一番長いので損なのである。


 で、俺は毎回負けている。


 悔しいが、これはこれでいい。

 二人を守れているかのような、そんな気がするからだ。


「さて、ガイドマップの確認しておくか」


 夜の日課は、今まで訪れた場所や、今いる場所のクチコミ確認だ。

 おかげ様で危険な目には合っていない。


【エドニアの小道】

 3.4★★★★☆(451)


 A級冒険者

 ★★★★☆

 比較的落ち着いてる

 何もない


 B級冒険者

 ★★★☆☆

 野営でちょうどいいと思ったがいまいちだった

 地面が痛い


 C級冒険者

 ★☆☆☆☆

 魔物に起こされた



 そのとき、不穏なクチコミを見つけた。

 割と新しい。三日前だろうか。


 クチコミの良さは平均点がわかることだが、もちろん日によって変動はするだろう。


 魔物がいる可能性があるなら油断できない。


 念の為に、魔女ミリ姉さんからもらった砂鉄グローブこと『サグロ』を装着。

 面倒なので略称をつけた。ちなみにサッちゃんって呼ぶ時の方が多い。


 焚火を絶やさないようにしながら、二人の寝顔を眺めていたその時、マップに反応があった。


 見張り役で大事なことは、自分だけで対処できるかどうかを見極める事。

 旅は長く、いちいち不安を感じて仲間を起こしていたら全員の身体が持たない。


 ミルフィは耳と鼻が利く、アクアは魔法で探知機のようなものが使える。

 で、俺はもちろんマップだ。


 確認したところ魔物は大したことのないゴブリンだった。

 数も一匹。簡単に倒せる。


 面倒なことにゆっくりとこっちへ向かってくる。


 マップの範囲を見る限りではほかに危険はない。


 静かに近寄ってゴブリンを目視で確認。


 ――悪いな、おやすみ。


 そのままサっちゃんをぎゅっと握りしめ、大きく振りかぶった瞬間、身体が突然に力強くなった。


「いっ!!!?」


 おかげ様で勢いよく殴打。

 ゴブリンは小さな悲鳴を上げて倒れたが、頭がい骨がもうなんか凄いことになっていた。


 ……南無。

 振り返ると、立っていたのはアクアだった。


「起きてたのか?」

「……そうですね。眠れませんでした」


 寝つきが良いと思っていたがそうではないらしい。

 俺が起こしたのかとヒヤヒヤしたが、よくあるとのことだった。


 そのまま時間が来てからアクアに見張りを交代。

 幸いぐっすりと眠って朝、ミルフィが少し不満そうだった。


「どうした?」

「……アクアが、見張りを交代してこなかったんだよね。眠れないからそのままで大丈夫だったって」

「そうなのか」


 とはいえそういう事もあるだろう。

 だが次の日、ミルフィが1人で魔物を倒した夜、アクアが支援魔法を付与してくれたとのことだった。

 偶然とは思えない。次にまた俺が見張り役の時に、調べることにした。


「――魔物だ」


 静かな声、初めから起きてないと聞こえない声。

 すると、アクアがばちっと目を開けた。


「どこですか?」

「……やっぱりな。アクア、眠れないって嘘だろ」

「……何がですか」

「魔法、詠唱してただろ。あれ確か、眠らなくてもいい魔法だろ。その代わり、魔力を使ってるはずだ」


 これは嘘だ。俺に魔法の事なんてわからない。

 だが、なんとなく直感で気づいた。

 魔力を使うと精神的に疲れる。体力的には問題ないだろうが、日中しんどいはずだ。

 そしてアクアは、意外にもそうです。と答える。

 多分、本当は嘘が苦手なんだろう。


「なんでそんなことをしたんだ? 俺たちじゃ不安なのか?」

「……いえ。違います」

「じゃあ何だ?」


 初めて会った時のアクアは笑顔を見せてくれた。

 だがあれ以降一度も見ていない。

 自分でも笑顔だったことが不思議だったらしい。


 もしかしたら俺たちが怖いのだろうか。

 だが返ってきた答えに驚いた。


「私はずっとひとりでした。エルフは喜怒哀楽があまりないのですが、寂しいという感情だけはなぜか私には強くあります。ただ最近感じているのは、なんだかポカポカと暖かい感情です。おそらく……前の私の心に刻み込まれていたんだと思います。ミルフィさんとタビトさんを見ていると、そんなポカポカと温かい気持ちになります。信用できないのではなく、何かあった時に後悔したくないんです」 


 ようやく納得がいった。

 不安だったのだ。

 そして多分、彼女・・も理解した。


「だってさ、ミルフィ」

「――あれ、バレてたのにゃあ?」

「ああ、寝息がないからな」

「えへへ」


 ミルフィも気になっていたのだろう。まったく、考える事は俺とお暗示だ。


「すみません。私のせいでもしかして迷惑を……」


 アクアの表情が、今まで見たことないほど陰りを見せていた。

 だがミルフィが、そっと後ろから抱きしめる。


「ごめんね。気づいてあげられなくて。でも、私たちを信用してほしい。どんなことがあっても死なないし、強いんだよ。それにこれからはずっと一緒。だから、ゆっくり寝てほしい」


 その物言いは、優しくて自愛に満ちていた。

 それを聞いたアクアがほんの少しだけ微笑んだかのように見えた。


「……ありがとうございます。わかりました。お言葉に甘えて寝ます」

「ああ、おやすみアクア、ミルフィもまた眠ってくれ」

「にゃ!」

「おやすみなさい、タビトさん」


 二人の寝顔を見ながら、俺は微笑んでいた。

 幸せだ。幸せを感じる。


 そして――悔しかった。


 さっきのタイミングで俺も抱擁していれば……美女二人とのサンドイッチだった。


 あのタイミングしかなかったはずなのに……俺の善性がダメだと答えた……ああ……くぅ。


「……んっ……」


 その時、アクアが寝返りをうった。

 スゥスゥと聞いた事のない寝息を立ててながら。

 後ろからはミルフィが抱きしめている。


 ハッ、寝てる時は笑顔じゃねえか。


 しっかし……いい子だなホント。


 昔の事はほとんど思い出せない。


 けど、俺の見る目は確かだったのだろう。


 ミルフィやアクア、ブリジットさんと旅をしていたなんて、最高すぎる。


 まったく、過去の俺が誇らしいぜ。


 しかしマジでまだ思い出せない。


 美女サンドイッチしてたのかどうかも、思い出してぇ……。



 ミルフィ

 ★★★★★

 幸せにゃあ……

 

 アクア

 ★★★★★

 楽しいって、安心って、こういう事なのかな

 なんだか、懐かしい感じがする。



 タビト

 ★★★★★

 最高の二人と旅をしている

 そして最高の美女と旅をしている

 いい加減教えてくれよ、昔の俺


 どんないい事があったんだ。

 なあ――答えろよ。


 答えてくれよおおおおおおおおおおおお。





 

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