023 ブリジットの好きな物

 アンネの小さな食堂、店内。


「嬉しいです。是非、宣伝してくださいね!」

「ありがとうシルク・・・さん。いい本を作れるように頑張るよ」

「そういえば猫人族さんの事を知っている人がいたんですが、噂程度で見たことはなかったです。でも、北で見かけた人もいると、これも噂ですけど……」

「マジか。いや、十分にいい情報だ」

「シルク、ありがとにゃあ!」


 俺がこの王都に来てから初めて訪れた食堂だ。

 シルクの写真をパシャリ。更におすすめメニューのふっくらミルクパンと肉と野菜のごろごろスープをパシャリ。

 もちろんちゃんといただきます。


「お腹いっぱいにゃあ」

「ああ、しかし思ってたより取材費と手間が結構かかるな」

「ガイドブックは美味しいけど大変だねえ」

「美味しいは飯な」


 毎日何軒も回るのは難しいだろう。

 胃袋の事も考えて効率よく。


 さっきシルクさんに教えてもらったが俺たちのことも一緒に尋ねている。

 こうやって顔を売っていくことも大事だ。

 

 後はリルドのおっさん、エディリオの雑貨、ミリの秘密商店。

 狩場、夜のクチコミも……入れておくか。

 目玉は迷宮ダンジョンになるだろう。



「あのお店まだ見てないにゃあ」

「そうだっけ? まあ見てみるか」


 何だかファンシーなお店の外観だった。

 メルヘンというか、どこかで見たことあるような。


 マップを確認する。


【クマクマパラダイス】

 4.3★★★★☆(2147)


 王都少女

 ★★★★★

 このクマさんかわいい

 このクマさんもかわいい


 王都少年

 ★★★★☆

 この強そうなクマかっけー

 でもすぐ中の綿がなくなるんだよなー


 ブリジット

 ★★★★★

 えへ、えへへ

 か、かわいいなあ……



「見てみてタビト、中にいっぱいクマさんが――」

「待てミルフィ」

「え? どうしたの?」

「やめておこう。人間の尊厳が失われる」

「え? な、何の話?」


 マップを見ると小さなブリジットさんが店内でちょこちょこ動いている。

 名前が書いてあるのは何度か話したからだろう。

 少し動いて止まって、少し動いて止まってを繰り返している。


 うん、楽しく物色してるな。


 とはいえ絶対普段の様子からバレたくないはず。

 この店は外して――。


「わー、クマさんがいっぱーい」


 すると入口、無邪気なミルフィが入っていく。

 マズイ、急いで追いかけるも、時すでに遅し。


「ふふふ、新作のピンククマは可愛いな。おっと……こんなもの誰かにみられた――ら……」

「ブリジットさんだ! 手に持っているのカワイイクマさんですね!」

「…………」


 元気よく声をかけるミルフィ。

 悪気はないだろう。むしろ好意的だ。

 

 ブリジットさんは、無表情のまま動かない。

 大きなクマを抱えている。その手は自愛に満ちている。


 ……いや、よく見ると頬が赤い。

 プルプルしている。恥ずかしいのだろう。


 こうなってくると俺も悪い考えが浮かんできた。

 どう返すのだろうか。


 姪っ子のプレゼントとかが無難だろう。


 いつもの感じなら、たまたま入っただけだ、ぐらいでもいい。


 さあ、どうでる!(性格悪い)


「こ、こ、これはそ、そのその……ち、ちがうんだああああああああ」

「ふぇ、ブ、ブリジットさん!?」


 頬を赤らめ、涙目になりながらも俯いてクマで顔を隠す。

 まさかの百点、ご馳走さまでした。



「これは西地方から来たテディーベアだ。子から親に受け継がれる伝統的なものでな」

「へえ、凄いにゃあ」


 ブリジットさんが10分ほど頑張って否定した後、最後に「す、好きなんだぬいぐるみのクマが……」と頬を赤らめて話は終わった。

 もちろんミルフィはずっと、うんうん聞いていたし、俺は元から知っていたので何の問題もない。

 

 というか、S級でシゴデキのお姉さんがクマのぬいぐるみが好きなんて最高だろう。

 当人は恥ずかしいのだろうが。


 それからミルフィの「良かったら色々教えてもらえませんか?」の一言から今だ。

 俺も知らないぬいクマの生態は面白く、なんだったら特集を組んでもいいくらいだった。


「タビト、その、つまらないなら言っても――」

「いや、面白いですよ。俺はこのイエローのクマが好きですね」

「そ、そうか! これはな――」


 人はほんと、見かけによらないな。

 この明るくて笑顔で和気あいあいとした感じが、本当のブリジットさんなのだろう。


「ありがとう。今日は楽しかった」

「こちらこそ! 今日はこの抱きクマで寝るにゃあー!」


 店を出たミルフィは、細長い柔らかいクマを抱えていた。

 抱き心地が抜群らしく、宿を転々とする旅人の快眠にお勧めだという。


 ちなみに俺も買った。


 ブリジットさんは意外にも親しみやすかった。

 S級というだけで避けられることも多いらしい。

 確かに強すぎるとなんだか怖い気もするが、偏見はやめておこう。


「私は今まで多くの国に行ったが、ガイドブックは見たことがない。きっと売れる。私が保障する」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 凄くいい事を言われているのだが、俺はブリジットのクマコーナーを作っていいですか? と聞きたかった。

 言いづらい。怒られるかな?


 いや、言うべきだ。

 言おう、絶対言おう。


 だって、可愛いもん!


「――ブリジットさん」

「――タビト」


 すると、まさかのお互いがお互いの名を呼んだ。

 慌てて「どうぞ」というが、先にと言われてしまう。


 いや絶対先は無理だ。


 なので何度もどうぞと言い返してようやく折れてもらった。


「記憶喪失の事はカリンから聞いた。本当の自分を探していると。ミルフィは同胞を探しているんだな」

「そうなんです。実は全然覚えてなくて」


 ブリジットさんは鋭い目で俺を見た。


「申し訳ないが猫人族の事は私もわからない。だがタビト――私はお前の事を知ってる」

「え、知ってる……知ってる!?」

「ああ、初めは何か嘘でもついてるのかとおもい警戒していたが、どうやらそうでないと確信した。ただ少し奇妙な話でもある。もし思い出したいなら、少し力になれるかと思ってな」

「是非教えてもらえますか?」

「私が君と出会ったのは、死の――」


「魔物が逃げたぞおおおおおおおおおおおおおおお」


 そのとき、叫び声が聞こえた。

 マップを確認、前から大型の魔物だ。


「ブリジットさん、ミルフィ――」

「ああ」

「にゃ!」

 

 既に剣を構えている。

 さすがだ。


 だが現れたのは、デカい――クマの魔物だった。


 これはまずい。


 大好きなクマだ。


 俺かミルフィが行かなければ――。


 ――ヒュン。


 次の瞬間、俺のガイドレンズでも追いつかない速度でブリジットさんが駆けた。

 時間にすれば一秒も満たないだろう。


 クマの首を落し、次に心臓。

 無駄のない二撃を与えた。


 やがて商人のような男が現れる。


「ブ、ブリジットさん!? すみません、まだ解体の途中でしぶとかったらしくて」

「被害は?」

「ありません。本当に申し訳ない……」

「それはどうでもいい。次から同じことを繰り返さないように入念に今回のミスを精査しろ」

「はい……」


 キリリといつもの表情に戻っている。

 剣の血を空中で振ってぬぐう。


 隣のミルフィも驚いていた。クマ、やれるんだ、みたいな感じで。


「どうした?」

「あ、いやクマだったもので驚きが……?」

「……私が好きなのは……ぬいぐるみ限定だ……」


 頬をポッ。


 はい、1000点頂きました。


 って、俺の話聞かねえと。



 ミルフィ

 ★★★★★

 クマクマクーマ

 クマクーマ♪


 ブリジット

 ★★★★★

 人と話すクマ話がこんなに面白いとは……

 ああ、もっと話したい


 タビト

 ★★★★★

 ぬいクマって奥深いな

 ブリジットクマコーナー作れないかな


 怒られるかな?

 聞いてみようかな?

 


 



 

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