019 初めての魔法で驚かれてしまう

 晴天晴れやかな中庭。

 太陽の下、ミルフィが馬乗りにされていた。


「にゃ、にぁあああああああああああああああああ」


 悲痛な叫び声が響き渡る。

 骨がゴリゴリと軋む音が聞こえた。


 彼女のこんな声を聞いたのは初めてだ。


「ふふふ、面白い関節・・ですね」

「にゃ、そ、そこは!? にゃぁあああっああっああああああ」

「やっぱりそうなるよな」


 それをしているのは、以前俺が夜のクチコミで知り合った【ルナ】さんだ。

 やはり力がもの凄い強いらしく、柔軟性のあるミルフィの身体でも耐えきれないらしい。


 とはいえそれから数十分後、ミルフィは爽やかな笑顔をしていた。


「動く、動くー!」

「ふふふ、良かったです。マッサージたまにしてあげてくださいね。大事な身体ですから」

「ルナ、ありがとにゃあ」


 ミルフィの誰とでもすぐ仲良くなる能力は凄まじい。

 ふと前を向くと、王城の大きな時計台と、短く刈り取られた芝生が目に飛び込んでくる。


 俺たちは何と、城の中庭で日向ぼっこしているのだ。

 もちろん一般開放はされておらず、冒険者といえども許可なく入る事は許されていない。


「しかし驚いたよ。ギルドを通じて連絡をもらって向かった先がここだなんて、それに宮廷魔法使い候補だったとは」

「ふふふ、凄いでしょう」


 どや顔のルナはおそろしくカワイイ。

 カリンさんからも教えてもらったが、彼女はとんでもなく秀才で、王都でも有名だという。

 夜の仕事をしているのは趣味みたいなもので秘密らしい。まあ一応合法のお店で、特に問題はないだろうが……。


「力が強いのは魔法なの?」

「それは関係ないよ。元から強かっただけ」


 にしては強すぎる。

 心の中でゴーリキールナってあだ名で呼ぶか。


「タビトさん、今……なんか変な事考えませんでしたか?」

「いいえ」


 ちなみに王城のクチコミは想像以上におもしろ――ヤバかった。


 以前は護衛任務で忙しかったので見ていなかったが、知ってはいけない情報も多々ある。


【オルトリア王城、中庭】

 4.3★★★★☆(8947)


 宮廷魔法使い

 ★★★★☆

 自分を育ててくれた大好きな場所

 先生は恐ろしい

 本当に楽しかった

 先生は怖い


 宮廷戦士

 ★★★★☆

 俺を一人前に育ててくれたいい場所だ

 先生は怖い

 これからも恩返しがしたい

 先生が怖い


 王立司書

 ★★★★☆

 もっと素敵な本をいっぱい集めたいなー

 今日もドルシカさんとお話したいな

 いつもかっこいいなあ


 王立騎士

 ★★★★☆

 図書室へ行くといつも司書のミディアさんが俺を見ている気がする

 流石に自意識過剰か……

 ほんとかわいいな


 国王陛下

 ★★★☆☆

 明日は会議かー

 嫌じゃのぅー

 日向ぼっこは気持ちいいのー



「国王陛下様は、凄く真面目でかっこよくてね」

「へえ、いいにゃあねえ。確かにそんな感じだったかも!」


 ルナとミルフィが雑談している横で、俺は国王陛下がどこにいるのかと周りを見渡していた。

 クチコミからして近くじゃないか……?


 甘かったかもしれないこの能力……。

 自分が思っているより、はるかに危険……。

 もしかして、政界を揺るがすような発言も探せばあるんじゃないのか?


 ……見たいけど、なんか怖いな。


 俺に野心があればヤバそうだ。


「ルナ、ご友人かい?」


 そのとき、しっかりとした体躯の男の人が声をかけtけいた。


「あ、ドルシカさん。そんな感じです。ちょっと見学も兼ねてますが」

「そうか。ルナはとてもいい子なんだ。宜しく頼むよ」


 端正な顔つきの男性。

 そしておそらく、司書さんに恋心を抱いている人。


「はいにゃあ!」

「はい!」


 大丈夫です。あなたの片思いは叶います。

 するとそこに――。


「ドルシカさん、ここへいたんですか。新しい本、入りましたよ」

「ありがとうミディアさん。さっそく借りにいこう。――それじゃあね」


 綺麗なミディアさん、おそらくドルシカさんに片思いをしている人。


 うーん、実ってほしい。全然知らない二人だけど、なんかもう応援したい感じだ。


「タビト? どうしたの? 何かボーっとしてるよ」

「青春っていいよな。あの二人、付き合ってほしいぜ」

「え、どういうことですか?」

「気にしない気にしない。タビトはよく変なことをいうにゃあ」


 それから話はようやく本題に入った。

 ルナさんがサンドイッチを作ってきてくれたので、食べながらノートを見せてもらう。

 綺麗な字でビッシリ。


 猫人族や亜人族について詳しく書いてある。


「す、すごいにゃあ!?」

「司書室にお二人は入れないので許可を取って書き写してきました。といっても、基本的な歴史や生まれ、根本的なことしかわからなかったですけど」


 俺についてはほとんどわからなかったらしい。

 それは仕方ないだろう。


 だが猫人族については、マジでかなり書かれていた。

 あったかい所が好きだとか、脚力が凄くそれを使って狩猟していたとか。

 驚いたのは、北の地方でよく目撃されていたとのことだ。

 

 そこは現在、魔族の生き残りが多いとも言われている。


「猫人族、つまりミルフィさんの種族は戦闘民族だと文献が残っています。今の亜人たちよりも遥かに古い種族なので少数なのでしょう。古い文献には、前線で魔族と戦った、と書かれていました」

「ふぇえ、そうなのにぁ!?」


 やはり、というべきか。

 彼女は相当強い。


 だとすると妙だな。弱肉強食で考えると、弱いものから淘汰されていくはずだ。

 しかし読み進めていくと、その理由がわかった。


「……他人に好意を抱くことが少ない、か」

「はい。すみません、ミルフィさんを悪くいうわけではないのですが、文献には……」

「大丈夫だよ。でも、確かにそうかも。心から信用できる人って少ないし」


 これは意外だった。

 ルナ曰く、エルフという種族も他人に興味が薄いらしく、魔王討伐後に緩やかにその個体を減らしているという。

 

 ある意味では人間の本能の部分が、種族を支えているというわけか。


「こちらは差し上げますのでゆっくり見て頂ければ。許可は取っていますが、できるだけ秘匿にしておいたほうがいいかもしれません。情報というのは、時として自らに牙を向きますので」


 話してみると、ルナの丁寧な話し言葉と思慮深い言動はやはり宮廷付きの候補生という感じだった。

 人は見かけによら……いや、力はよらないか。


「ありがとう。随分と助かるよ」

「本当に、ルナありがとうにゃあああ!」

「ふふふ、大丈夫ですよ。それに驚きました。ここ数日で、あなた達二人の名前は、王城で知れ渡ってますよ」

「え? なんて……?」

「タビトさんのサイクロプスの討伐とミルフィさんの活躍、更に今最も勢いのある【カロス】さんたちが話題にしていると。さらに誰も未踏だったダンジョンをクリアしたでしょう。正直、私なんかよりもよっぽどすごいですよ」


 そう言われると何だか凄いような気もするが、俺自身はガイドマップに頼りきりだ。

 後はミルフィのおかげでもある。


 でも、褒められるのは嬉しい。


「ありがとな。でもなんでここに呼んだんだ? 外でも良かったのに」

「はい。実は、会わせたい人がいるんですよ。タビトさんについて多少わかるかと思いまして」

「会わせたい人?」

「もうすぐ来る予定ですが……あ、来てくれました」


 するとその時、ゆっくりと歩いて現れたのは、宮廷付きの白服を着た女性だった。

 軍服のような襟付き、手には大きな杖を持っている。


「ルナ、その人がそうですか?」

「はい。先生・・


 え、先生ってあの恐ろしい人? いや怖い人?

 でも、綺麗な人だ。


「初めまして。私はオルトリアの宮廷魔法使いの先生をしています。エドナと申します」

「た、タビトです! よろしくお願いします!」

「ミルフィです。よろしくお願いしますー」


 しっかりモードのミルフィ。

 俺も背筋をピンと伸ばしていた。

 多分だって、この人すげえ怖いらしいので。


「そんなに緊張なさらないでください。少し、魔力を調べてもいいかしら。黒の性質は珍しいので、私も興味があります」

「あ、はい。ど、どうすれば」

「手を借りますね」


 丁寧な物腰、今の所全然怖くはない。

 目を瞑って、何かを考えている。


 だが次の瞬間、目を見開いた。


「確かに不思議ですね。四大元素でも、光でも闇でもない。……魔法、とは異なるようです」

「先生、何かわかりますか?」


 だがエドナさんは首を横振る。


「どうやらお力になれないみたいです。魔法の性質から出身地がわかったりもするのですが、どれも当てはまらないみたいで」


 魔りぃくの方言みたいなものだろうか。だが残念だ。

 ルナも申し訳ないと言ったが、ここまでしてくれて謝ってもらうなんてとんでもない。


 更に先生まで時間を使ってもらった。


「ありがとうルナ、そしてエドナさん」

「いえいえこちらこそ。またゆっくりとお話しましょう」


「……タビトさん、良ければちょっとだけ魔法の基礎をやってみます」

「え、魔法?」

「先生、タビトさんは魔法を使ったことはないと言ってましたよ?」

「ええ。だからこそ興味があります。一体どれほどの魔力量なのか、技術も見当がつかないんですよ。それが分かれば、手掛かりになるかもしれないでしょう? 最もこれは私の興味です。ご遠慮なさっても結構ですよ」

 

 魔法なんて使えるのだろうか。

 よくわからないが、試してみたい。


「是非お願いできますか?」

「はい。そうですね……。魔法はイメージの世界です。世界には四大元素があります」

「火、水、風、土でしょうか」

「おお、ご存知なのですね」


 はい。むしろ初級コース、問題文なら99%の人が間違えないです。

 オタクなら。


「でまはず、火を思い浮かべてみましょう。例えば、何か言葉を叫ぶことでより理解が深まるはず――」

「ファイアー」


 俺は、先生の言葉を遮って指先にライターを思い浮かべた。

 イメージは簡単だ。そのまま思い出せばいい。


 すると、小さな小さな火が一発で灯った。

 まさかだった。


 今まで試しておけばよかった。


 だが小さい。これじゃ何もわからないだろう。

 そう思っていた。


「……何という事でしょう」

「タビトさん魔法を使ったことないっていってませんでした……?」

「え? ああ、でもんな小さな――」

「す、すごいにゃあ!? なんでなんで!?」


 エドナさんが驚き、ルナさんが驚き、ミルフィが叫ぶ。

 え、なにが? ライターって凄いのか?


「……初めてで成功させるなんて」

「そ、そうなのか?」

「普通はどんなに簡単な魔法でも初めてなんて不可能です。先生がおっしゃっていたのは、魔力の流れを視たかっただけですよ。とんでもない凄い事ですよ。どんな大賢者でも一発で成功させるなんてありえません。タビトさん、あなたは一体……何者なんですか」


 え、ええと。


 俺にもわかりません……。


 ……マジで何なんだ俺は。



 タビト

 ★★★★★

 王城でけーすげー

 人が多くて楽しい


 俺、凄いのか?


 ミルフィ

 ★★★★★

 まっさああじ気持ちよかったにゃあ


 あれでもタビト、どこで知り合ったんだろう>


 ルナ

 ★★★★★

 二人とも楽しそうでいいな。

 冒険者か、憧れるなあ


 え、タビトさん凄すぎない?


 エドナ

 ★★★★★

 ……凄すぎる。

 簡単な魔法とはいえ一発で最高させるなんて……。


 百年に一度、いいえ、千年に一度の逸材。

 ほしい、宮廷に欲しいいいいいいいいいいいいい。

 育てたい育てたい育てたい。



 

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