026 八雲旅人

「凄いクマさんがいっぱいあります」

「そ、そうだな……ええと、そのクマは……」

「可愛いですよ」

「おお、そうか! ありがとう、アクア・・・!」


 ふたたびブリジットさんハウスへ。

 アクアとは、目の前でクマの説明を受けているエルフ少女の名前だ。


 なぜ俺のフルネームを知っているのか訪ねようとしていたら、そこにブリジットさんが現れた。

 私も知りたいとなり、ゆっくり話せる場所がほしいということでクマクマ邸にやってきたのである。


「このクマは西の――」

「あ、あのブリジットさん」

「ん、なんだ?」

「あ、あの俺の正体がその、知りたくて……」

「すまない、つい興奮してしまって……」


 照れるブリジットさん二百点。

 けどちょっと後でお願いします。


 それからお茶を用意してもらい、四人でテーブルに座る。

 ここへ来る前、ミルフィが小声で注意してくれた。


『油断しないでね』

『どういうことだ?』

『何が起こるかわからないからだよ。魔法使いの中には記憶を読み取れる人もいる。どこかで頭の中を覗かれただけで、騙されてる可能性もあるから』

『……わかった』


 こういう時、いつも抜け目がないのがミルフィのいい所だ。

 けど俺には、アクアが悪い人には見えないんだよな。


「頂きます。――ひゃ熱い!? あ、す、すみません猫舌で……」

「そんなに熱ついの――にゃああっあ!」

「ふ、二人とも大丈夫か? すまないな、もう少し温度を下げてから飲んでくれ」

「すみません、ありがとうございます」

「にゃあ……」


 やっぱり悪い奴には見えないな。

 ベロだしてひーひーしてるし。隣ではミルフィも同じように。

 おや、姉妹かな?


「それで、さっそく本題に入りたい。アクアは、なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「……そうですね。色々と順序立てて話したいのですが、私の記憶も曖昧な所がありますので」

「記憶が……曖昧?」

「はい。――先に質問してもいいでしょうか?」

「ああ構わない」


「八雲旅人さん、あなたは何を・・覚えてますか?」

「……何を?」


 質問の意図がわからない。

 首をかしげるも、アクアは真剣な目つきで俺を見つめていた。


 そして――。


「ミルフィさん、ブリジットさん、あなた達もです。」

「え、わ、わたし?」

「……何の話だ?」

「みなさん、何を・・を覚えていますか?」


 質問の意図がわからない。

 からかっているわけではないだろうが、何が言いたいのか。


 俺たちは、首を横に振る。


「……わかりました。でしたら結論から言います。一年前、私はあなた達と旅をしていた記憶があります。ただそれも断片的な記憶に過ぎません」

「……旅?」

「はい。そして私たちは、死の将軍を倒したのです」


 旅? 一年前? 一体何を……何を言っている?


「ブリジットさんは、タビトさんのことを少し覚えているんですよね?」

「……ああ、命を助けられた事だけだ」

「はい」

「だが私も不思議だが朧気の記憶しかない。ただその時の旅とは、今と随分と違うかったがな」


 それを聞いた上で、アクアは顎に手を置いた。

 ちなみにこんな時になんだが、頭を悩ませるエルフ少女はとてもカワイイ。


「私たちが倒した死の将軍はとても強くありました。他人の命を奪う為に存在していたような輩です。ただ何よりも恐ろしかったのは、呪いの魔法です。死してなお残した魔術、その結果、タビトさんに関する記憶が世界中から消されたと推測されます」

「……は? アクア、一体何を言ってるんだ? 訳が分からないぞ」

「そうだね。タビトの言う通り、一体何が……目的なの?」

 

 ミルフィは少し怒っているように思えた。いや、警戒しているのだろう。

 それでもアクアは続ける。


「世界には魔力が漂っています。それを介して人々の記憶を改変したのでしょう。八雲旅人さん、あなたが最後に死の将軍を倒し、世界を平和をしました。ただし最後に呪いを掛けられたのです。あなた自身も忘れてしまうほど強力な呪いです」

「……つまりなんだ、まとめると俺たちは元々旅の仲間だったが、死の将軍を倒した結果、呪いを掛けられ、俺に関する記憶が綺麗さっぱりなくなったってことか?」

「それで間違いないと思います。死の将軍の魔法の文献にも、呪いの類の記述も確認しています」

「……だったらなぜアクアは俺の事を覚えてるんだ? おかしいだろ?」

「私は生まれながらにして魔力抵抗力が高いのです。おそらくそれの問題だと思います。ブリジットさんも同様、もしかしたら同じような人もいるかもしれません」


 すぐに否定しようと思った。だがふと思い出す。

 俺の事を何となく覚えていた人、それは魔女のミリと宮廷候補のルナだ。


 二人とも魔力は高いだろう。


 ……いや、それでも信用できない。

 ただその時、まさかのミルフィが口を開く。


「……初めてタビトと会ったとき、実は……なんだか懐かしい感じがしたの、もしかして、それって関係してるのかな」

「ミルフィまで……」


 いや怪しい、怪しすぎるだろ。

 だがミルフィの顔は、どうやらアクアの言葉を信じているかのようだった。

 なぜだ?


「……ねえ覚えてる? 私が落とし穴に落ちてたこと」

「ああ、そりゃ覚えてる」


 覚えているよ。

 後からずっと考えていた。

 何メートルも飛ぶことができる脚力があるのに、穴に落ちてたのかってな。


「私、あの時の記憶が全然ないの。でも唯一あったのは悲しみだった。辛くて、苦しくて、だけどここから動いてはいけないって強く思ってた。だけど、タビトと出会った瞬間に嬉しくて嬉しくて、もしかしてだけど……何か関係してないかな?」

「……さすがに話が飛躍しすぎだろ」

「でも、アクアさんの話を聞いたら、凄く、凄く納得できた」


 用心深いミルフィがこんな事を言うことはめずらしい。


 つまりなんだ、俺は……ただ記憶を失ってただけってことか?

 ずっと前からこの世界にいたってことか?


 ならその死の将軍も、俺が?


「あ、すみません。大変申し遅れました。こちら、聖神の証です。私は嘘をついていないことを、これで信じてもらえませんか?」

「……なんだと」

「凄い……初めて見た」


 その時、アクアが胸元のネックレスを出した。

 そこには、女神のような絵が描かれている。それを見たブリジットさんとミルフィが、同時に声を上げた。

 ちなみにこんな時になんだが、ちょっだけ胸元が空いたのでドキッとした。


「これって、すごいのか?」

「皇帝陛下から授与されるものだ。清く正しく、それでいて品行方正の魔法使いだけに与えられる」

「私も知ってる。けど、初めて見た」


 ハッ……じゃあ、マジなのか。

 ……少しだけ信用してみるか。


「アクア、俺は――」


 俺は、アクアに話した。

 異世界転生してきた日の事。

 ミリ、ルナ、そして――一つの結論に至った。


「おそらくタビトさんがこの世界に来たと思っていた日、その時に記憶がリセットされたんじゃないでしょうか。それならすべての辻褄が合います」

「……やっぱり俺は、ずっと前からこの世界にいたってことになるよな?」

「はい。私は覚えています。断片的な映像に過ぎないですが、確かにあるのです」


 信じられない。だがそうとしか思えない出来事もある。

 身体がやけに戦闘に馴染んでいたこと。


 そして俺は、この世界でまだ誰にも八雲旅人と名乗っていない。

 なのに初めてのアクアがそれを知っていることはありえないだろう。


 だだ一つだけ、記憶を読み取れるという魔法。

 その可能性だけはゼロじゃない。


「これを見てください。私のポケットに入っていたんです。これが何なのかわかりませんでしたが、どうしても捨てられませんでした。そして冒険者ギルドで置かれていたガイドブックを見た瞬間、強く思い出しました。八雲旅人さん、あなたに命を助けれらことを」

「……これ、タビト」

「ああ、……これは……間違いないかもしれないな」


 アクアがポケットから出したのは、手作りのガイドブックだった。

 書きかけだが、俺と同じ筆跡だ。


 そこには、クチコミの事も書かれている。

 まだ俺が行ったことのない場所だ。


 つまりこれは、前の俺が作ろうとしたんだろう。


「ハッ、マジかよ」


 否定する材料はもうない。

 これが、事実なのだ。


「タビトの記憶は戻らないの?」

「自然に戻る可能性があるかもしれません。もしくは、私のようにきっかけがあれば強く思い出すかもしれません。死の将軍を倒した時の呪いが徐々に薄まっている可能性もあります」


 それから色々と教えてもらったが、記憶を思い出すことはなかった。

 全て終わる頃には深夜だったので、ふたたびブリジットさんの家に泊めてもらうことに。


 だが俺は眠れなかった。

 

 夜景でも見ようとフリーピンで飛ぼうとしていた、手を握られた。

 ミルフィだ。


「私も、いいかな」

「ああ――」


【10秒後に移動します。戦闘状態になった場合は、強制的に解除されます】


 夜景が見える丘で、夜空を眺める。


「凄い話だったね」

「ああ、今だ信じられないがな」

「でも、私は納得したかも。タビトとすぐ仲良くなれた自分が、不思議だったから」


 ほのかに微笑む彼女は、とても儚く見えた。


「これは推測にしかすぎないが、アクアの言っている事が全て真実なら、俺があの森にいたことは偶然じゃない気がするな」

「どういうこと?」

「おそらくだが、俺の能力は以前もあった。だが記憶を失った時点でリセットされたんだろう。だから、フリーピンで飛んだんじゃないかな。記憶が完全に消える前に」

「でも、どうして森に?」

「……もしゼロになっても、一からスタートすれば、記憶が戻ると考えたんじゃないのかな。で、ミルフィも着いてきてくれたんだ」


 何の確証はない。

 だがもし自分が記憶を失うとわかっていたならそうするだろうと結論付けた。


「だったら私が落とし穴から動かなかったのは、タビトを待ってたのかもしれないね」

「はは、そうかもな」


 ミルフィは優しい。

 記憶を失った俺は赤ん坊同然だ。

 だから、守ろうとしてくれていた。


 ……そうだといいな。


「これからはどうするの?」

「変わらない。旅を続けようと思うよ。でも一つ確信してることがあるだ」

「確信?」

「きっと以前の俺もミルフィの同胞を探してたんじゃないかな。その旅の途中で死の将軍と戦ったんだと思う」

「ふふふ、だったらタビトは本当にいい人だね」

「どうだろうな。相当なバトルジャンキーだったと思うが」


 何の問題もない。

 本当の自分を探す旅から、記憶を取り戻す旅に変わっただけだ。


「これからもよろしくなミルフィ、でいいよな?」

「うん! 当たり前だよ!」


 絶対取り戻したい。


 ミルフィ、ブリジットさん、アクア、そして俺。


 考えてみよう。


 どれくらい一緒旅をしていたのかわからないが、死の将軍を倒せるほどのチームワークがあったはず。


 つまり、仲良し。


 想像しただけで幸せだ。


 美女三人と俺だぞ。

 そんな幸せハーレムな旅なんて絶対良い思いをしていたはずだ。


 きっと風呂とか、何だったらあんなことやこんなことをしていた可能性すらある。


 思い出せ、絶対思い出したい。


 ああああああああああ、がんばれ俺ええええええええええええ。


 失われたハーレム記憶ううううううううううううううう。


 ブリジット

 ★★★★★

 失われた記憶、か。

 まだ信じられないが、どんなことを話していたのだろうか

 クマの事も言っていたのだろうか


 アクア

 ★★★★★

 少し不安だったけれど、分かってもらえてよかった。

 何だか安心する。仲間といるから?

 それとも、このクマ抱き枕のおかげかな?



 ミルフィ

 ★★★★★

 タビトと知り合いだったなんて驚いた

 でも嬉しかったにゃ

 ……えへへ


 タビト

 ★★★★★

 戻れ記憶、戻れ!

 絶対あったであろう幸せな記憶

 戻れ! 戻ってくれ!

 俺のハーレムスローライフ! 戻れ!!!!!


 ――――――――――――――――――――――

 あとがき。

 不思議に思っていたと思います。

 なぜミルフィが落とし穴に落ちていたのか。

 完全に記憶が戻るまではわかりませんが、ミルフィがタビトを守ろうとしていた可能性は高いかもしれませんね。


 さてさてカクヨムコンも終盤なので、続けて二話目も更新します!

 

 027⇒11:05

 

 お楽しみに!!!

 


【読者の皆様へお願いでございます】


少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ評価と★をお願いします!

評価は下にある【★★★】をタップorクリックするだけでできます。

★は最大で3つまで応援いただけます!

ブックマークもポチッと押せば超簡単にできます。


どんな些細なコメント、おもしろい、だけでもすっっっごく嬉しいです。


お読みいただきありがとうございました(^^)/



また、最終日で以前投稿した【異世界恋愛】の【短編】を投稿させていただきました。

1万文字で完結しており、なろうの上位にも入った作品なので内容には自信があります。

 是非見てもらえるとありがたいです。


幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

https://kakuyomu.jp/works/16818023212800219516

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る