015【ガイドレンズ】でネームドも【余裕】すぎてしまう。

 サイクロプスの亜種と簡単に口にしていたが、まるで一軒家だ。

 デカいこん棒を片手に巨岩を破壊している。

 自分以外のすべてが敵に見えているのだろう。


 やがて、地面にうずくまっている冒険者たちに狙いを定めた。

 ブリジットさんは離れた場所にいる。到底間に合わない。


「ミルフィ、後ろの奴らを頼んだぞ。――俺が何とかする」


 そして俺は、短剣を片手に駆けた。


  ◇


「移動開始だ。休みはないぞ!」


 引率してくれている兵士が、大声で叫んだ。

 結局、冒険者は30人以上も集まった。

 

 ブリジットさんは兵士と先導してくれている。

 後は、まるで遠足のようにぞろぞろと着いていく。


「なあ、報酬を頂いたら夜通りいこうぜ」

「ハッ、お前も好きだな」


 周囲は既に余裕な笑みを浮かべていた。

 人数が多いからなのか、それとも単にネームド討伐が難しくないのかはわからない。


「油断してるだけだよ」


 俺の表情で気づいたのか、ミルフィが言った。


「何が起こるかなんてわからない。たとえ簡単な薬草拾いでも死ぬ。それがわからない人は、淘汰されていくよ」


 他人に助言しようと思ったが、そんなことをすれば喧嘩を吹っかけているのと変わらないだろう。

 冒険者の世界は【等級】が絶対正義だ。


 すると、先ほど俺にちょっかいを掛けて来た男たちが横から声をかけてきた。


「報酬の1割やるから、俺の荷物ポーターしてくれよ」

「ハハッ、俺のも頼むぜ」


 ミルフィは軽く睨んだが、このくらいはよくあるのだろう。

 とはいえ、何か手をだしたらすぐにでも叩き潰しそうな顔をしていた。


 大人数で喧嘩になればどっちが悪いなんて関係ない。

 それがわかって声をかけてきている。ったく、性質が悪いな。


「報酬の9割ならいいぜ。その代わり、全部の荷物をもってやるよ」

「ハッ、言うぜこいつ」


 バカにするような態度で笑う。

 何が面白いのかはわからない。


「タビト、限界を超えたら教えて。――戦いに紛れて殺すから」


 ちなみにミルフィが掛けてくれた言葉だが、多分本気だった。


   ◇


 それから一時間ほど歩いたところで陣形が止まった。

 俺的には結構な距離だったのだが、周りは割と近いんだなと声を掛け合っていた。

 さすがこの世界の冒険者たちって感じだ。


 マップもかなり広がっている。

 ただ、左右の部分が見切れてたりするので、完璧主義の俺にとっては凄くむずがゆい。


 後、めちゃくちゃ【落とし物】もスルーした。

 これはこれでつらい。ステータスで変な称号が増えそうなのでこれ以上は我慢する。


 眼前には、大きな川と巨岩が等間隔に並んでいた。

 小さな橋も架かっている。



【王都近郊、オジアリアの川】

 3.4★★★☆☆(9845)


 オルトリアの商人

 ★★★☆☆

 綺麗な川だが、たまに魔物が出るんだよなあ

 警備とかつけてくれないかなあ


 C級冒険者

 ★★★☆☆

 川床には魚がいるので野営ができる

 日によっては魔物も出るので注意


 B級冒険者

 ★★★★☆

 比較的静かな場所

 出現する魔物もそれほど強くないが、たまに様子がおかしい


 A級冒険者

 ★★★☆☆

 巨大化の亜種と戦ったが、デカすぎる



「聞いてないぞ……」


 その時、兵士が呟いた。

 俺の耳は随分と良いらしく、聞き分け能力に長けているみたいだ。


 先頭のブリジットさんも遠くを見据えている。

 視線を合わせると、遠くの岩陰から大きなサイクロプスが見えた。

 巨大な体躯、デカい一つ目、手にはデカいこん棒、何よりもその身長に驚く。


 これが普通のサイズなのかと思ったが、冒険者たちが怯えた様子で声を上げた。


「おい、何だあいつ!?」

「デケェ……どういうことだ?」

「クソ、亜種って巨大化かよ。騙されたぜ」


 ミルフィに訪ねようとしたら「これは最悪だね」と言った。

 通常の個体と比べてデカいのだろう。

【ガイドレンズ】をするには距離が多い。


 ブリジットさんが兵士に何提言しているらしい。

 近寄って耳を澄ませる。


「一旦引いた方がいい。もしくは、人数を減らすべきだ。何かあった時に収集がつかなくなる」

「悪いがそれはできない。こいつらには報酬も与えると約束している。王都の名誉にもかかわるからな。それよりも急がねばならんのだ」


 退くつもりはないらしい。

 兵士の階級は割と高いらしく、肩には金色の刺繍がされていた。

 ブリジットさんが、明らかに不満そうだ。


 そして、兵士が後ろを振り返る。


「陣形を整えろ。全員でやればすぐ終わる。怯んだ奴には報酬はやらんぞ」


 その一言が、冒険者たちを動かした。

 作戦はほとんどない。ただ、囲むだけ。


「こんなんでいいのか?」

「ダメだね。ブリジットさんもわかってる。けど、あの兵士の勲章、貴族上がりだよ。きっと上から言われて急いでるんだと思う。後は手柄かな」

「……最悪のパターンって奴か」


 恐怖、とまではいわないが、先ほどまでの遠足気分とは空気が変わる。


「普通は4メートルくらいなんだけどね」

「どうみてもあれば倍だな」


 とはいえ依頼を受けたのだ。

 俺もその中の1人である。


 そのとき、サイクロプスが魔力を感じ取ったらしく叫んだ。

 そして、駆けてくる。


 ブリジットさんが先頭で前に出ると、全員が続いた。

 周りの魔法使いが攻撃を放つ。初めて見るが、まさにゲームと同じだ。

 だがビクともしない。どうやら図体と同じく耐久力も高いらしい。


 男たちの怒号が聞こえはじめる。これが、ネームド討伐か。


 だがここで想定外の事が起きた。

 後ろから悲鳴が聞こえたのだ。


 振り返ると、そこには同じデカいサイクロプスがいた。

 いつから隠れていたのか、マップを確認すると、次々と増えていく。


 ――クソ、川の中にいたのか。


「タビト――」

「ああ」


 頭を切り替えろ。

 戦闘が始まると、大勢が入り乱れることになった。

 前からも新たな魔物が増えている。ブリジットさんが先頭で戦っていたが、他の魔物も出現している。


【ガイドレンズ】を発動させた。


【巨大化したサイクロプス】

 獰猛な性格で、人間の血肉が大好物。

 通常個体と違ってデカく、強い。

 弱点は目と足。


 

 なるほど。だが厄介なのは高すぎて弱点が狙えないってことか。


「さあ――やるにゃあ!」


 ミルフィが体を屈めた。

 直後、凄まじい脚力と跳躍をみせる。


 サイクロプスと同じ目線に飛びあがったかと思えば、こん棒を回避、後ろ蹴りで目に一撃を与えた。


「すげええ……」

「あれが、A級か」


「グォッアアォオオ」


 それに続いて全員が取り囲む。

 だがこん棒が何人かにぶち当たって吹き飛んだ。


 骨が折れたのか口から血を吐く。

 圧倒的な破壊力、今までの魔物の比じゃない。


 だが不思議と俺は冷静だった。


 命を賭けた戦い、それが、ちゃんと認識できている。

 呼吸を整えて、駆ける。


「タビト!」

「――大丈夫だ」


 迫りくるこん棒を寸前で回避。

 耳に風切音が響いた。


 後ろに回って足の腱を切り裂く。

 サイクロプスが痛みで倒れこみ、大勢が切りかかった。


 まるでいじめだ。とはいえ、これが戦い。


「はあはあ……」

「しぶといやつだったな」

「ケッ、大したことねえぜ」


 それから何体か倒した。

 先頭ではブリジットさんが猛威を振るっていたらしい。


 地面には、何体ものサイクロプスが倒れていて、返り血を浴びている。


 幸い冒険者の死体は見当たらないが、怪我人は大勢だ。

 かなり難しかった。

 連携が取れていないので人が邪魔になり、余計に戦力が落ちているような気もした。


 これも学びだな……。


 そのとき、マップが反応した。


 直後、俺が叫ぶと、兵士の身体が固まった。


「下がれ!!!」


 その光景に気づいた冒険者たちが同じ視線を向けると、周囲の岩陰からサイクロプスが再び現れた。


 目が充血し、赤く。

 そして、更にデカいし、筋肉質だ。


「うわあああああ、怒りアンガー状態だ!」


 1人が叫ぶと、まるで混乱の渦だ。


 ガイドマップの文字を見つけ叫ぶ。


「まだいるぞ! 前と後ろ!」


 怒りアンガー状態は、俺も一度だけ狩場で見たことがある。

 同胞が殺されたことによる怒りで脳のリミッターが外れるらしい。


 魔物にもそう言った個体があることに驚いたが、複数同時は初めてだ。


 魔力量が爆発的に増え、命を燃やすほどの怒りで、何倍も強くなる。


「に、逃げろおおおおおおおおおおお」


 すると貴族兵士が真っ先に逃げ出した。

 だがその先は一番最悪な場所だった。

 

 足のつかない川で溺れていく。


 ブリジットさんが気づいて追いかける。


 同時に最悪な連鎖が起きた。

 今まで逃げたがっていた連中が、雇い主の意思によって許可を得たのだ。


 阿鼻叫喚、遠くで逃げ隠れしていた冒険者が、叫んで離れていく。

 もちろん、怪我人だけが置いて行かれる。


「ま、待ってくれ」

「見捨てないでくれよ!」

「あ、足が動かねえんだ!」


 彼らを担いで逃げることはできないだろう。

 つまり、見捨てることになる。

 とはいえ戦力は殆どなくなっている。兵士が逃げても良いと言った以上、戦う理由もない。


 中には、俺を揶揄っていた大柄の男もいた。


「タビト、私が道を作る。まずは逃げ道を確保して、それから――」

「ミルフィ、怪我人を見ていてくれないか。広範囲で動くのは俺よりも向いてるだろ」

「……どこへ向かうの!? そっちはダメだよ!?」

「大丈夫。大丈夫だから――見ててくれ」


 俺は、ミルフィに言っていないことがある。


 そして、気づいたことがある。


 何度か戦闘したり、この世界に馴染んできたからわかったことだ。


 心を許している彼女にも唯一言えなかった。


「あ、あいつ何するんだ?」

「おいD級、下がれ!」


 充血したサイクロプスが走ってくる。


 それも五体だ。


 普通なら恐ろしいと感じるだろう。


 視線を向ける。ガイドが、レンズが、相手の動きを予測してくれる。

 ただそれだけじゃ勝てないだろう。


 自分が思うように身体を動かす必要もあるし、恐怖を感じていたらダメだ。


 けど俺にはそんな感情はほとんどない。

 

 おそらく元々の自分、つまり俺の性質なのだろう。


 ――敵を蹂躙することが、戦うことが、楽しい。


 ……あァ、お前ら如きが――俺に勝てると思ってんのか?


「――当たらねえよ」

「ガギャッガアア!?」


 こん棒を回避。

 足元から駆けあがっていく。


 ぶんぶんと身体を揺らすが、そんなもんじゃ落ちない。

 やがて眼に辿り着き、思い切り上から下に切り裂いた。


 ――一匹目。


「ギャギァッアア!」


 後ろから振りかぶられたこん棒は音で気づいていた。

 くるりと反転し、頸動脈を切り裂き、更に目を潰す。


 それからも同じように繰り返し、最後のサイクロプスの命も何なく切り取った。


 周囲の冒険者たちは、動かず、立ち止まって、俺を見ている。


 嬉しくて楽しくて、敵を殺したことで笑みを浮かべていたことに気づく。


 ハッ……なんだ俺、一体何者だったんだ?


 まあいいか。 あァ、楽しかったなァ。


 そしてミルフィが走ってくる。


 どうしたんだと思っていたら、抱き着いてきた。


「タビト、大丈夫!? 怪我は!?」


 なんだかすっかり毒気が抜かれてしまい、ようやく自分・・に戻った気がした。


「大丈夫だ。ありがとう」

「良かった……。てか、凄すぎにゃ」


 自分の身体は大量の返り血を浴びていた。

 のんびり旅旅行する予定だったんだが……?


「これから大変かも」

「大変?」


 ふと周囲に視線を向ける。


 周りの冒険者が驚きすぎて目を見開いていた。


 あーこれなんだっけ。



 ……俺、なんかやっちゃいました? だ。



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