002 猫人族のミルフィ

「ありがどうございまづううううううううう」


 穴から這い出た泥だらけの猫美少女たゆんたゆんが号泣していた。

 だが俺も感謝していた。彩のなかった緑だらけの森に、巨大なたゆんとモフモフ猫が突如降臨したからだ。


 泥だらけでもここまで可愛いのは相当だろう。


「一応誤解したくないので尋ねておきたいが、穴で生活するタイプじゃないよな?」

「違うよおおおお。落ちたんでづよおおおおおお」

「だろうな。とりあえず顔だけ洗ったらどうだ。ほら、水だ」

「あでぃがどございまづううううううう」


 ポケットに入っていた竹筒に飲み水を入れていたので手渡す。


 顔の泥を払うと、やはりとんでもなく綺麗な顔が姿を現した。

 瞳の色が左右で違う。

 猫耳がピョンピョン動いている。マジでやっぱり異世界なんだな。

 あとやっぱ……【すげえ】。


「ふう……すっきりした……。あ、あらためて私、ミルフィって言います! あとその……の亜人なんだけど……」

「亜人っていうのは?」

「ええと、その、なんだろう。人と動物の混血――みたいな? 猫人族ねこびとぞく……っていいます」

「そうか。モフモフでいいな。ということは俺は……人族か? よろしくな」


 モフモフで可愛い。

 俺は、右手を差し出した。すると、ミルフィが少しだけ不安そうにしていた。


「……嫌じゃないですか?」

「? 何がだ?」

「亜人、苦手な人もいるから……」

「気にしないよ。ミルフィは、ミルフィだろ? 俺と何が違うんだ?」


 むしろ触りたい。もちろん、耳とか尻尾だが。

 彼女は、嬉しそうに手を握り返してくれた。


「ふふふ、ありがとう! 名前はなんて言うんですか?」

「ああ俺は……八雲たび――、ええとややこしいか、タビトって呼んでくれ」

「タビト、よろしく! けど本当に助かったよ。危うくここで一生を終えるところだったから……」

「確かにそれは世界の損失だな(たゆん的にも)」

「えへへ、それはいいすぎだよお」

「言い過ぎじゃないぜ(マジ)」


 凄く明るくていい子そうだ。

 耳と尻尾は猫っぽいが、人間と見た目はほとんど変わらない。


 ……というか、気になるな。


「一つだけきいていいか?」

「何でも!」

「語尾に、にゃ、とか付けたりするのか?」


 するとミルフィは驚くほど頬を赤らめた。

 突然もじもじし始める。


 え、これそんなセンシティブな質問だったの!?


「も、もう、初対面でそんなこと聞くなんて、は、恥ずかしいにゃあ///」

「百点の回答をありがとう」


 可愛さ〇 エロさ〇 語尾にゃ◎ たゆん◎


「そうえいば、どうして私が穴に落ちてるってわかったの? 道から結構逸れてたと思うんだけど……もしかして魔法・・?」

「いやそのなんだ……ええとな」


 魔法という単語に、正直心が高揚した。

 やっぱりあるんだと。

 だがそれよりも真実を話すべきか、少しだけ躊躇した。


 見たところミルフィはいいヤツそうだ。

 けど、【異世界ガイドマップ】について話していいのかどうかの判断がつかない。


 俺は、この世界の事をよく知らない。

 色々と教えてもらいたい気持ちもある。


 そのとき、マップの横がチカチカしていることに気づいた。

 クリックすると、ミルフィという項目が追加されており、ウィンドウを操作する。


 ミルフィ。

 猫人族。極度の方向音痴。

 持ち物:切れ味のいい短剣、お金、お守り。

 装備品:茶色のシャツ、布のショートパンツ、フリル付きの黒下着。

 

 ……おお。

 最低限の情報って感じだが、こんなのも見られるのか。


 てか、黒って……マジなのか?


「ミルフィ、またもう一つだけ教えてくれるか?」

「もちろん! なんでも――」

「下着は、黒か?」


 これは重要なことだ。

 決してエロ目的ではない。


 情報の確認だ。

 今俺は、彼女の肌着は見えていない。

 なのに表示されているのならば、これはとんでもなく有益な情報だ。


 だからエロではない。


 決して、違う。


 断じて違う。


 何でも言おう。――違う。


「えええええ!? い、いきなり!? そ、そうだけど……もしかして見えてた?」


 俺は、心の中でガッツポーズした。


 って、それより――。


「俺はな――」


 やっぱり俺は異世界人であることを話した。

 ミルフィは悪いやつには見えない。直観でそれを感じたからだ。下着は関係ない。


 時折相槌を打ってくれて、最後まで話を終えると、ふたたび号泣していた。


「そうなんだあああああ。ブラック企業って大変だねええええええええええううううううう」

「ハハッ、そこか。でも、ありがとな」


 どうやら前置きの話が涙腺に来たらしい。

 思わず笑いながら突っ込んだ。

 ああ、やっぱりいいヤツだ。

 それから話は、俺の能力・・についてとなった。


「【異世界ガイドブック】ってのは初耳だけど、魔法は色々あるし、私が知らないのもいっぱいあるよ」

「そうか。クチコミってわかるか? その、単語的な意味でも」

「クチコミ? いや、聞いた事はないかな……。私も、人間と言葉は変わらないから大体の言葉は知ってると思うけど」

「そうか……」

「でも、タビトはこっち・・・の世界の人とそっくりだよ?」

「ああ、そうみたいだな。それも、よくわかんねえよなあ」


 そっくりってのは、つまり外国人っぽいってことだ。

 俺はもちろんバリバリの日本人だった。


 今はイケメンになってるしな。


 まあそれはいいとして、現代知識的なものはあまり浸透していないらしい。

 当然と言えば当然だが。


 また、マップも俺しか見ることはできなかった。

 そしてクチコミの説明をしているとき、俺はミルフィの投稿・・を偶然見つけた。


 ミルフィ

 ★★☆☆☆

 なんでこんなところに落とし穴があるにゃあ!

 でも、いい出会いもあったにゃあね。


「……ミルフィ、この森についてどう思う?」

「ふぇ? なんでこんなとこに落とし穴があるんだにゃって、怒ってる。でも、タビトと出会えてよかった」


 なるほど、これで完全に理解した。

 おそらくこの森で【強く】感じたこと、考えたことがクチコミとなり自動で投稿されるんだろう。


 そしてそれを見られるのは俺だけ。


 ――これはかなり面白い。


 これから先どこへ言っても確認できるなら、十分にチートだ。

 戦闘向けではないが、下手するとそれよりも良いかもしれない。


 そして魔法が存在するなら、俺も習得できるかもしれない。

 うん、なんだかワクワクしてきた。


「ミルフィ、俺は今から近くの国まで行くんだが一緒にどうだ? 夜までに抜けないと魔物がヤバイらしい」

「もちろんだよ! いつも道に迷うんだよねえ……」 

「極度の方向音痴だもんな」

「ふぇ?」


 けど、落とし穴って方向音痴と関係あるか?

 まあいい、それより急ぐか。


 しかしその瞬間、魔物と思わしき獣が飛び出してくる。

 犬よりもデカく、そして口に牙が生えている。


「がるるるぅ!」


 俺は慌てふためいたが、咄嗟にミルフィが前に出た。

 その手には、既に短刀を持っていた。


「――勝負ッ!」


 ミルフィは笑顔で駆けた。

 ――ものすごく早い。だが不思議なことに、俺にはそれがゆっくりに視えていた。


 ミルフィは手馴れた様子で魔物の攻撃を回避する。返しざまに頸動脈を切り裂き、問答無用で止めも刺した。

 所作に無駄はなく、また、命を奪うことにも手馴れているようにみえる。


 これが――殺し合い。


 心臓が高揚する。恐怖なのかどうかはわからない。


 しかし続けて魔狼が現れるとわかった。

 俺の地図に、【!】が出現したからだ。


「ミルフィッ! まだいるぞ!」


 俺は、先ほど拾った血塗られた短剣を手にしていた。


 ふたたび、チカチカとマップが光っていた。

 そして視線を合わせると、何と――名前の時と同じように表示された。


 魔狼:飢餓状態

 鋭い牙で人間を襲う

 耐久力は低い。

 弱点:右のこめかみ


 ……すげえ。


 今まで喧嘩なんてしたことはない。


 だが不思議と身体が軽かった。

 それに、なんだか手にしっくりと短剣が馴染む。


 自分であって、自分ではない感覚。


 ――勝てる。なぜか、それがすぐわかった。


「タビト!」

「大丈夫だ、ミルフィ――」


 すると誘導されるかのように身体が動く。

 同時にガイドマップが地図ではなく、敵の弱点の部分が強調されたあと、なぞってくれといわんばかりに軌跡が表示された。


 俺はそれに添わせるだけ。そのまま無駄のない動きで、一撃で絶命させた。


 ……ハッ、すごすぎるだろ。


 どうやらガイドマップは戦闘でも使えるらしい。

 だが自分の身体が軽かった。それは、説明がつかないが。


「凄い! タビト、強いにゃあ」

「あ、ああ。……みたいだな。つうか、ミルフィのがヤバイぞ」

「そう??」


 そのとき、ふたたびアナウンスが流れた。


 名前:タビト

 レベル:1⇒ lv 2

 歩行距離:2454歩

 体力:E

 魔力:E

 気力:E

 ステータス:ワクワクドキドキ初めての戦闘に勝利

 装備品:布シャツ、布ズボン

 固有能力:異世界ガイドマップ、超成熟、多言語理解、オートマッピング

 称号:異世界旅行者


 Nwe:【旅行鞄】を習得しました。


「……【旅行鞄】?」


 首を傾げながら文字を押す。

 すると、生前よく使っていた黒い肩掛け鞄が出現した。


 何か入ってるのかと思い開いたが、まるで異次元に繋がっているみたいに真っ黒だ。


 ……もしかして。


 血塗られた短剣を放り込んでみると、パッと物が消えた。

 重さも感じない。


 そして――。


 旅行鞄

 血塗られ短剣。

 5/100


「やっぱりそうか。――これはいいな」

「どうしたの?」


 すると、ミルフィが首を傾げながら、笑顔で魔狼の血抜きをしていた。

 ……は、早い。そして凄い。


 だが旅行鞄も凄い。


 いわゆる空間アイテムみたいなものだろう。

 こんなの強すぎるじゃないか。


 歩行距離に応じてボーナス、敵を倒した経験値でレベルが上がる、という感じだろうか。

 それか歩いたのでレベルが上がった可能性もあるな。


 このあたりは、もっと検証を重ねてみよう。


「よしミルフィ、早く国にいこうぜ!」


 声をかけると、既に解体が終わったらしく。肩に掛けていた。

 試しに旅行鞄に入れてみると、20/100と表記が変わる。


「す、すごいにゃあ!?」


 なるほど、体積で関係しているのか。

 レベルがあがればどんどん増えていくはず。


 さらに新しいスキルも出現するかもしれない。


 これが俺の――異世界ガイドマップ。


 ――最高じゃないか。


 ミルフィ

 ★★★★★

 魔物との戦いはやっぱり楽しいにゃあ

 お腹空いたー、美味しもの食べたいー


 タビト

 ★★★★★

 魔の森でいい出会いがあったぜ!

 スキルも最高!

 たゆんで目の保養もばっちりだにゃあ!

 

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