2000年4月某日(社員は奴隷)

 学校で習った歴史は嘘だった。奴隷制度は廃止されていなかった。


 私は会社に入ってから、朝の8時から夜の11時まで、毎日残業し働いていた。残業代は支払われるが、残業に対する拒否権は無かった。一緒に働いている社員みんなが経営者の奴隷だった。

 何故、誰も文句を言わないのか?不思議でならなかった。しかも、残業をしなければならない理由が、納期を伸ばせないからという理不尽なものだった。

 納期を決めたのは誰なのか?見積もりが甘かったのなら、ごめんなさいして、納期を伸ばせば良いのではないのか?自分が置かれた環境に納得がいかなかった。

 納期を守るために3日間徹夜したこともある。これが、奴隷でなくて何だと言うのだ!


 会社に入って思ったことは、やはり世界なんか滅んでしまえだった。


「神様、早くお迎えに来て下さい。こんなつまらない人生、明日にでも終わりにしたい。輪廻転生があるなら、今度は金持ちに生まれたい」


 だが、願いは叶わなかった。なぜ、この世は、こんなにも生きるのが辛いのか、仏教の六道輪廻にある通り、仏の世界以外は地獄なのか?

 そう考えると、ここはやはり地獄なのだろう。辛い苦しいしか無い世界、私は前世で何かの罪を犯し、奴隷の様な生活をしているのだろうか?もし、そうなのであれば刑期が終わるまで苦しむしかない。

 キリスト教では、自殺も罪らしいが、ここが地獄なら納得だ。自殺とは脱獄なのだ。刑期が延長されるだけだ。

 罪人の私は、ただ苦しむしかない。早く死にたい。


 その上、同僚も敵だった。ある同僚はヤクザの情婦に手を出してしまい。詫びとして100万要求されたから50万貸してくれと言ってきた。当然、嘘なのは知っていたが、まあ一緒に働いていた仲間だったし、ヤクザの件は嘘だったとしても人を騙してまで金が欲しいのなら5万ぐらいなら上げても良いかと思い振り込んだ。

 それだけなら良かったのだが、今度は先物取引の投資話をしてきた。今度は別人の名で電話番号も変えて来たので、最初は同僚だと分からなかった。

 私は、押しに弱い人間ではない。仕事以外では嫌な事は嫌と言える性格だった。だから、投資の話も断っていたのだが、この時は珍しく途中で電話を切る事も無く、会う事にしてしまった。まるで、霊的な何かにそうするべきだと言われたかのように……。だが、会って話を聞いたら取引自体は断ろうと思っていた。

 しかし、会いに来たのは同僚だった。なぜバレないと思ったのか……。多少髪型は変えているが、分からないはずは無い。5万円貸した事でカモだと思われたようだ。だが、頭がおかしい。私の給料は当時手取り13万だったし、それを伝えても居た。貯金などあるはずもないのは分かるだろうに……。

 しかも、私は青森と神戸を行ったり来たりする仕事をしていて、その日は青森に居た。その同僚とは神戸で知り合い一緒に仕事をしたのだが、相手は神戸に住んでいた。私を騙して金をとるために青森に来たことになる。往復の交通費だけで前に貸した5万円は吹っ飛ぶのだ。

 同僚は確実に騙して金を取れると思っていたのだろう。5万円を失う事になるとは思っても居なかっただろう。

 私は、同僚だと気が付かない振りをして、話だけ聞いて断った。

「お前!ふざけんなよ!交通費いくらかかったと思ってるんだ!」

 急にブチ切れてきた。

「知るか!私は話だけ聞くと言ったんだ!儲かるかどうか保証もない取引に払う金は無い!」

 私が言い返すと同僚は驚いていた。

「でも、最初から取引するつもりが無いのなら断ればよかったでしょう」

 私の勢いに気圧されたのか急に丁寧語になった。言っておくが、何度も断ったのに会うだけで良いとしつこく粘ったのは同僚の方だ。

「断ったのに食い下がったのは、あなたの方だし、そもそも私を説得するのがあなたの仕事でしょうが!」

「なんだとこの!」

 同僚は私を殴ってきた。普段の私は温厚なので脅したり暴力を振るえば言う事を聞くと思ったのだろうが、それは間違っている。私は、普段、怒る事は無いが、暴力だけは絶対に許せないと思う性格だった。殴られた瞬間、スイッチが入った。相手に対して怒りが発動したのだ。

「あ、殴りましたね!暴力振るいましたね!警察に電話します。すぐそこに交番あるんで、出るとこ出ましょう!」

 そう言って、私は電話を掛ける振りをした。すると同僚は慌てて逃げだした。待ち合わせした場所は青森県のド田舎の駅だった。電車は1時間に1本しかこない。当然、通報したら同僚に逃げ場はない。だが、私は仏ではない。

 わざわざ神戸から青森まで私に会いに来てくれた同僚を警察に突き出すのはもったいないと思い、警察には電話せず。そのまま駅の駐車場に止めていた自分の車に乗って帰った。

 同僚は、私から騙し取った5万を失い。1時間に1本しか来ない駅で待って居れば私が呼んだ警察に拘束される危険があると思い込み駅にも戻れず。土地勘の無い田舎町をさ迷う事になるだろう。

 その後、駅に様子を見に戻るのか、近くに取ってあるであろうホテルまでタクシーで戻るのか、私の知った事では無かった。震えて眠れクズが……。

 私は、普段は方言丸出しで怒るのに、この時は敬語で冷静に怒っていた。まるで、誰かがのり移り私の代わりに怒っていたように感じた。


 その日、5万円は戻ってこなかったが私は同僚に復讐を果たした。同僚は5万以上の金を失ったのだ。


 その後、色んな場所に出張で行かされ、その都度一緒に働く仲間は変わっていった。その中に、私を麻雀に誘う先輩がいた。私も麻雀は好きだったし、大学時代は同級生と徹やして遊んだこともあった。お金も少額だがかけていた。

 その先輩は1ヶ月は少額で遊んでくれていた。月の負けの金額も2千円ぐらいのものだった。だが、2ヶ月目になると賭ける額を十倍にして欲しいと言ってきたのだ。私は少し嫌だったが、一緒に仕事をしている先輩なので同意して麻雀をした。

 その結果、その月の負けが6万を超えたのだ。勘の良い読者は分かると思うがカモにされたのだ。その支払いは1月目は麻雀の時にしていたが、2月目は、なぜかすぐに払わないといけないという考えに憑りつかれ、銀行でお金を降ろすと職場でみんなの前で支払った。

「おい。こんなところで払うなよ」

 先輩は都合が悪そうだった。

「いいえ、私は負けた分はちゃんと払う主義なんで」

 今思えば、この時、私は自分の意志で動いていなかった。なぜなら、先輩の言葉は聞こえていたが、頭に入って来なかったのだ。あの時、私の身には何かが乗り移っていたのだ。

 お金を払い終えるといつもの私に戻っていた。その後、先輩は私を麻雀に誘わなくなった。


 このように私は酷い職場環境に身を置きながらも、私に害を与えようとした者たちには、意図せずに復讐しつつ過ごしていた。


 今、思い返すと、ずっと神様に守られていたのだ。

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