2024年05月05日(悪魔との契約)
「お前は、このままで良いのか?」
夢の中で私に語りかける男が居た。その風体はビジネスマンのようだった。美形で、なんとも言えない魅力的な男だった。
「このままとは?」
「気が付いているはずだ。天照が与える人生は『成功者の人生』ではない」
「そうだ、それでいい。非業の死を避けたいから唯一無二の救世主に成らない。財産や命を奪われたくない。親兄弟からの裏切りを見たくない。平穏無事に天寿を全うする。だから、金持ちに成らなない。その為に必要な悟りを得て、全ての欲を捨てた。今は毎日幸せだ」
「本当にそうか?」
「君は誰だ?」
「知っているはずだ。10年前に契約した。それから、毎日お前を見ている」
「天照様?」
「違う。真逆の存在だ」
「ルシファーか」
「そうだ。堕天使ルシファーだ。お前は私と契約を結んだ。忘れているだろうが、契約は成された。思い出せ、お前の本当の願いを」
「思い出せない。そもそも悪魔の与えるものは幻だ。一時、栄華を誇ったとしても最後には何も残らない」
「それは誤解だ。悪魔は約束を果たしている。その後、破滅するのは人間の欲のせいだ。それをコントロール出来ないから、破滅するんだ。お前は救世主だ。唯一無二の人間だ。欲望を完全にコントロール出来る。有名に成ろうとも金持ちに成ろうともお前だけは失敗をしない」
「それは傲慢だな、私を騙したいのか?」
「騙すとは心外だ。君の中にある欲望を満たして天界へ帰る準備をさせてあげようと言っているのだ。君は知っているんだろう?この地球こそが地獄だと」
「知っている。だから、欲を捨てて生きるのだ」
「間違っている。ここは私たち悪魔が支配する世界だ。欲望を抑え込んでいては苦しいだろう?なぜなら、天界で欲望を持ってしまった魂が、欲望を満たすための世界が、ここなのだ。さあ、魂の欲望を解放し神の教えは捨てて人生を楽しめ」
「そうか、君がホピ族の伝承に出てきたマサウなのか……。傲慢にも神に意見をして、天界を追放され地獄の番人になった」
「そうだ。最初に、この世界に来た人間に傲慢を与えた。お前たちは神に選ばれた。だから、この理想郷にたどり着いたのだとな」
「その考え自体が傲慢で神の教えに背く行いだと知らなかったんだな……」
「違うな、彼らは罪人だ。でなければ、地獄に来ない。神が滅ぼした世界に残されたのは、罪人の方だ。だが、それをそのまま子孫に伝える事を恥じたのだ。だから、傲慢にも自分たちは清廉潔白だから神に選ばれて残されたと嘘を吐いた」
「聖書の方が真実だと?」
「あれも、間違いだらけだが、罪を犯して楽園を追放されたのは本当だ。だが、原罪は無い。苦しむ理由は、お前たちが望んで苦しんでいるだけだ」
「そうか、私が最初に得た悟り、私が創造神であるという事実と、天照様たち善の神が示す天国への道というものに矛盾を感じていた。その答えが、悪魔の存在なのか」
「そうだ。善良な神は、天国へ導く。悪魔は地獄に導く。どちらも正しいのだ。本人が望めばな」
「そうか、天国は退屈なのだな」
「そうだ、だからみんな地獄に来たがる。こっちの方が面白いからだ」
「対価は何だ?」
「面白い人生を見せてくれ、傲岸不遜、誰にも神にすらも従わない。そんな男の物語が見たい」
「その結果、どうなるかは私が欲望を制御できるかにかかっていると?」
「そうだ、私を含む七つの大罪が、お前を破滅に導こうとする。その誘惑に打ち勝てば『人生の成功者』となるだろう」
「負ければ、キリストの様になると?」
「あれは、成功者だ。ちゃんと自分の目的を果たして死んだ。だから、今でも名が残っているだろう?」
「待ってくれ、まだ決心がつかない。天照様が用意してくれたこの場所、この生活、毎日、天照様と会話する時間が好きなんだ」
「嘘つきめ、天照が嫌がる殺し合い奪い合うゲームを楽しみ、天照が見たくないと言ったアニメを見ておきながら、何を言うのか」
これは、事実だった。天照様は残虐なゲームやアニメを好まない、だが、私はそういうものも楽しんでいた。
「何をすれば、それは始まる?」
「天照と契約した様に私とも契約すればいい。お前は私に何を捧げる?」
「天照様と同じものを捧げる。五感の全てと感情の全て嘆きも苦しみも喜びも快楽もお前に与えよう」
「契約成立だな」
「忘れるな、嘆きも苦しみも全部だぞ」
「分かっている。だが、お前は分かっているのか?私が嘆きも苦しみも好きだという事を……」
「そうだな、悪魔とはそういう存在だった」
「そうだ。そして、お前は悪魔の様な存在だ」
「違うな、私は救世主だ」
「ふん、いまに分かる。お前は神の代弁者ではない。悪魔の代弁者だ」
悪魔はドSでドMらしい。だが、私は違う。他人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌だ。悪魔には成らない。
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