2016年某月(七つの大罪『嫉妬』)

「次は私の番だ。私の名はレビヤタン嫉妬の悪魔だ。PWHARAという会社は覚えているか?」

「ああ、覚えている。酷い会社だった」

「バカが、嫉妬を受け入れていれば副社長に成れたものを……」

「毎日、怒鳴られたり、怒鳴ったりして働くのは嫌だね。それなら、裕福な生活なんて要らない」


 私はあるアプリケーション販売会社に入社した。私は、その時、勤めていた会社が反社会的な商売の仕方をしていたので転職を考えていた。ハローワークで求人広告を見つけ、書類を送ると筆記試験と面接を行う事になった。

 会社名はPWHARA。一見してヤバイ会社名だが、略称だけではなくフルネームもヤバイ会社だった。

 Power harassment recommendation action.意味はパワーハラスメント推奨を行う。という会社名だった。だが、私は自分の能力が生かせるのならと、この会社に応募した。面接と筆記試験の日、その会社に行った。雑居ビルの1室にPWHARAという表札が付いていた。

 扉を見た第一印象は「掃除が行き届いていないな」だった。どこか薄汚れて陰鬱とした印象を抱いた。約束の時間になったのでノックをしてドアを開けて中に入り挨拶をした。

「すみません。本日、面接の予約をさせて頂いた白井です」

「ああ、良く来てくれた。さあ、こっちの席へ」

 50代男性が、私を会議室と思われる場所へ案内してくれた。ドアが汚かったので、中もそうなんだろうなと思ったら、案の定、昼間なのに中が薄暗い、そこかしこに埃が貯まっており、なんとなく嫌な感じがしていた。

 ほどなくして、責任者と思しき老人と、その腹心であろう老人が私の対面に座った。二人の顔はどこか人間とは思えない歪な形をしていた。私は人間の会社に面接に来たことを疑ってしまうほど、二人の顔は人間離れしていた。

 だが、私は今の会社に居るよりはマシだろうと思い。面接を受けた。この時、やはりというか、事前に言われたことがあった。

「最近、パワハラとか言う若者が増えてるけど、君は大丈夫?こっちがちょっと厳しめに指導しただけで、パワハラとか言われるの困るんだけど」

「指導であれば大丈夫ですよ。私は、農家の出身で祖父と父親に怒鳴られながら育ったので、多少厳しい指導は平気です」

「そうか、それは頼もしいな」

 面接の結果は、合格だった。しかも、給料も納得のいく額を提示された。私は、二つ返事で入社を承諾した。


 入社して初日、私は開発部に配属になり間月無能という60代男性の下についた。初日の挨拶の後、社長の驕りで近くのカフェに行き、話をする事になった。

「わが社に来てくれてありがとう。歓迎するよ。我が社は少数精鋭の会社だ。大きい会社とは違い、社長と社員の垣根は無い、会社を良くするためのアイデアを思いついたら、どんな事でも良い。私に教えてくれ」

 社長は本当に良い人だった。権力を振りかざすことなく新入社員の私の意見を聞こうとしていた。この時、私はこの社長の為に全力を尽くそうと思った。


 それから、3ヶ月ほどたち、業務にも慣れ、自社のアプリケーションの内容もある程度把握した。そこで、改善案を思いついたので、早速社長に提案した。

「おお、それは良いアイデアだ。早速、開発部で検討してくれ、時間は多少かかっても良い。期待しているよ」

「ありがとうございます。早速、間月さんに相談します」

 私は、意気揚々と相談に行った。

「そんな複雑なシステム作って何かあった時に、お前責任取れんのか!?ああ?」

 私の提案を聞いた第一声がこれだった。

「私で良ければ全責任を取ります。ぜひ、作らせてください!」

「ぶざけてんのか?こんな物、作れるわけないだろう」

「作れます。社長からは検討してくれと言われています」

「あ?社長に話したのか!何てことしてくれたんだ!これじゃあ、やらなくちゃいけないだろうが!余計な仕事増やしやがって!」

「……」

 会社の為に提案した事で何でここまで言われるのか理解不能だった。しかも、上司なのに責任を取りたくないと言っている。この時点で、私は間月が無能で頼りにならない上司だと理解した。

 ちなみに、この会社にマニュアルは無い。つまり、管理職が本来の仕事をサボっているのだ。まともな会社ならマニュアルを用意している。マニュアルは仕事をよく理解している管理職が新入社員の為に本来作るべきなのだ。

「まあ、言ってしまったもんはしょうがない。作れるか検討してみろ。で、何で作るつもりなんだ?」

「PHP、HTML、CSS2、JavaScript、WindowsServer、Apacheを組合わせて作ろうと思っています」

「Webアプリで作れるわけないだろう!他の言語にしろ!」

「いえ、私のアイデアはPHPの方が作りやすいですよ?」

「Webアプリは、セキュリティ対策とか大変なんだから、アプリケーションとして作れ!」

「え?でも、Webアプリも開発していますよね?」

「あのなあ、お前だけが分かっていればいいという問題じゃないんだ。うちにはPHPとかHTMLとか理解してる者が少ないんだ。みんなが知っているC#で作れ」

 間月の言いたい事は勉強したくないので、自分が知っている言語で作ってくださいだった。お願いすれば良いのに、プライドが高いせいで命令することにしたのだろう。

 だが、60代の老人に勉強しろと言うのは可哀そうなので間月がやった事のあるC#で作ってあげる事にした。


 間月の注文通りに、C#で私のアイデアを実現して簡単なプロトタイプを作成した。その上で、レビュー用の資料も用意して間月に見せた。

「なんだ、この資料は!分かりにくい!やり直し!」

 具体的な指摘は何もなかった。なので、プロトタイプのアプリを共有サーバーに置き、社長に直接資料をメールし、プロトタイプの保存場所と動かし方を説明した。

「おお、凄いじゃないか!この方法で本格的なものを作ってくれ!」

「ありがとうございます」

 資料を見た社長から直接、私に電話が来て褒められた。

「間月君に電話を替わってくれ」

「はい、間月さん社長からです」

 電話を取った間月の反応はこうだった。

「え?アレを進めるんですか?」

「いや~、でもアレは上手く行かないと思いますよ」

「はあ、社長がそういうのであれば、進めてみますけど」

「はい……。はい……」

 電話の感じから、間月は私のアイデアを実現したくないらしい。


 そして、この日から私の地獄が始まった。本格的なアプリの開発に着手した私だったが、間月のレビューが通らなかった。その理由は、資料として作成したExcelのカーソルが左上に無かったとか、画像の大きさが気に入らないだとか、フォントが見にくいとか、内容に関係のない指摘で突っ返された。

 つまり、間月は私のアイデアを実現させたくなかったのだ。これ以外でも、日常の業務で事あるごとに嫌味を言われるようになった。「給料泥棒」「小学生かお前は」「バカか」「お前はバカなんだから何でも俺に聞くようにしろ」「そんな事も分からんのか少しは自分で考えろ」とパワハラのテンプレを受けることになった。

 だが、これらの言葉は間月は幼少期の頃から、言われてきた言葉だと思った。だから、他人にも同じように言っているのだろう。私は間月が可哀そうになった。きっと、そうしなければ尊敬して貰えない程度の自信しかないのだ。

 高圧的に指導しなければなめられる。私が優秀なせいで間月が怯えていると思った。なので、黙って聞くことにした。そのうち、満足して普通になるかもしれないと思った。


 とわいえ言われっぱなしでは、精神衛生上良くないので、心の中でいつも反論していた。もちろん、言葉には絶対に出さない。

1.給料泥棒

 これは、私が教わったことを忘れて、同じ質問を言った時に言われた言葉なのだが、間月の方が給料泥棒である。管理職の仕事であるマニュアル作成の仕事をサボっているからだ。

 そもそも人間は1回で全てを記憶できるほど頭が良くない。忘れることを前提にマニュアルを用意するのが基本である。


2.小学生かお前は

 これは、資料を作成しろとの指示を受け「箇条書きで良いから」と言われたので、箇条書きにして資料を見せた時に言われた言葉だった。

「お前は小学生か?こんなセンスの無い資料、初めてみたよ。書式設定も知らないのか?」

 間月の「箇条書きで良い」という日本語には「書式設定をして見やすくしろ」という意味も含まれるらしい、国語の勉強を小学生からやり直してもらいたい。


3.バカか

 「お前はバカなんだから何でも俺に聞くようにしろ」「そんな事も分からんのか少しは自分で考えろ」矛盾という言葉を知らないのはバカだと思う。また、自分が言った事も記憶できないのもバカだと思う。


 こういった反論は、心の中で留めておいた。なぜなら、反論してやりこめてしまえば、ますます間月は自分の方が無能だと自覚し、私への攻撃を強めるからだ。


 こんな状態で5年務めた。そんな私に社長は優しくしてくれた。

「アイデアの実現は時間がかかると知っているよ。複雑なシステムなんだから時間がかかっても良いものにしてくれ」

 アプリ自体は完成していたが、間月がまともなレビューをしないせいで完成したと報告できなかった。レビューを通していない物は製品と認められない。それが社内のルールだった。つまり、間月が良いというまで私のアプリは完成していないことになるのだ。

 これは、社長でも覆せないルールとなっていたので、社長に直接見せるという手は使えなかった。


 我ながら鋼のメンタルだったと思う。


 しかし、ある日、私がシステムのインストールを担当し、お客様の会社へのシステム設置は営業が行う事になっていた。その営業が確認を怠り、システムが上手く起動しなかった。

 それを見ていた間月が言った。

「おい!営業がミスしたんだから俺の様にガツンと言え!」

 だが、パワハラの様な事を私はしたく無かった。だから、優しく注意した。

「たくっ!今回は良いけど、次はガツンと言えよ」


 この件があって、この会社に勤め続ける意欲を失ってしまった。私はパワハラなどしたく無い。間月と同じ他人の心の痛みが分からないパワハラ人間になるのが嫌だったので、次の就職先を見つけて辞表を出した。

「まあ、辞表を出されたら受け取らなければならない。だが何で辞めるんだ?」

 逆に聞きたくなった。辞めない理由が何かあるのかと?アイデアを握りつぶされ毎日パワハラを受けて、続ける意味は何もない。唯一、社長に認められたアイデアを実現する為だけに5年間我慢したのだ。だが、その為にパワハラをしなければならないのなら辞めるしかない。

「体調に不調をきたしたので、会社を辞めようと思います」

「なんだ、どこが悪いんだ?」

「これは、医者の診断書です」

 私は、急性胃炎と書かれた診断書を提出した。

「急性胃炎?これぐらいで?」

「パワハラを受けて発症しました。証拠もあります」

 そう言って、私は密かに録音していた間月の暴言の数々を再生した。みるみる顔を青くしていく間月。

「出るとこ出ても良いんですよ?」

「あ……。う……」

 どうやら、間月は自分の立場が分かった様だ。私が訴えれば傷害罪が成立し、慰謝料も取れる状態にある事を……。

「まあ、社長にはお世話になったし、他の社員にも恨みはありません。このまま私が退社するまで大人しくしているのなら何もしませんよ」

「う……。ぐ……。次の就職先は決まっているのか?」

「次の就職先は決まっていますよ。ここの倍の給料で私を雇ってくれるそうなので、ご心配なく」

「ぐぬぅ……」


 こうして辞めることになったのだが、警告したにも関わらず間月がパワハラをしてきたので、社長にメールで「パワハラが酷いので辞めます。給料は入りません」という書き出しで始まり、今までされた事や、今もパワハラが続いている事、これ以上勤務できない事を書いて送り、仕事をぶん投げて帰った。

 当然のように携帯電話に連絡が来た。

「なにしてる」

「もう、会社には行きません」

「そんな事が許されると思って居るのか?」

「犯罪者の言う言葉じゃないですね。私は、もうあなたとは話したくありません。詳細は社長から聞いてください」

 そう言って、電話を切った。再度電話が鳴ったが出なかった。その後で社長から電話があった。

「退職の件は分かった。もう会社には出なくていい。ちゃんとサポートできずにすまなかった」

「いえ、仕方のない事ですよ」

 実際問題、社長は全体の統括が仕事だ。一部署のパワハラなど知る由も無かっただろう。


 退職届を出してから、最低2週間は勤めなければならないルールだったが、有休が20日以上あったので、有休で法律的義務は果たしている。社内規定の2か月勤める約束だったがバックレた。

 犯罪者の言葉に従う義務は無いのだ。私と同じようにブラックな環境で働き、有休が10日以上あるのなら、退職届を叩きつけてバックレる事をお勧めする。あと、私は、一言言ってやりたかったので電話に出たが、言いたい事が無ければ出る必要もない。


 出ても気分が悪くなるだけなのでスルー推奨だ。


「お前が、パワハラをしていれば間月の態度は軟化して、アイデアも認めてもらえたのに……」

「嫌です。人の痛みが分からない化け物にはなりたくない」

「あの者が嫉妬したのは、お前のもつ優しさに対してだったのだ。アイデアが良かったからではない。お前が、常に他人目線で客を大事にし、持っている技術を惜しみなく与えようとしたからだ。

 彼は、それでお金を稼いでいたのに、お前はその技術をタダで与えようとしたのだ。清く正しく生きるお前が目障りだったのだ。欲深く生きてきた自分が汚く見えるから、辛かったのだ」

「私が間違っていたと?」

「そうだ。清らかなものは、遠くから見ている分には良い。だが、自分と見比べる距離にあれば、見劣りする自分を恥じてしまう」

「だからといって、私が彼と同じ間違いを犯していい理由にはならない」

「だから、お前は成功しないのだ……」


 私は、嫉妬されるほど正しい人間だったのだろうか?

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