2023年10月07日(熱田神宮)

 私は社員旅行で熱田神宮に来ていた。旅費は全て会社持ち、しかも親睦会費からお土産代も出るし、食事は高級レストランや老舗の名店を渡り歩くので、貯金0の私でも参加できた。

 タダ飯とダダ酒が飲めるという事で、私は社員旅行を楽しんでいた。時間的に拘束されるのが少し面倒だったが、前から行きたいと思っていた日本国内最強のパワースポット伊勢神宮に参拝できると思うと心が弾んだ。


 この日、朝ご飯を食べた後、熱田神宮に行ってお祓いと神楽を見ることになっていた。私は、先導する同僚に着いて歩いていた。神聖な境内の雰囲気と樹齢千年を超える樹木に感動しながら、進んでいた。

 すると、本宮のような立派な建物が見えた。だが、その建物の先にはさらに立派な建物があり、そっちの方が本宮だと思った。それに、神社でよく見る賽銭箱が見えなかったので、本宮では無いと思い写真を撮った。

 右側と左側から1枚ずつ撮ったのだ。そして、本宮に向かおうと思い、その建物に近づくとそこに賽銭箱があったのだ。

 私は絶望した。本宮を写真に収めるとはなんと不敬な事をしたのだろうと……。私は自分の人生が終わったと思った。だが、よくよく考えてみると私の人生は既に終わっていた。

 ブラック企業を転々とし、職歴はグチャグチャ、10回以上転職し、その職種にも一貫性が無い。営業職、技術職、インストラクター、接客業、よくこんな職歴の私を今の会社が採ってくれたと感謝に堪えない。


 もう、終わっているのだから、どうなってもいい。そんな思いで、悪魔の様なお願いを神様にする事にした。


「知らなかったとはいえ、間違って写真を撮ってしまい申し訳ありません。もし、お許しくださるのなら、写真を削除してください。お許しいただけないのであれば写真はそのままに、どんな罰でもお受けします。本当に申し訳ございません」


 賽銭箱にお金を入れて、二拝二拍手したのちに、上記のお願い事をし、一拝して下がった。

 これで、写真が消えたら神様は存在し私を許してくれたことになる。消えて居なければ神様は居ない事になり、私は罰を受けることなく生きていく。居た場合は、私は罰を受ける事になる。こんな世界だいっそのこと殺してくれた方が良いと本気で思っていた。


 さあ、雷でも心臓発作でも何でもいい、神様、本当に居るのなら私を殺してくれ……。私は、天に祈った。


 だが、何も起こらなかった。やっぱり神様は居ないか……。まあ、居たとしても私の様などうでもいい人間を殺す事も罰する事もしないだろう。奇跡も見せるに値しない。そんなちっぽけな存在なのだろうと思った。


 だが、私は神様が存在している可能性が0では無いと知っているので、不敬だから写真は消そうと思った。

 しかし、写真は見つけられなかった。本宮を写した写真が見当たらなかった。代わりにサムネイルの様な複数の画像を組み合わせた様なものが出来ていた。なんだこれ?と思いながらも本宮の写真を探しているとお祓いの時間になったので神楽殿に移動した。


 熱田神宮の神楽殿は立派なもので、そこに神様が居ると思えるほど、神聖で清浄な空間だった。音を出すのも恐れ多いと思わせる何かがあった。お祓いの祝詞も神楽の舞も特別で神聖なものだった。神様が居る。自分の罪穢れが祓われている。それが実感できた。


 お祓いを受けた後、もう一度本宮の写真を探した時に、謎のサムネイルの正体に気が付いた。


 サムネイルだと思っていたものは、本宮の写真2枚の合成写真だった。本宮の部分だけが切り取られ、上下左右があべこべにつなぎ合わされ、色も変更されていた。その編集内容はパソコンがあり、熟練の画像編集者が3時間かけないと作れないモノだった。


 奇跡が起きていた。奇跡が起きていたのだ。神様が存在している。神様が存在していた。私は見守られていた。奇跡を示して下さった。死のうと思っていた私に奇跡を示して下さったのだ。


 私は歓喜していた。踊り出したい衝動と涙が出るほどの嬉しさを押し殺して神様に感謝した。


「神様、奇跡をお示し下さり本当にありがとうございます」


 神様が居てくださることが嬉しかった。私の人生は詰んでいた。それこそ、奇跡が起きなければ不幸なまま死ぬと思っていた。小説が売れる事も無く、宝くじが当たる事も無く、ただ時間だけが過ぎ、夢を叶える事が出来ないまま死ぬ。

 10回も転職を繰り返し、出世する道も閉ざされ、後は奴隷のまま死ぬだけだった私の人生が変わった瞬間だった。


「よい。気にするな、それにしても酷い願いじゃ、叶えねば妾が狭量か無能になるような事を言いおって……。しかも、死んだ方がマシとはなんじゃ!死にたいのなら悪魔にでも祈れ!妾に願う事では無いぞ!」

「そうですね。本当にそうです」

「妾は寛大じゃから、許してやる。あと、もう安心せよ。お主の苦しみは終わる。おみくじにも書いてあったろう?」

「はい、そうですね。ありがとうございます」

「そもそも、妾が本来住んでいる場所は高天原タカマガハラじゃ、神宮は地球を見守るための別荘じゃ、写真に写されても痛くも痒くもないわ」

「そうだったんですね。まあ、私も自分の家の写真を撮られたとしても何も思いませんからね」

「そうじゃろう?妾もそんな事で怒りはせぬ」

「それにしても見事な合成写真ですね」

「それは熱田がやった事じゃ」

「ああ、草薙の剣を形代として現れる熱田大神アツタオオカミ、天照様の別のお姿ですね」

「そうだ。その写真は私が作ったものだ。つまらぬものを切らせおってからに……」

「お手間を取らせて申し訳ありません。ありがとうございます。写真の色が変わっているのは何故です?」

「草薙の剣は万物を切り裂く霊剣ぞ、神気で色が偏食したのだ。私に切れないものは無い、悪鬼だろうが生霊だろうが悪縁だろうが何でも切るぞ、斬りたいモノがあるのなら頼むが良い」

「ありがとうございます」

 ちなみに、私の中で熱田大神様のイメージは凛々しい鎧武者で長身の美女だった。


 私は浮かれていた。神様が存在して奇跡が起こせる。しかも、私を守ってくれる。もう何も怖くない。私は奇跡を与えられ成功する。嬉しい。この感動をみんなにも分け与えたい。そう思ったので、知り合いに奇跡の写真を見せた。

 だが、反応はいまいちだった。神様への畏怖と超常現象への恐怖が見えた。そして、私は神の怒りに触れた者、そういう扱いを受けた。私の行いが無礼な事であり、私はその逆鱗に触れた無礼者、関われば神の怒りを受ける。腫れ物を扱う様な対応をされた。


『神様の奇跡がありがたくないのか?』


 私には彼らの判断が理解できていなかった。この時、私は神様の好意を素直に受け取っていた。人間の様に本音と建前を使う神など居ないと知っていたからだ。それは弱者の戦略であり、圧倒的強者の神様が人間に対して建前を言う必要などないと理解していた。

 今までの人生で出会った人たちが見本だった。有能な人ほど人に優しかった。強い人ほど人に優しかった。無能と弱い人間ほど他人に厳しかったのだ。だから、奇跡を起こせる神様は人間とは比べものにならない人格者だと知っていたのだ。


 だから、自分を一方的に殺す事が出来る存在が身近に居る事の恐怖を私は知らなかったのだ。圧倒的強者が居て守ってくれている。私にはただそれだけだった。私が何か無礼を働いたとしても、圧倒的強者の神様が不快に思う事などない。笑って許してくれる。そういうものだと理解していた。

 人格を持った神様を大本の神が創ったとしたなら、どのように創ったのだろうかと想像していた。圧倒的な力、そして人知を超える慈悲、それは人間の愚かさを知っても見捨てない慈悲深さ、馬鹿にされても侮辱されても怒らない心の広さ、そういう神様を創ったと思っていた。

 事実、天照大御神様は笑って許してくれるだけでなく、死んでも良いと思っていた私に生きて欲しい『神は居るぞ』と証拠まで残してくれた。


 これが、歓喜せずにいられようか?これまで、私は自分が不幸になる事ばかりしてきた。現状に満足せず。才能が無いのを嘆き、億万長者になる夢を追い求め、あがき、もがき、自分の無能を呪い。世界を呪った。


 だが、全て間違いだった。神様が居ない世界では、競争し一番になる事が幸せになる正しい方法だった。だが、神様は居た。なら、私が今まで積み上げてきたことは無駄ではなかった。

 矛盾しているが私は神様を信じなくなっても、神様の存在を信じていた。いや、存在を信じたかった。だから、神様がいつも見ている。そういう感覚は忘れていなかった。どんな時も神様に見られて恥ずかしくないのか?

 これが、私の行動原理だった。その積み重ねが、今日この日に繋がったと確信した。報われた。神様を信じて報われたのだ。たった一枚の奇跡の写真に44年の苦難の人生が、この一枚の写真を見るために用意されたスパイスだったと思えたのだ。


 だが、それは私だから嬉しいのだ。他の人間には神様は恐ろしい存在なのだろう。だから、私は起こった事を伝えはするが信じるのは相手に任せることにした。私が狂信者の様に語るのは一度だけ、それで信じない者には縁が無いと割り切ることにした。だが、チャンスは誰にでもあるべきだ。だから、動画を作ろう、それで信じる者に天照様の奇跡を共有しよう。

 私は、この時、色々なアイデアを思い浮かべていた。だが、それは2022年の大晦日に、神様と話し合って決めた内容だった。私は大晦日の夜、天照大御神様と、この世界を救うために、何をするのか綿密に話し合った。

 その全てをこの時、忘れていた。それは神様との約束事だった。私が奇跡を要求し、天照大御神様が応える。その事を覚えて居れば、事前に合成写真を用意して奇跡を演出する。それを私がしないために記憶を消していた。(私が提案し、酒を飲み記憶を消した)


 私は、神様との約束を忘れ、伊勢神宮ではなく熱田神宮で本宮を写した。その時に、参拝者も撮影し、同僚にも見せた。さらに言うと、私と同じアングルで写真を撮った同僚も居るので、その写真と合わせて見れば、これが完全なる神の奇跡の御業だと分かる。

 私が、熱田神宮でノートパソコンも持たずに参拝した事、熱田神宮の関係者でもない事は調査すれば分かるので、勝手に熱田神宮内にあるパソコンにアクセスし画像編集ソフトをインストールし合成写真を作成する事は不可能だと断言できる。


 私は、無意識に神様が存在する事を証明するために必要な事を全て行っていた。私が写真を見せた同僚には悪いと思ったが、私の使命を果たす為には必要な事だった。


 熱田神宮のお参りとお祓いの後、私は宝くじを買った。奇跡が起きたのだ宝くじを買えば当たると思うのが当然だ。絶対に当たる。私はそう思っていた。


 この奇跡の写真を元に動画を作って配信したら、再生数が伸びて億万長者になれるのでは?と思い。早速、神様にお伺いを立てた。

 その方法は、スマホにある奇跡の写真を自分のパソコンに送信する時に、こう願った。

「神様、神様が存在する事を証明する為に、家に帰ってから動画を作成しようと思います。作成したら全世界に配信し、神様の存在を世界に広めようと思います。もし、御嫌であれば、これからメールに写真を添付して送信しますので、削除なりなんなりしてください」

 この時、メールは送信できた。だが、神様からの明確な返事は無かった。熱田神宮では神様の声を妄想出来ていたのだが、メール送信時には妄想すら出来なかった。


 私は、この意味をちゃんと考えるべきだった。この事が、後に私を苦しめることになるとは思っていなかった。

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