第一六話 鬼の喩えはややこしい


――なんで、綺羅は人を殺すの?


 さあ?


――リスクとリターンが全然釣り合ってないでしょう?


 それは、そうだけど。なんて言えばいいのかな。


 ……時計が止まったらさ、もうその時計を捨てたくならない?


――安かったら、わからなくもない。


 それと同じ。


 全て殺して、リセットする。


 何か問題があったとしても、そうしたら大抵はなくなる。


 そうすると、すごいすっきりするの。


 私って面倒くさがりだから。


 修理したり、電池を変えたりせずに手っ取り早く捨てちゃう殺しちゃうの。



――極端だね。







『……ら!綺羅!』


 ああ、うるさいなあ。


 ただでさえ、頭が痛いんだから、ちょっとくらい配慮してくれないかな。


 なぜか、全く働かない頭でぼーっとそんなことを思う。


『目を、開けて!』


 でも、瞼が上がる。


 一瞬でその状況をとらえることは至難の技だった。


 荒れに荒れた教室。そのままの意味で鬼の形相になった少女。その少女に向かい合う美冬。私を守るように立つ久慈先生。


 うん。


「もしかして、美冬死んでくれそうな感じ?」


『今言うことじゃないです!』






【三十分前】


「や、やっと放課後だ!」


「っち、放課後になっちまった」


 放課後になったことを喜んでいる二仮とは対照的に明らかにローテンションな犬太の様子を見て、質問する。


「犬太は放課後、なんかあるの?」


「体育祭でやる二人三脚の練習がある」


「体育祭!いいじゃん!どこに憂鬱になる要素が」


 と熱く語ろうとしたとき後ろの気配に気づく。


『……あ』


「楽しくおしゃべりされているところ失礼します」


 後ろを振り向くと例によって美冬&取り巻きその他だ。


「……何の用だ」


「放課後の二人三脚の練習の件ですが、なしでよろしいですか。さらに言うなら、練習なしで本番一回きりでも」


「ああ、別にぜ。ただ、お前が本番で転ばなきゃいいが」


 取り巻きたちは常時微笑みセットの美冬とは反対に犬太を睨みつけている。


 いや、一人は私を睨んでいるのか。あの子、どっかで……。


「安心してください。私もあなたほどではないですが、私も少しは嗜んでおります」


「そりゃあ、よかったな。用はそれで全部か?」


「ええ」


 美冬はそう言った後ふと、私に視線を向ける。


「あなたがそちらにつくとは意外でしたね」


 そう、つぶやくように言ってようやく去っていく。


「じ、神宮さんってすごい美人だよね」


 二仮はいつものように話す。


「お前の目は節穴だな」


「ひ、ひどい。そ、そういえば、美雪さんの方は最近見ないね」


「……ああ、そうだな」


「というか、綺羅ちゃん、だ、大丈夫?」


「お前、緊張したのか?そんな玉じゃねーだろうに」


 私はかつてない危機に直面している。


 ゴロゴロとこれまたかつてない不気味な音を出す腹を抑えながら思う。


 これは、先ほどの緊張のためではない。


 私を心配そうに見つめる二仮を恨めしく見る。


 さすがに、高校でやりたいことリスト第五十六条を達成するためとはいえ、二仮制作のあの食べ物らしき物体を食べるのは失敗だった。


「ごめん!」


 教室から飛び出し、トイレへと駆け込む。


 これほどホッとしたこともないだろう。


『足速いですね。50m7秒くらいですか?』


「いつもなら8秒だね」


 とまあ、そんな談話ができる程度には落ち着いたのだが、問題があった。


ドン、ドン、ドン


「えっと、ごめーん!ちょっと時間かかるかも」


 申し訳ないが、今日ばかりは出られないのだ。


 いつも外で待つ殺気を放っている少女――略して殺気少女が目に浮かぶ。


 ん、ああ、見覚えがあると思ったら私を睨んでいてあの美冬の取り巻き、殺気少女だったのか。


「早く出よーと」


















ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン


 常時ならされるノック……と言っていいのか?これは。


 私も腹痛はなくなったし、出ようと思うのだが、如何せん怖い。


『ホラーです……それにしてもどうしてもこのトイレを使いたいんですね』


 ま、まあ、出るしかないだろう。


 私はトイレのドアを開けると同時に「すみません!」と言いながら外へと飛び出す。


 入れ違いで例によって待っていた殺気少女が中に入る。


 私は手を洗い、自分の可愛さの再確認という美雪には絶不評の行為をやりつつ、優雅に廊下を歩く。


 自分史上最大の危機を回避した私に敵などいないのだ。


 そんなことを思ったとき、足音が聞こえた。


 大きな足音。近づいてきている。


 私は反射的に振り向き、確認した。


 鬼の形相でこちらに走ってきている、さっきの殺気少女だ……殺気が前との比じゃないが。


「殺気少女ちゃん、完全に怒ってる感じだよね?鬼の形相で私の方へ走ってきてるしし……」




『いや、鬼の形相でというか、角生えてるじゃないですか!そのまんま鬼ですよ!』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る