第五話 最近の電子辞書は性能が良い
「うん、事前にもうちょっと説明欲しかったな」
『いや、あなた転入してきたばかりで、こういう世界のことをほとんど知らなかったってことをすっかり忘れてまして』
そうごまかすように笑う美雪をジト目で見つめる。
それにしても……。
「さすがに犬神犬太は正体隠す気ないよね」
電子辞書系男子――犬太でいいか――は偽名を使おうとか思わなかったのだろうか。
『まあそうですね。名字はいいとして、せめて名前に犬を入れなかったらいいのにとは思います。でもそれはしょうがないですよ』
「そうかな?まあとりあえず、彼に接近しないと」
それに当たって、まずは……うん。
「電子辞書で何を見てるか確認しますか!」
『ああ、あれですか?あれは』
「待って、自分で確認する。正直ちょっと気になってたし」
ドン、ドン、ドン
扉が勢いよく三回たたかれる。
『ああ、そろそろ出たらどうですか?個室トイレを休み時間独占は悪質ですよ?』
「ここぐらいしか密室はないからしょうがない!」
転入早々、独り言をつぶやくド変人に見られたくないのでね。
学園の二階、計六クラスの女子の皆様、どうも申し訳ありません。
ーーー
では、やっていこうか!
私は自分の席へと戻ると、何でもない風に立ち上がり、かの男子の背後へとまわ/バシッ
あと少しで画面が見えるというところで電子辞書が勢いよく閉じられる。
そして、通り過ぎると、開けられる。
それを振り返りもせず、こいつはやってのける。
うむ。これは大変そうだな。
挑戦二回目 忍び足にて
結果 気づかれた。
挑戦三回目 走って
結果 勢いあまって、犬太の親指が電子辞書に挟まるも、見えず。
挑戦四回目 以下略
ーーー
「気配察知能力が無駄に高すぎでしょ」
『もう帰りのHRも始まりそうですし、あきらめませんか?』
「いや、あきらめません。とりあえず、何か工夫をしなきゃいけないのは間違いないよね」
『はあ』
「私が持ってるもので何か使えそうなものあるかな」
今朝、スクールバッグに詰めた物々を思い出す。
「いや、でも今日は三徳包丁くらいしか持ってきてないしなあ」
『ん?待って?今、三徳包丁って言いました?』
「うん。それが?」
『なんで学校に三徳包丁なんか持ってきてるんですか?!』
「ん?……ああ、安心して!ちゃんと美雪の血はふき取ってあるし、傍から見たら普通の三徳包丁だから」
『そういう問題じゃないでしょう!そもそも傍から見たら包丁を持ち歩いている時点で……まあ、いいです。はい、続きどうぞ』
美雪は何かを言おうとしてあきらめたかのように口を噤む。
「そうは言っても特に思いつくものもないんだよなあ」
ドン、ドン、ドン、ドン
「あ、はい出まーす」
いつにも増して切羽詰まったようなノックが聞こえたので、とりあえず、トイレから出る。
扉の前で殺気を纏いつつ立っていた女子と入れ違いで出て、手を洗う。
そして、いつものように鏡に写る自分の姿を確認する。
うん、かわいい。
「あ、そうか。なんで気づかなかったんだろう?」
『何に?』
「鏡だよ。あいつの人の気配察知がすごくても鏡の気配は感じられないでしょう?」
私はポケットからいつも身につけている手鏡を取り出す。
『よく持ってますね』
「手鏡は女子の嗜み、らしい?」
『なんで疑問形なんですか』
「まあ、ともかくやってみよう!」
ーーー
私は堂々と彼の後ろを歩く。
彼は堂々と電子辞書を閉じる。
ついさっきまでと同じような光景が繰り広げられていたわけだが、今回の私は一味違う。
彼の真後ろ、後ろ黒板の引っ掛かりに鏡を置いたのである。そして、自分の席まで戻る。
彼はゆっくりと電子辞書を開け、私は鏡越しにそれを見つめる。
……見えた。
制服姿の女子と男子が下校をしている画だ。うん。なんでこの人は電子辞書でアニメ見てるんだ?
まあ、とりあえずそれはいいとして。
「それって、あおふゆ?」
声をかけた瞬間、彼は凄まじい速さで振り返り、鏡越しに目が合った。
「それ、知ってるよ。幸せJK生活の参考のために全話見たんだ!なかなか」
「……ちょ」
「ん?」
「ちょっと、こっち来い!」
久慈先生の止める声も聞かず、顔を真っ赤にして半ば怒っているような犬太は私の手を引き、廊下へと、遠くへと走る。
……あれ?もしかしてこれ、
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