第四話 名は体を表すらしい
「うわ、これ結構やばい感じ?」
電波時計によると現在時刻は八時一八分。ふむ、やばいね!
『化粧にあんな時間かけてるからでしょう?忠告したのに』
「お化粧は女子の命だって、誰かさんが言ってたもん」
あ、上着は……ってそうだ。教室に忘れたんだった。
私はスクールバッグを掴み、マンションの外廊下へと出る。
ちょうどよく来ていたエレベーターに飛び乗り、一階へ行き、そこからはずっと走りっぱなし。
『逆算して明日からはもうちょっと早く起きたらどうです?』
「っはぁ、そう、だね。明日から二十分早く起こして」
『私はあなたの母親じゃないですって!』
美雪の叫びを聞いているうちに校門が見えた。
校門を通り抜け、靴箱へとカーブを描きながら走る。
転入二日目から遅刻は洒落にならないっ!
「っはぁ、ギリギリ、セーフ」
チャイムをBGMに机につき、息を整える。
「いや、今のはアウトだろ……」
ボソッとつぶやかれた言葉を聞き逃さなかった私は隣に座る男子を見る。
相変わらず、その手にあるのは電子辞書、視線の先も電子辞書である。
「電子辞書系男子には言われたくないなあ」
こちらもボソッと言う。
「あ゛あ゛?」
「きりーつ、気を付け」
ドスの効いた声を出してきた電子辞書系男子も慌てて立ち上がる。
「礼」
彼は相変わらずこちらを睨んでくるが、授業中にどうこうするつもりもないようなので、放置。
私にはそれよりももっと大切なことがあるのだ。
私は教師が黔之驢の白文を無言で黒板に書いているのを横目に、ノートの端、美雪に見えるよう質問する。
"美冬の敵対しているやつらについて詳しく教えて"
『敵対してるやつ、ですか』
美雪は教卓の上に座りながら、頬に手を当て、考える人のようなポーズを取る。
『表だって敵対しているやつとなると、あの犬くらいですね』
吹き出しそうになった。
"他いないの?!"
『ふむふむ。まあ、美冬には潜在的な敵が多いんですよね。それを入れるとまあ学園の半数は敵になりますが、そいつらは基本傍観系なので期待しない方が良いです』
「うそぉ」
思わず声に出てしまう。
先生がちらっとこちらを見る。慌てて視線を下げ、手を動かす。
『というか、真面目に受けなくて大丈夫なんですか?』
大丈夫じゃないなあ。この学校地味に進度が速い。
「右前の席から順番に丸読みしていってください」
先生が指示を出す。私の丁度反対側の……神宮美冬が立ち上がり、朗読する。
凜とした声が響き渡り、美雪はそれを遮るように発言する。
『さっきの続きを話しますと、確かに今美冬と明確に敵対しているのはあの犬くらいです。ですが、私の見たところ、おそらくあの犬の戦闘性能は美冬を越えています』
?なら、なんで殺せなかったんだ?
『ええ、ええ。思ったことでしょう。なぜ、と。まあ、そこは単純に邪魔が入るからです』
美雪は教壇に立ち、教師が授業をするように教室を見渡しながら、話す。
『美冬の最大の武器は仲間とアイテム。家の力で集めた有象無象の取り巻きと、これまた家の力で集めた護符やお守りなど超常アイテム。これによりアイテムで時間稼ぎをし、その間に取り巻き共が駆けつけるという黄金の方程式を実現させているのです!それに加え、二人が対決すると殺人に発展しかねないので久慈先生の邪魔も入りますから、うん、高難易度ですね』
ふむ、まあしかし、あの犬が美冬より強いのならば、条件を整えれば殺害は不可能ではない、か。
でも……あれ、二人?
"ちょっと待って、あの犬って人間なの???"
驚いて走り書きをする。
『ああ、言ってなかったですね。普段は人間の姿で普通に学園生活送ってますよ』
"誰かはわかってるの?"
『はい、みんな知ってますよ』
"正体ばれててるの?!折角変身できるのに?"
『まあ、そこはしょうがないんですよ。正体を隠すとかあれじゃあ、正直不可能で』
「次、隣の席、音読して」
美雪の話を聞いているうちに前から奥の席へ音読が順番になされていた訳だが、急に先生が順番を無視して隣の席が音読するよう言う。
あそこから隣というと……ああ、電子辞書系男子か。
まあ、国語の授業とはいえ、あれだけずっと電子辞書を見つめてたら、そりゃあ当てられるだろう。
「ええっと」
彼はやっと目線を電子辞書から外し、慌てて教科書をめくる。
生徒らはそれをちらっと見て、先生は腕を組んで待つ。
でも、最初から授業を聞いていなかったのだろう。どのページかわからないようで、必死にページをめくって探している。
まあ、かく言う私も正直どこをやっているのかわかっていないのだが。
『……28ページ5行目から』
美雪はなぜか顔を少し歪めて、そうつぶやいた。
「ん?」
『伝えてやって』
美雪はかの男子を顎で指し示す。
ああ、音読する場所のことか。
話しながらよくそんなことも把握してたな、と思いつつ、小声で伝える。
「28ページ5行目から、だって」
彼は少し驚いたようにこっちを見てから、すぐに教科書をめくり、立ち上がる。
「又近づき前後に出づれども、終に敢へて搏たず」
「はい、いいです。次からは集中して授業に臨むこと。時間になったのでこれで終わります」
先生は不機嫌そうにそう言い放つと、号令を待たず、教室から出て行く。
それを暇そうに眺めている美雪に私は微笑む。
「やさしいね」
『別に、ただ……そいつは』
「おい!」
隣から声がかかる。そちらを見ると先ほどの
「電子辞書系男子かあ」
「……さっきはありがとう。助かった」
彼はそう言って、頭を下げ、すぐさま上げる。
「ただなあ!」
右手に持った折りたたまれた電子辞書をこちらに見せつけてくる。
「電子辞書系男子って呼ぶのはやめろ!ここに書いてあるように、俺には名前がある」
私は電子辞書に貼ってある名札をじっと見る。
美雪も横でそれを見て、微笑む。
『ええ、はい。彼は
うん……………その名前じゃ、正体隠せないわ。
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